第6話 7年前、とある事件ー2

 ショップを出ると、後輩は柱に背を預けて携帯電話を弄っていた。

「壁の花と言うよりは柱のツタか?すまんな、待たせた」

「先輩にしては心情を酌んだことを褒めるべきですか?全くですよ」

 居心地が悪かったのは俺も同じだ。飯でもおごってやるのが当然のことだろう。

「おう、お互い一仕事済んだことだし、飯が旨いことこの上ないだろうよ。

 財布は俺が出すから好きな店選んでくれ」

 じゃあ...と後輩が携帯電話の画面を見せてくる。蔵出しワインレストランとな。

「お前、ワインなんか飲むのか?」

「食事に合わせるのが酒類の理想だと常々思ってますからね。

 それと、ワインは家でも飲めますが様々な銘柄を一杯ずつ飲めるのは店ならではというのもあります」

「意外だ。俺と同じで付き合いでしか飲まないやつだと思ってたが、一家言あるんだな」

「成人して、20年付き合ってきた食事という文化に酒という要素が加わったとき、わくわくしませんでしたか?」

「なんだそりゃ?お前さんが案外食い意地張ってるってことか?」

「そうとも言えますねー。

 僕から見たら先輩は執着なさ過ぎです。

 休日は何してるんですか?」

「嫁と筋トレして飯食って安酒飲んで寝る」

「あー聞きたくない!

 先輩と僕は本来関わることのない種類の人間だってこと忘れてましたよ!」

「ハッ人間に種類もないだろ。

 誰でも面白いところはあるもんだから、壁を作るともったいないぞー」

「まあ...それは理想として持ってはいますけど、そうもいかないのが僕らしさってことで受け入れてもらえます?」

 面白いやつだ。人によっちゃお高くとまってると見られそうなもんだが、根は素直な良いやつだ。

「お前と俺、案外違わないじゃないか」

「いえ、全然違います。

 人間、外側から見える姿が本当の姿です。

 先輩は考え無しに見えて、僕は考えすぎに見えるはずです。

 それだけ違っても人間一皮剥いてしまえば見分けがつかなくなるのは当たり前ですよ」

「俺はみな同じだから面白い、お前はみな違うから面白い、そう思ってるってことか」

 後輩が眉を上げる。

「いいこと言うじゃないですか......」

 もっと褒めろ、後輩よ。

「ふふん、もっと褒めて♡」

 勘弁してくださいよ......と後輩がげっそりとする。これでオチもついたことだし、飯屋に行こうと足を踏み出す。



 着いた店は、想像していたより大衆向けだった。

 ランチタイムはワイン飲み放題、ビュッフェスタイルで品ぞろえはレストランと言うより飲み屋のそれだ。

 カットトマトがのせられたフランスパンを皿に取ると、後輩が左後ろから顔を出す。

「ブルスケッタ、ですね。イタリアンは日本人にとって親しみを覚えるものですが、特にエッセンスを抑えながら手軽に食べられるのがこれなんですよね」

 後輩がうんちくを語りながら俺に続いて皿に取る。

「食ったことあるのか?」

「ええ、作ったこともあります。簡単ですよ?」

「どんなレシピなんだ?」

「まあまずは食べましょう。料理で舌を使うのは語るよりも味わう方がいいでしょう」

 それもそうだ。サラダや生ハムをさっさと盛り付けてテーブルに運ぶ。

「乾杯しましょうか」

 いつの間にかグラスに注がれた白ワインを受け取る。

「うむ、お疲れさん!」

 グラスを軽くぶつけ、くいっと傾ける。軽い口当たり、柔らかなのど越しで一口、二口と透明な液体が流れ込む。

「美味いな...そう高くないものだろうが、それが良い」

「分かりますか。

 国産ワインは日本人の好みに合わせていてかつお手頃なものもありますからね」

「国産なのか!面白いな!」

 詳しいわけではありませんが、と前置きをして後輩はグラスを傾けて続ける。

「食事に執着する、僕みたいな人は結構多いんです。

 先輩もそうなりつつありますよ?」

「悪くないな。ぶるすけった、とやらも頂くとするか」

 パンを半分ほど齧り取る。ざくりとしたパンにトマトが沁みる。いや、これはオリーブオイルもか?そして、ニンニクの風味がやってきた!

「これはガーリックトーストでもあるのか!」

「そうなんですよ!先輩も分かるじゃないですか!」

「となると、イタリアンも案外身近だな!」

 ぶんぶんと首を縦に振る後輩。もさもさとサラダをむさぼっていたようだ。

「イタリア人は怒るかもしれませんが、日本人が食べるなら好きな素材と解釈で作ればいいんです」

 ワインでサラダを流し込むとは意外とガサツだな?と思うが、わざわざ言うことでもないな。


 

 益体もない話が続く。

 コンソメ調味料が便利で手放せないと言った直後には鶏ガラでスープを作るだのと、とっ散らかった趣味の料理話が続く。

 俺は肉に醤油かけて野菜と炒めて米を食えれば満足する質だから合いの手を入れるくらいしか出来ないが、酒が入ると饒舌になるこの男、上機嫌で語り続ける。

 普段はざっくり、休日はしっかりと、いずれにしろ料理するのが好きらしい。

 


 細身だがよく食うし飲む。

 そして水分もしっかり摂っているようだ。

 よく聞くのは酒と同量の水を飲むとアルコールを分解できるという話、こいつは律儀に守っているようだ。

 ビュッフェスタイルは歩かされるから自然と酔い方が分かる。こいつ、ほろ酔い程度になった途端ソフトドリンクへ切り替えている。



 腹を満たすなら肉と炭水化物だと思っていたが、白身魚の煮つけは美味かった。

 あくあなんとかと言うらしい。少し酔ってきたかな?

「頃合いじゃないか?そろそろ帰ろうぜ」

「良い歳した大人が翌日に響かせるのもカッコ悪いですしね。お会計しましょうか」

 野郎二人で飲み食いした割には少ない金額を払って店を出る。

「いい気分だな!英雄の凱旋だ!」

「酔っ払い二人、せめて静かに行きましょー。迷惑ですから」

「酔ってないアピールかー?」

「いいえ、だいぶ酔ってますね。しばらく歩いて酔い覚まししてから帰ります」

 歩いて酔いが覚めるものなのか?まあ、トイレの多い商業施設なら酔っ払いも安心して時間を潰せるだろう。

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