第5話 7年前、とある事件ー1

「いやー悪いな!非番の日まで俺の顔を見ることになっちまって!」

「いえ、構いませんよ。

 遊びなら断ってましたが、奥さまへの誕生日プレゼントを買うというのは先輩には荷が重いですからね」

「独り身で言うじゃねーの!否定はせんがな!」

 俺は自分のことをよく笑う男だと思っている。

 こいつのような無愛想に見えて人好きな男は案外打てば響くもので、たまの休日に連れ出しているのだ。

「俺は男社会で生きてきたものだから、女性の喜びが分からん!

 お前もそうだろうが、繊細な分俺よりは向いてるだろう!」

「先輩の、出来ないことを人に任せられるところ、美点ではありますが今回に関しては丸投げは勘弁してくださいよ?

 正直に言うと荷が重いのは僕にとっても同じなんですから」

「うむ!俺は任せる、お前は任される、運命共同体だ!」

 こいつは少々心配性ぎみなところがある。

 さっき言った繊細さと表裏一体の性質なら、欠点と切り捨てるべきではない。

 本人で思う以上にできる男だからこそ、今日は任せているのだ。

 俺と組んで職務に当たっているのは、互いの性質が噛み合っている良いマッチングだと常々思う。

 じゃあ責任は取りかねますよ、と首を振る後輩の背を平手で叩いて、ショッピングモールへ向かう。



 ショッピングモールのブランドテナントが並ぶエリアに着いたが、野郎2匹、ただただ立ち尽くす。

「僕は昨日急に言われて来ただけなので棚に上げさせてもらいますが、もしかしてノープランですか?」

「うむ!一通り見て回れば良いものが見つかるだろう!

 刑事は足で稼ぐものだからな!」

「じゃあ僕は帰りますね......」

「まあ待て、違う視点も取り入れてだな......」

「良いですか?先輩の性格からして、奥さまは普段相当先輩のお世話を頑張っていらっしゃるはずです」

「お世話て」

「なら、先輩が選んだというだけでかなりの価値があります。

 しかし一方で、あまりの大外れを選べば愛嬌で許してもらうことは難しいでしょう」

「愛嬌とな。俺はペットか!犬なのか!犬系旦那なのか!」

「大型犬ですよ。

 犬が落とし物を見つけたら偉いと誉めますが、生ゴミを拾ってきたら困るでしょう?

 生ゴミか否かの判別を僕がやります」

「さすがの俺でも生ゴミは拾わんだろ...アイマスクなんかどうだ!

 動物の顔が描いてあるやつ!」

「生ゴミではありませんが、学生カップルみたいなので低めの順位の候補ですね」

「去年は足つぼマットだったぞ?」

「もうなんでも良いじゃないですか......帰りますよー」

「待て、アイマスクは冗談だ。

 今年は特別なんだから、お前さんの手を借りたいんだ」

「どう特別なんです?」

「もうそろそろ子を設けるのも悪くないかと話していてな、夫婦2人の家庭というのもこれから20年以上お預けになるかもしれんのだ」

 後輩は軽口を止めて、真剣な顔で続きを促す。

「話してなかったが、お前の言う通り俺たちは学生時代からのカップルだったから、あまりカッコつけたことはしてこなかった。

 式は挙げたが、それきりだ。

 なにかしてやらにゃあ、あんまりじゃないか?

 あいつの笑う顔はよく見るが、喜ぶ顔はさせてやれてない。

 だから、なんとか特別な誕生日にしてやりたいんだ」

「分かりました...夫婦間のプレゼントなら身につける物、そして思い出を足すなら流行りの体験型というのはどうでしょう?」

「身につける物と体験型のエンタメ?夫婦揃って職人にでも転職か?」

「聞いたことがあるだけですが、シルバーアクセは素人でもねじりや刻印が出来るそうですよ?......まあそれも学生レベルの話なので、低めの候補になりますが」

「いや、良い話を聞いた。

 今日のうちに宝飾店で価格帯やデザイン、素材の下調べが出来るだろう。

 シルバーだけなら学生でも手が届くかもしれないが、ジュエルを組み込めればそれなりの記念品として身に付けられるだろうよ」

 話しながらうろついているうちに、気づけば俺たちは宝飾品店エリアに立っていた。



 おあつらえ向きに、アクセサリー加工体験のポップが貼られている。

「こんにちは、このアクセサリーの作成体験というものについてお話を伺っても良いですか?」

 いらっしゃいませ、と店員が出迎えるが、少し戸惑ったような、目が煌めくような......?

「お連れ様とお二人でご参加なさいますか?」

 ......しまった。この後輩と野郎同士で仲良く金属加工をするのはごめん被る。

 まるで男子高校生の技術の課題だ。

 俺の苦虫を噛み潰したような顔を察して、後輩が言葉を継ぐ。

「いえ、この人と、この人の奥方とで参加を考えているところです。

 私はこの店まで送ってきただけですので、外で待たせてもらいます。」

 流石。こういうフォローは上手い。電話を手で象って目配せすると、後輩は頷いて店を出ていった。



 ......よく分からない話が店員から繰り出されながらも、とりあえず妻の好む服装を説明する。

 俺はともかく、妻には似合う物が良い。年齢相応に落ち着いた服装を心がけているようで、色味は落ち着きながらも縁取りにレースをあしらったものを好んでいる......くらいにしか言えなかったが。

 日付だけは俺の思う通りにしてもらえたが、なんだか自分でも分からないものに妻を招待することになりそうだ。

 それでも、あいつの喜ぶ顔が目に浮かぶ。

 あの後輩が薦めてきたのだから、より確信出来る。良い誕生日にしてやれそうだ。

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