第4話 その少女、神崎海未その①ー4(終)

 事務所の鍵を海未に急かされながら回し、扉を開ける。

 海未は大荷物を持って寝室へ駆け込んでいった。

 新しいおもちゃを買ってもらった子供そのものである。手を洗ってからコーヒーを淹れようとしていたところ、寝室のドアが内側から勢い良く開かれた。そこには足を交差させながらビジネスバッグを右肩に担いだ海未が居た。

「どう?」

「奇妙な冒険漫画のポーズだな」

「なにそれ?」

 ジェネレーションギャップか!?これは辛いな......。

「いや、何でもない。モデルのごとき立ち姿と言おうとしたんだ」

「ふふん、写真撮影はご遠慮ください」

「バッグにタグが付いてるぞ」

「えっ、ホントだ!」

「7年越しの依頼なんだ。ちょっとは休憩をとっても良いんじゃないか?」

「そういう事言うんだ......言い忘れてたけど、この依頼は今日中に解決してもらうよ」

「ちょっと待ってくれ。それは流石に無理だ」

「無理じゃないよ?最初にこの街のショッピングモールに行けば殆ど解決するから」

 ショッピングモール、か。この街のあの場所には少しばかり因縁がある。

「7年前に建て変わったショッピングモールは一番収穫が少ないと思うが」

「そんなこと言って、そんなに行きたくないの?」

 ぞわりと背筋が冷えた。この少女は度々俺の心中を見抜いたかのようなことを言ってくる。

「しょうがないなー。出不精なおじさんのために、先に行って待ってるから。慰霊碑の前、絶対に来てね」

 海未は言い捨てると同時にバッグからタグを引きちぎって事務所から出て行ってしまった。

 俺はこの依頼を受けてから目を背けていたことを目の前に突きつけられたことで立ち尽くしていた。



 おそらく、行けば依頼を終えることができる。それと同時に不思議な少女との別れとなるだろう。

 だが、分かっていないことがあまりに多い。


 電気ケトルで沸かした湯を捨て、水道水をマグに汲んで飲み干す。

 神崎家の少女と失せ物探しの少女のうわさ、7年前の姉弟の別れと7年前のショッピングモールでの事件、憶測が積み重なっていく。

 ありえないことが起こっているように思える。それは、それだけはありえないのだ。



 現象として実現し得ないという意味だけではない。

 それが起こってしまっては俺の7年間は全くの虚ろなものになってしまう。

 俺が助けられなかった命が、あの事件で命を奪われたまだ幼かった姉弟が、実は生きていたというのか。

 俺の傷は、この自由の利かない右腕ではなく、市民を守る公僕というあり方への疑念は、なんだったのか。

 思考が螺旋を描きながら下へ下へと転がり落ちる。

 悪い兆候だ。

 俺は誰もいないキッチンであてもなく歩き回る。

「ホームズだかが言っていたのはなんだったか」

 どうせ聞くものも居ない。口に出して感情と思考を整理する。

「事実でない事象を除いていき、最後に残ったものはどれだけ奇妙であろうとも真実、だったか」

 うろ覚えの言葉、あの探偵小説にはそんな言葉はなかったかもしれない。

「なら、事実でない事象の方を見つけていくしかないか」

 やるべきことは決まった。海未を追いかける。そこで海未の正体、彼女だけが知る事実を明らかにすると同時に、俺の7年を問い直すことにもなるかもしれない。今の俺は探偵ではなくなっている。ただの斉藤佳助だ。

  


 身支度を一つ一つ、確実に済ませる。財布の中身を整理し、新しいハンカチを取り出そうと寝室に入ると、丁寧に整えられたベッドのサイドテーブルに一枚のメモ用紙があった。

 


『私を見つけてくれてありがとう。今日一日だけの話じゃない。ずっと前からの感謝。でも、もし辛いならここまでで良いから。さようなら。 神崎海未』



 俺はあの少女にここまで言わせてしまうのか。なおさら引き下がるわけにはいかなくなった。

 メモをコートのポケットに押し込んで寝室を後にする。



向かおう。あの場所に何があろうとも、何と向き合うことになろうとも。

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