第二章 生徒会正副会長の陰謀
⑨ 生徒会役員選挙
生徒会役員の改選に向けて6月中旬に立候補が締め切られた。
美術部と野球部から会長と副会長がセットになった形で2名ずつ立候補したので、文化部対運動部のような対決構図になった。
両陣営は、立会演説会において以下のような要望事項を公約として訴えた。
会長候補・
副会長候補・
・部活の練習開始を早めるために日の短い11月から2月まで短縮授業にしてほしい。
・年に2回ある球技大会を現在の1日半から2日間にしてほしい。
・購買部の弁当とパンの種類を増やしてほしい。
会長候補・
副会長候補・
・部活動の予算配分の不均衡を是正して文化部の予算を増やしてほしい。
・学校横の私有地を取得して文化部の部室を建ててほしい。
・マフラーの色や柄の指定を外してほしい。
もう陽射しが強い季節なので、屋上の日陰を選んで彩子と修は腰かけた。
「ねえ、今日のLHRでの投票、どっちが勝つかな。」
「下馬評じゃ圧倒的に野球部側だよ。運動部の生徒が数でまさっているし。」
「不破くんと道砂さんは花野中だから、同じ中学校出身のよしみで応援してあげたいけど、きついわネ。」
「そうだな。不破も不安なのか、ここ数日多目的ホールで横になって何かぶつぶつ言ってるよ。」
S高では、昼休みに絨毯敷きのホールを男女別に仕切って昼寝したい生徒に開放している。
「私も昨日は多目的ホールに行ったけど、みな寝苦しそうにしてたわ。」
「エアコンの効きが良くないからかな。まあ、でもここよりはましだろうから行ってみるか。」
階下へ降り、修が彩子と別れて多目的ホールへ向かっていると、少し先を不破が歩いているのが見えた。
不破のほうが修よりも先にホールに入り、壁際の空いているところへ仰向けに寝転がって目を閉じた。
修は何気なく不破を見て、思わず息をのんだ。
そして気づかれないように不破の近くでそっと横になった。
生徒会役員選挙の開票結果は、生徒たちに衝撃を与えた。
圧倒的に優勢と思われていた野球部コンビの二人が、僅差で美術部コンビに敗れたのだ。
下校時、修は彩子に声をかけた。
「ちょっと話があるんで付き合ってくれ。」
「それなら、最近開店したようこそおばさんの店に行ってみようヨ。知ってる?」
「お好み焼き屋だろ? 運動部の連中から聞いてるけど、行ったことはない。」
「それにしても開票結果にはびっくりしたわネ。修はどっちに入れたの?」
「同じ中学の縁で不破たちに入れたけど、絶対負けると思ってたよ。」
「アタシもヨ。でもちょっと不思議なことがあるの。あ、着いたわ。」
バス通りの1本裏の道に「お好み焼きJinJin」と看板に書かれた店があった。
「ここのおばさん、同じ言葉を2度ずつ言うんだって。」
修が戸を開けた。
「こんにちは。」
店のおばさんは、同じくらいの年配の老人と話をしていたが、彩子たちが店に入ると老人は席を立って店を出た。
おばさんが水の入ったコップと紙おしぼりを持ってきた。
「ようこそ、ようこそ。」
メニュー表を見ると、「お好み焼き、たこ焼き、カレーライス、うどん」の4種類のみだ。
「俺、カレー。彩っぺは?」
「アタシ、お好み焼きの豚玉。」
「カレーと豚玉、カレーと豚玉ね、はいはい。」
注文を終えると、すぐに修が言った。
「さっき彩っぺが言いかけた不思議なことってのは?」
「開票結果が意外だったんで周りの人たちに聞いたの。そしたら運動部の人たちもけっこう不破くんたちに入れてたの。」
「なんでだろう? 1年生ならアイドルの総選挙気分で、美男、美女コンビの不破たちに入れるかもしれないけど。」
「妙なのよ。同じ運動部の久馬くんたちに投票するつもりでいたのに、昼寝から戻って投票の時間になると、つい不破くんたちの名前を書いてしまったって言うの。」
「久馬たちが優勢だったんで、可哀そうになったのかな?」
おばさんが注文の品をトレーに載せて運んできた。
「さあさあ、食べて食べて。熱いから気をつけてね。」
「この豚玉おいしい。あとで一口ずつ交換しようか? ところで話があるって言ってたよネ?」
「昨日、昼寝に行った時、不破とほぼ同時に多目的ホールに入ったんだ。ホールはカーテンを閉め切っているだろ? 暗い隅っこに不破が仰向けに寝転んだんだ。」
「それで?」
「不破の目が光ってた。」
「不破くんが
「近くに俺も寝転がって、不破がぶつぶつ言ってた言葉もメモしてきたから調べてみようと思ってる。」
「どんな言葉?」
「呪文めいてるんだよ。分かったら教える。」
修と彩子は食べ終えて席を立った。
「おいしかったです。また来ます。」
「ぜひぜひ。」
⑩ 落雷事故の新たな事実
不破の目が光っていたという修の話を聞いて、彩子は頭の中にひらめいたことがあった。
翌日の朝食の時に彩子は父親に聞いてみた。
「パパ、古い新聞はどこに行けば見られるの?」
「新聞社が確実だろうね、あと県立図書館とか市立図書館とか。どれくらい前のを見たいのかい?」
「1、2年前の。」
「なんだ、それなら学校の図書館にあるはずだよ。」
教師をしている彩子の父親は、学校のことには詳しい。
「学校で定期購読している新聞は、2年間くらいは図書館で保存するのが普通だ。」
彩子は昼休みに図書室へ行って司書の女性に一昨年10月の新聞の閲覧を申し出た。
地元紙の社会面を見ていくと、例の落雷があった翌日にはその件が小さな記事になっていたが、彩子の予感は当たっていた。
「屋外活動中に落雷で中学生4人が失神」という見出しだった。
記事によると4人とも病院に搬送されたとあるから、彩子と修たちとは別の病院に他の二人は運ばれたことになる。
放課後に彩子はJinJinよりも学校に近い「バーガー浦川」に修を誘った。
校門を出てすぐ、彩子はスマホを取り出して歩きながら電話をした。
「花野中学校ですか? 森田先生をお願いします。私は2年前の教え子です。」
スマホを耳に当てたまま、彩子は修に話しかけた。
「大変なことが分かったの。中3の時の落雷なんだけどネ、あ、森田先生ですか? お久しぶりです、伊達です。」
中学3年時の担任と彩子とのやりとりを聴いて、修はおおよそを理解した。
電話を終えた彩子は、少し顔色が青かった。
「聴いててだいたい分かったよ。で、俺たち以外の二人は誰だって?」
「不破くんと道砂さん。アタシたちの病院は手狭だったから4人一緒は無理だったのネ。それにあの日は金曜日で、翌週登校しても事件に触れちゃいけない雰囲気になってたから、まさかアタシたち以外にもいたなんて思わなかった。」
ハンバーガー店に着くと、修が切り出した。
「同じクスノキの下にいたのか、近くの別の木の下にいたのかは分からないが、不破たちもあの落雷で俺たちと同じようになったみたいだな。道砂さんの目はまだ確認していないけど。」
「同じ
「それは様子をみた後がいい。昨日、多目的ホールで不破がぶつぶつ言ってたのがこれだ。」
修が彩子に示したスマホの画面には、次のように表示されていた。
「 kua ioa mos 」
「何これ?」
「ラテン語だよ。不破が『クア イオア モス』と何度も小声で呟いてたからネットで調べてみたら、黒魔術の呪文だった。他人に自分の思い通りの夢を見させる効果があるらしい。彩っぺは、生徒会役員の投票で不思議なことがあったって言ってたよな?」
「ってことは、不破くんが多目的ホールで昼寝してる人たちの夢を操って、自分に投票させたの? そういえば、悪夢を見ているみたいにみな寝苦しそうにしてたわ。だけど、アタシたちの推測が正しいとしてもヨ、不破くんたちはなぜそうまでして当選したかったの?」
「それが謎なんだよなあ。生徒会長なんか、そんなに魅力があるとも思えないし。」
「ふふっ、思い出した。口の悪い人たちは、今回の選挙は野球部の二人が自滅したんだって言ってるわ。」
「え?」
「野球部の立候補者二人の名前『
「『哉久馬嘉』『耶宮場香』、なるほど『やきゅうばか』か。よく気づいたもんだなあ。」
⑪ 彩子に流れる血
夏休みに彩子は、母方の祖母が一人で暮らしている沖縄へ行くことになった。
彩子の母親の信子にとって沖縄は生まれ故郷なのに、あまり帰省したがらない。
彩子が両親から聞いている話では、祖母は昔自宅で大衆食堂をやっていて、彩子の母も店を手伝っていたということだ。
場所がら食堂の客は琉球大学の学生たちも多く、その一人に彩子の父親の政夫がいた。
政夫と信子は同じ年齢ということもあって恋仲になり、大学卒業と同時に結婚して政夫の郷里の九州に移り、5年後に彩子が生まれた。
「おばあちゃん、来たヨ。彩子だヨ。」
祖母の家に着いたのは夕方だったので、居間のテーブルには既に夕食の膳が調えられていた。
夕食後にテレビの歌番組を見ていると、中森セイラが登場して歌い出した。
「アタシ、この人の歌、好き。」
「最近はこんな歌手が人気なのかね。」
「セイラは大人気のアイドルよ。ハーフだから可愛いでしょ? 生まれてすぐ施設に入れられたんだって。たまたま芸能プロダクションの社長夫妻の目にとまって引き取られたの。」
「へえ、運が良かったんだねえ。」
「本名は中森星子で、星子をハーフらしくもじってセイラっていう芸名にしたみたい。」
好きなアイドルのことだから彩子はあれこれと語り続けたが、祖母は無言でテレビを見ていた。
夜が更けると、祖母は奥の部屋に二人分の布団を敷いて
「さあ入って。電気を消すよ。」
蚊が入らないように彩子は慎重に蚊帳の裾をめくった。
「やっぱ、沖縄の夏はカラッとしてるネ。蒸し暑くない。」
そう言って体をねじって祖母のほうを向いた時、彩子は言葉を失った。
顔を横向けて彩子を見た祖母も息をのんだ。
二人は、暗闇の中でかすかに光るお互いの目を無言で見つめ合った。
先に口を開いたのは祖母だった。
「その目……。彩子、何があったんだい?」
さきほどまでとはがらりと変わって、不気味なほど静かな声だった。
彩子は身を起こして、中学3年生の時の落雷事故で自分の身に起こったことを話した。
同じ事故に遭った修がオーラやヒーリングに関する特殊な能力を持つようになったことも話した。
祖母は吐息を漏らして言った。
「彩子にはユタの血が流れておったのか……。信子には出なかったから安心していたんじゃが。」
「ユタ?」
「石嶺の家系は、何代か前まではユタをやっておったんじゃ。」
「伊達」は彩子の父親の姓で、母親の旧姓は祖母と同じく「石嶺」という。
祖母の語るところによれば、ユタとは沖縄の霊能者のことであり、依頼を受けて運勢をみたり、病気の平癒祈願や厄除け祈願などをしたりするという。
「おばあちゃんも霊能力者なの?」
祖母は小さく頷いた。
「おばあちゃんにはどんな霊能力があるの?」
「今はユタの力も迷信扱いされる時代じゃから、わしも自分の感覚を研ぎ澄まさんようにしとる。それでも時折、ふっと人の声が聞こえたり、先のことが思い浮かんだりする。」
「すごい!未来が予知できるのネ。」
「そんな大そうなもんじゃない。彩子、ところでな……」
話すにつれて穏やかになっていた祖母の口調がここで改まった。
「この先、何か困ったことや自分ではよう分からんことが出てきた時は、相談に来ればよい。」
「え? アタシに何か起こるの?」
「そういうわけでもないが……。」
自分で言い出しておきながら、祖母の物言いは歯切れが悪くなった。
進学校のS高ではお盆を過ぎると夏休みの補習が再開される。
沖縄から戻って暫くぶりに顔を合わせた彩子と修と珠子の3人は、屋上の柵にもたれて風に吹かれながら話をした。
彩子は、沖縄で祖母から聞いた話を珠子と修に伝えた。
「沖縄にはそんな家系があるのね。修くんも家系を確かめてみたら?」
珠子に勧められても、修は気が乗らなかった。
「うちの母さんの実家は沖縄じゃなくて東北のほうだし、父さんは地元だからそんな家系じゃないと思うな。目も光ってないし。」
「でも彩ちゃんも修くんもすごい能力を持ってていいな。」
珠子は修のヒーリング能力のことも既に彩子から聞いていた。
「人と違うってのは変な気持ちがして、そんなにいいもんじゃないよ。俺に言わせれば、合宿で彩っぺを治した珠ちゃんのヒーリングのほうがすごいヨ。」
彩子も賛同した。
「修の言うとおりだヨ。純真な子供みたいにまっくろくろすけや妖精が見えるって、超能力者以上だヨ。」
⑫ 修に流れる血
8月下旬のある日、夕食後に修の父親がテレビをつけると、怪談話や心霊写真の特番をやっていた。
修は珠子たちに言われたことを思い出して、テレビを見ながら父親に尋ねた。
「父さんは霊感ある?」
「ないな。母さんがいくらかあるんじゃないかな。旧姓が『
キッチンにいた母親が食器を洗いながら言った。
「霊感なんてないわよ。先祖の何人かはイタコだったって聞いたことはあるけど。」
母親は青森出身だが、青森の
口寄せというのは辞書によれば、霊能者のイタコが神がかりの状態になって霊魂を呼び寄せるというもので、死霊を呼び寄せるのを「
洗い物を終えた母親もリビングにきたので、修はイタコについて聞いてみたが、先祖に何人かいたということや遠縁のイタコで行方不明になった人がいるということしか知らなかった。
「それにしても母さんの旧姓の『
「失礼ね。青森にはわりといるのよ。昔、
「ありゃ芸名だろう。ところで修、S高は敷地を広げようとしているのか?」
「え?」
「仲間うちからの情報なんだが、S高が隣接する土地を買収する動きがあるらしい。」
修の父親は、知人の経営する不動産屋に勤めている。
「へえ、本当に学校が動き出したんだね。」
そう言って修は、不破流司が生徒会長に立候補した時の公約について話した。
「なるほど、そういう背景があったのか。」
後日、修は両親とのやりとりを彩子と珠子に話した。
「先祖にイタコがいたことが分かっただけでも収穫ね。」
「おっかしい! 珠ちゃんがダジャレ言うなんて。」
「あっ、シャレのつもりじゃなかったんだけど。」
⑬ 珠子のヒーリング
S高では3年生の受験対策のために、9月に入って中旬までに文化祭と体育祭の両方をすませてしまう。
9月の第1週の日曜日に文化祭が終わると、次週の体育祭に向けての練習が本格的になった。
体育祭前の予行練習が終わった日の放課後、彩子たち3人はJinJinに寄った。
3人が店に入るのと入れ替わりに一人の老人が出て行った。
「おばさん、また来ました。」
「ようこそようこそ。久しぶりだね。さあさあ、空いてるところに座って。」
修は、今しがた店を出た老人が前に来た時もいたのを思い出した。
「今の人、旦那さんですか?」
「私はずっと独身よ。さっきの人は開店以来ちょくちょく来てくれるお客さん。私の住まいの家賃が高いってこぼしたら、自分の持っているアパートに移ったらどうかって言ってくれるの。」
「おばさんのこと、好きなんじゃないですか。」
「こんなばあさんをからかうもんじゃないよ。」
修の肩のあたりを軽くはたいて、おばさんは水とおしぼりを取りに行った。
「おばさん、かわいいな、顔を赤くしてたよ。ところで何にする? 俺、たこ焼き。」
「アタシ、疲れてて食欲ない。」
「じゃ、たこ焼きを彩ちゃんと私で半分こしようか。」
「うん、ありがと。」
おばさんが水とおしぼりを持ってきた。
「俺たち3人だけど、たこ焼き2人前でいいですか?」
「ええ、ええ、いいわよ、いいわよ。遠慮しないで。」
おばさんが厨房へ行くと、JinJinは初めての珠子が言った。
「ここのおばさん、言葉を繰り返すのね。」
「気づいた? 面白いでしょ? ようこそおばさんって呼ばれてるの。」
店のテレビのワイドショーが、芸能ニュースを伝え始めた。
「中森セイラのアルバムがヒットチャート1位だって。彩ちゃん、セイラが好きなんでしょう?」
「うん。ハーフだから色白で可愛いし、23歳には見えないよネ。」
「セイラは最近、入院したんだろ? 何の病気?」
「体調がよくないらしくて検査入院みたい。あ、来た、食べよ。」
運ばれてきたたこ焼きを彩子は1個食べると、爪楊枝を置いた。
「やっぱ、食欲ない。近頃、耳鳴りもするんだ。」
「耳鳴り? 年寄りみたいだな。」
「耳の奥が時々キーンって鳴るの。」
「彩ちゃん、放送部の手伝いで走り回ってたから疲れたんだよ。ちょっと手を出してみて。」
横に座っている珠子のほうに彩子が上体をねじって両手を差し出すと、珠子は同じく両手で彩子の手を握って目をつぶった。
しばらくして彩子が「あっ!」と声を上げて手をふりほどいた。
修は彩子でなく珠子のオーラを見つめていた。
「珠ちゃん、何したの? すっと疲れが飛んでいっちゃった!」
「小学生の頃、お母さんがインフルエンザで高熱を出して苦しんでたことがあったの。その時私、お母さんのおでこに手を当てて『よくなれ、よくなれ』って一生懸命祈ったら、お母さん、スヤスヤ寝ちゃった。春の合宿の時に彩ちゃんが熱を出した時にそのことを思い出したのよ。今回もうまくいったみたいね。」
「珠ちゃんも超能力者なんだネ。修とおんなじヒーリングだ。」
「違うわよ。修くんみたいに傷も治せるかと思って、自分の体の小さな傷をさすってみたけどだめだったもの。」
修も改めて興奮していた。
「珠ちゃんはやっぱりすごいよ。昔の人は病気というのは、死霊や生霊などの邪気がとりついて起こるって考えたんだ。『疲れる』の語源は『
「ううん。何ともないわ。」
それを聞いて彩子が言った。
「珠ちゃんの純粋な心から自然に発揮される力のほうが、アタシたちよりも上等なのヨ。」
⑭ 不破流司の父親とS高理事長との密談
体育祭が終わった日の夜、夕食の支度がおっくうだからという母親の言葉で、彩子たち親子3人は近所のお手軽割烹の店に入った。
彩子たちは畳敷きの小上がりの一番奥に座った。
そのさらに奥には、個室がいくつか並んでいる。
メニューを見ていると、彩子たちの隣の個室に男性の二人連れが入った。
うち一人は不破流司の父親で、彩子は体育祭の来賓席で見かけて顔を知っていた。
不破の父親が個室に入る時に発した言葉が彩子は気になった。
「理事長、店内にお知り合いの方はいらっしゃらなかったでしょうね?」
「今となりの部屋に入った人、同じ中学だった不破君のお父さんヨ。」
「不破さんっていえば、たしかPTA副会長をやってる人ね。」
「不破文具店のご主人だろう? 官公庁相手に文具の
彩子が背中をもたせかけている壁を隔てた隣の部屋で、PTA副会長とS高の理事長が人目をはばかって何を話しているのか、彩子は気になった。
テーブルの下に手をおろして指で「聴」(チョウ・きく)と書き、料理を口に運びながら隣室に意識を集中した。
「生徒会長になったあんたの息子の公約を名目にして隣接地の取得に入っているが、今日はその件で話があるとか?」
「ええ。うまく買収できれば、理事長さんの関連会社が部室棟の建築を請け負ううまみが出てきますね。」
「それは言うな。保護者に変に勘ぐられたらまずい。しかし、なかなか地主が首を縦に振らん。」
「私があの土地の取得を勧めたのには、実はもう一つ裏があるんです。私はあちこちの官公庁に出入りしているんですが、極秘情報を手に入れました。あの土地は側を通っている県道の拡幅工事の対象になっていて、その方針が近々県から公表される予定になっているんです。」
「不破くん、それは本当か!」
「はい。ですから今のうちに安く買い叩いておけば、県が高値でこちらに交渉を持ちかけてくるのは間違いありません。部室を建設するか、高値で転売するか、どっちに転んでも損はありません。」
「ううむ。それなら強硬手段を使ってでも交渉を続けよう。しかし、あの地主は頑固だからなあ。こっちの足元を見て売値を吊りあげてきたりしたら、元も子もない。」
「その場合は、私にお任せください。」
「何か手があるのか?」
「息子たちを連れて行って泣き落とし作戦を仕掛けます。未来ある子供たちのためということなら、相手も折れるでしょう。」
「そんなことでうまくいく相手とは思えんが。」
「ともかくも手詰まりになったらご連絡ください。そのかわり……」
「分かっておる。うまくいったら、外部理事の席が空いた時に君を後釜に据えよう。」
「そうして頂ければ、私の仕事先も学校関係に広がりますし、息子も特別推薦枠で進学を……」
「もういいのか彩子、まだ残ってるぞ。」
父親の言葉で彩子は我に返った。
「一日中、日に照らされて疲れたんでしょう。帰ったら早めに休みなさい。」
彩子は隣室の話の続きが気になったが、母親に促されて席を立った。
⑮ 田端老人の憂鬱
体育祭が終わると、9月末に2学期の中間テストが控えている。
試験勉強に入る前の区切りに彩子と修がJinJinに立ち寄ると、前にも見かけたことのある老人がいた。
他に客はいなかったが、おばさんが彩子たちにお好み焼きを運んでくると、その老人は席を立って彩子たちに鋭い目を向けて出て行った。
「今出て行ったおじいさんがおばさんに気があるんじゃないかって、俺、この間言ったけど、おばさん、その話をおじいさんにしました?」
「そんなこと言うもんかね。何でだい?」
「店を出る時、俺たちをにらんだみたいな気がしたから。」
首をかしげてしばらく考えていたおばさんは、何かに思い当たったような顔つきで修を見た。
「ああ、ああ。あんたたちがS高の生徒だから、田端さんはいい気持ちがしなかったんじゃないかね。」
「え、田端さん? あのおじいさんはアパートを持ってるって、おばさん、言ってたけど、S高のグラウンドのすぐ横の田端アパートですか?」
「そうだよ、そうだよ。言わなかったかね。」
S高のグラウンドの南側には細長い私有地があり、3階建てのアパートと地主が趣味でやっている畑がある。
アパートの計6戸のうちの1戸には、
「田端さんは、何かS高に恨みでもあるんですか?」
「あの人の畑をS高が買収したいらしいんだよ。田端さんがうんと言わないもんだから暴力団みたいな連中まで押しかけてきたってさ。」
話の途中から、彩子は体育祭の夜の出来事を思い出して胸がざわついた。
しかし、おばさんの前で不破の父親とS高の理事長との密談を明かすわけにはいかないし、大人の問題に自分たちが立ち入る必要もないと思った。
⑯ 不破親子の陰謀
不破文具店は、1階が店舗で2階と3階が不破家の住居になっている。
2階のダイニングで夕食を済ますと、父親の
「流司、今度の日曜日はお父さんに付き合って協力してくれ。」
「僕たちが乗りださなくちゃならなくなったの?」
「理事長が出向いて頭を下げても、地主は土地を売ろうとしないらしい。その後理事長が強硬手段に出たんで余計に態度を硬化させたみたいだ。」
「じゃ今夜から呪文を唱えるから、田端アパートの正確な住所と地主さんの氏名は分かる?」
「ああ。この紙に書いておいた。」
「それと、道砂さんも呼んだほうがいいよね?」
「それがいい。お前から連絡しておいてくれ。」
数日後の日曜日、不破親子と
インターホンを押して不破健司がS高のPTA副会長である旨を伝えると、田端がドアを開けて3人を招じ入れた。
「お初にお目にかかります。さっそくですが、田端さんの土地のことでS高の理事長から依頼を受けまして、」
田端は話をさえぎった。
「その件なら、理事長から直接聞いた。わしゃ、畑を売るつもりはない。それに、土地を手放す場合は連絡をしてくれと県のほうからも言われておるんじゃ。」
拒絶の言葉を口にしながら田端の声に力はなく、目の下には
「まあそう言わずに、今日は息子の話を聞いてやってください。息子はS高の生徒会長をしておりまして、事の発端は息子にあるんです。」
田端は、いぶかしげに流司に顔を向けた。
文化部の活動を活性化したい、そのためには専用の部室が必要であることなどを、流司は学校での立会演説会の時と同じように田端に訴えた。
田端は、流司の話を聞いているうちにひどい疲れを覚えて、頭の中が混乱しだした。
話し終わって流司が田端に頭を下げると、横に座っている
「私は生徒会の副会長をやってますが、私も文化部なんです。どうかよろしくお願いします。」
芽は、頭は下げずに田端の目をじっと見つめた。
芽の目が光りを増した。
田端の頭は、思考を停止した。
流司の父親は、おもむろに書類を取り出してテーブルに置いた。
それを見ながら、修と芽は中学3年の時の落雷事故のことを思い起こしていた。
⑰ 不破流司と道砂芽の回想
中学3年時の遠足で、流司は雷に打たれて病院に運ばれたのだが、ベッドに横たわっている時「クア イオア モス」というフレーズが頭の中でずっと鳴り響いていた。
退院後、ネットで調べてみると、他人の夢を操ることのできる黒魔術の呪文であることを知った。
半信半疑であったが、試してみることにした。
夕食後、リビングで母親がうたた寝をしていた時に、流司は小声で呪文を唱えながら、朝食にはありえないステーキを母親が食卓に出す場面を想像してみた。
流司が呪文を唱え終わっても母親には何の変化もなく、うたた寝を続けていた。
しかし、翌朝、ステーキを目の前にして流司は恐れを抱き、父親は単純に驚いた。
「朝からステーキとは、豪勢じゃないか!」
「何となくステーキを焼きたくなったのよ。精を付けて、お父さんも流司も1日頑張って。」
流司は黒魔術の本を買って読み、夢を操る相手が寝ている時間帯でなければ呪文を唱えても意味はなく、相手が近くにいない場合は、相手の住所と氏名を呪文とともに口にしなければならないことなどを知った。
一方、道砂芽のほうも落雷の後、不思議な体験をしていた。
と言っても、芽が自分の力を自覚したのは、S高に入学してからだった。
美大への進学を考えている芽と流司は、S高に入学すると中学校の時と同じように美術部に入部した。
夏休みに入って日帰りスケッチ旅行の行く先を決める部会が開かれたが、何人かの部員が海水浴を兼ねて海辺へ行きたいと提案した。
遊び半分の発言に憤りを覚えた芽は、山間部の廃屋を描きたいという意見を述べて部員の目を一人一人見つめた。
すると、海辺案を出した部員たちは口をつぐみ、芽の意見どおりに行く先が決定された。
芽は自分の熱意が通じたと思ったのだが、それ以降も、意見が食い違った時に相手を見つめると必ず自分の考えが通った。
流司と芽が体の異変に気付いたのは、1年時の冬休みに美術室で石膏像のデッサンをした日のことだった。
他の部員たちは三々五々帰宅し、流司と芽の二人が残された。
「僕たちもそろそろ帰ろうか。」
帰り支度をして、流司が美術室の電気を消した。
冬のことで5時半を回ると室内はかなり暗い。
「道砂さん……。」
「不破くん……。」
美大への進学を目指しているどうしということもあり、二人は中学校のころから好意を抱きあうようになっていた。
しかし、この時二人が見つめ合ったのは、恋愛感情からではなかった。
「道砂さんの目、光ってる……。」
「え、私も?」
二人は、美術室の壁面に備え付けてある大きな鏡の前に並んで立った。
二人とも、自分の目がかすかに光を発しているのを初めて知った。
「私、怖い。」
芽は流司の腕にすがった。
「うちに寄っていかないか?」
流司と芽は中学校の時、同じクラスだったこともあり、クラス懇談会などで親どうしもお互いを見知っている間柄だった。
流司の父親は、晩酌にビールを飲んでいた。
少し酔っているくらいがショックも少ないだろうと流司は考えた。
「お父さん、ちょっと進学の相談に乗ってほしいんだけど。」
「そうか、じゃ父さんの部屋で話そう。」
父親は飲みかけのビールを持って3階の書斎に上がり、流司と芽も続いた。
「僕も道砂さんも将来、デザイン関係の仕事に就きたいんだけど、就職のことを考えれば大学は東京に出たほうがいいと思うんだ。」
「そうだな。で?」
「美術展での大した入賞歴もないし、不安なんだ。3年生になったら、受験の実技指導をしてくれる画塾に通おうとは思ってるけど。」
「そうだなあ。お父さんがS高の理事にでもなれば、お前たちを指定校推薦の特別枠に入れてもらえるかもしれんが。まあ、受験までは時間があるから、ゆっくり一緒に考えよう。」
ここで流司は芽を見た。
芽は緊張気味に頷いた。
「もう一つ聞いてほしいことがあるんだけど……。」
流司は、父親に中学3年の落雷事故以降のことを語った。
目の光のことを話すとばかり思っていたので、流司が黒魔術を使えることを初めて聞いた芽は、流司の父親と同じくらい驚いた。
「それに目もおかしくなっちゃって。」
「目がどうしたんだ?」
流司は、立ち上がって部屋の照明のスイッチを切った。
「お父さん、僕たちの目を見て。」
流司と芽の四つの目が、部屋の暗がりの中でかすかに光っているのを見て、流司の父親はビールがのどに詰まりでもしたかのように「うっ!」と小さくうめいた。
しばらくの静寂の後、今度は父親が部屋の明かりをつけ、二人の前へ行って顔を近づけた。
「明るいところで見ると分からないな。」
「それで僕たちも、今日まで気づかなかったんだ。」
流司の父親は、混乱した頭を整理するかのように腕組みをして考え込んでいたが、ふいに顔を上げて芽を見た。
「ということは、芽ちゃんも流司と同じように、その、何かできるのかい?」
芽は、自分が意識を集中させて見つめると相手が反論できなくなった事例をいくつかあげた。
「友だちから目力が強いとかは何度か言われたことがあるんですけど。」
流司は芽の体験談を聞いて、恐らく父親も同じことを考えているだろうと思って代弁した。
「目の光と合わせて考えると、道砂さんのそれも僕と同じようにきっと特殊な能力なんだよ。」
そんなふうに流司は父親に話を持ちかけたのだが、今度は流司が父親に相談を持ちかけられた。
流司が2年に進級して2か月ほどたった6月初めのことだった。
父親からのその相談が、今日の田端アパートの件につながっている。
田端アパート横の畑を買収して何か施設を建設すれば理事長の利益につながり、そのことを進言すればS高の理事になる道が開けるかもしれないことなどを話して、流司に生徒会長への立候補を勧めたのだ。
ただし、大人の裏の事情に巻き込みたくないとの親心から、流司の父親は県の道路拡幅計画については流司に話さなかった。
流司としては、文化部の活動活性化に加えて、父親の仕事と自分の進学の両面でプラスになると考えて気軽に引き受けたのだった。
回想から覚めた流司と芽は、田端老人が夢遊病者のように土地売買の仮契約書に印鑑を押すのを見た。
⑱ 田端老人の後悔
2学期中間テストが終わって定例の生徒総会が体育館で開かれた。
執行部提案のうち、文化部の予算アップが一番もめ、自分たちの予算が削られることになる運動部から反対意見が出された。
しかし、ステージ上の生徒会役員席で道砂がマイクを握って提案の根拠を述べながら見回すと、反対派は鳴りを潜めた。
結果としては、とりあえず生徒会予備費をとりくずして文化部に回すことで決着した。
文化部の部室棟建設については、用地取得にめどが付いたという報告が学校側からなされ、文化部を中心に拍手が起こった。
マフラーの色と柄の自由化が職員会議で了承されたとの報告には、体育館中が喚声に包まれた。
放課後、彩子たち3人はJinJinに寄った。
先客にはS高の女子生徒たちが2グループいた。
彩子たちのお好み焼きがテーブルに運ばれてくると、暫くして店の戸が開いた。
「あら、田端さん。どうしたの?」
おばさんが水の入ったコップを持ってきて向かい合せに座ると、田端老人はテーブルに肘をついて両手で頭を抱えた。
「仮契約書に判を押しちまった。」
「えっ?」
「暴力団みたいな連中が押しかけてきて『おたくのアパートは古いから、火事になったらあっという間に焼けるでしょうなあ。』などと脅すもんで、まいっていたんだ。」
「まあ、ひどい!」
「それに近頃は不眠症ぎみで、畑などどうでもいいように思いだしてもいたんじゃ。」
田端老人と店のおばさんのやりとりに耳をすませていた彩子は、修と珠子を見て言った。
「不破くんの呪いじゃないかしら?」
「シッ!」
修が人差し指を口に当てて彩子をにらんだ。
田端老人は、店のおばさんを相手に話を続けた。
「おとといの日曜日には、S高のPTAのお偉いさんが息子たちまで連れてきた。」
「息子さん? 何のために?」
「その息子がS高の生徒会長とかで、わしの畑に部室を建てさせてくれっちゅうことだった。その子と話してると具合が悪くなって、一緒にいた女の子が同じことを頼んだ時には、もう断りきれんじゃった。」
「不破と道砂さんだ!」と修が思わず口に出した。
「シーッ!」と、今度は彩子と珠子が修をたしなめた。
「仮契約なら、取り消せるんじゃないの?」
「県からも土地を手放す時は買い取らせてくれと言われていたから本契約の時に断ってみるが、仮契約とはいえ判を押しちまったからなあ。」
田端老人は力ない足どりで店を出て行った。
見送るおばさんも落ち込んでいるようすなので、彩子たちは長居する気分になれずに店を出た。
⑲ エスパー道砂芽
JinJinを出ると、話し足りない雰囲気を察して珠子が言った。
「うちに寄ってもう少し話していかない? うち、すぐ近くだから。」
JinJinから5分ほど歩いて、珠子の家の前に着いた時、彩子と修は立ちすくんだ。
広い庭を持つ豪壮な木造2階建ての邸宅が、夕空をバックにしてシルエットを浮かび上がらせていた。
「珠ちゃんのお父さんって、お医者さんか何か?」と修が尋ねた。
「ううん。商事会社をやってるの。」
「えっ! ってことは、金子商事の社長さん?」
彩子が「ひえー!」とおどけた声を出したのも無理はなく、金子商事は地元の商事会社では最大手だ。
「どうりで、アタシたちが珠ちゃんと仲良くしてるのをみんながうらやましがるわけだわ。社長令嬢だったのネ。」
「大げさに言わないで。さあ、入って。」
奥から出てきた珠子の母親を見た彩子と修は、またまた驚いた。
女優みたいな、見とれるほどの美人だった。
珠子は、二人を紹介した。
「伊達彩子ちゃんと久世修くん。」
「まあ、いらっしゃい。珠子からいつも話を聞いてるわ。1年の時は親しい友だちがいなかったから喜んでるの。ゆっくりしていってね。少し遅くなるっておうちに連絡しておいたほうがいいわ。」
金子商事の社長宅に寄っていると言えば親も文句は言わないだろうと思いながら、彩子と修はスマホを手に取った。
広々としたリビングは恐れ多いので、2階の珠子の部屋で話すことにした。
彩子が修に言った。
「田端さんの話、驚いたわネ。」
「しかし、同じ美術部とはいえ、なんで道砂さんが不破に協力するんだろう?」
「知らないの? あの二人は、中学校の時から噂のカップルよ。落雷の時だって、アタシと修は偶然クスノキの下で出くわしたけど、あの二人も雷に打たれたってことは、最初から一緒にいたに違いないわ。それにネ……」
彩子は、体育祭の夜に両親と行った外食先でS高の理事長と不破の父親の密談を盗み聞きしたことを話した。
「うーん、それで生徒会長に立候補したのか。二人の美大進学の話が絡んでいたんだな。」
「その道砂さんのことで、私も気になることがあるんだけど。」
珠子が話し始めた時、部屋のドアがノックされた。
珠子の母親がドアを開けて宅配のピザを珠子に手渡し、部屋には入らずに戻って行った。
珠子はピザのケースを開けながら、先ほどの続きを話した。
「何日か前の放課後、生徒会室から顔を出した道砂さんを見かけたの。道砂さんは帰ろうとしてた1年生の女子を呼び止めて『もう少し手伝って。』って言ってた。」
「それで?」と、彩子と修はピザを食べながら先を促した。
「その子、急いでたようだったのに、道砂さんに声をかけられたら『気をつけ』みたいな姿勢で固まっちゃって生徒会室に戻ったんだけど、その時、道砂さんの目が光って見えたの。」
彩子と修のピザを食べる手が止まった。
「やっぱり道砂さんもエスパーだったんだな。」
「私、まるでゴルゴン3姉妹みたいだって思った。」
「なるほど。それで田端さんも道砂さんに見つめられて断りきれなかったんだな。」
話に取り残された彩子が言った。
「ゴルゴン3姉妹って?」
「ギリシャ神話に出てくる姉妹だよ。メドゥサが特に有名だ。髪の毛の1本1本が蛇になっていて、メドゥサの光る目を見た者は石になって動けなくなるんだ。」
「メドゥーサ、メドゥーサ? あっ!」
「どうしたの、彩ちゃん?」
「ほらっ、道砂さんの名前を外国人みたいに姓名をひっくり返せば、」
「『芽道砂』で『めぐみみちすな』でしょう?」
「漢字の読み方を変えれば『めどうさ』ってなるじゃない!」
「『めどうさ』で『メドゥーサ』ね、彩ちゃん、すごい!」
こじつけを面白がった珠子が彩子に言った。
「不破くんはどうなの?」
「『流司不破』で『りゅうじふわ』よネ。読み方を変えても『ながれつかさふわ』にしかならないわ。」
「まてよ、そうでもないぞ。『
「あっ、ルシファーね。」
また彩子が一人取り残された。
「なあに、それ?」
「彩っぺはそれも知らないのか? 堕天使ルシファーだよ。ルシフェルとも言う。魔王サタンの別名だよ。」
「へえ、そうなの? 偶然の一致かもしれないけど、道砂さんも不破くんもすごい名前だネ。」
「名は体を表すってのは本当なんだな。今日の生徒総会の時、壇上の二人のオーラを見てみたんだ。基本的には二人とも神秘性を表す紫色だったけど、嫌な黒いオーラがかかっていた。」
「ふうん。それを聞くと田端さんの畑、何とかしてあげたいけど、アタシたちにはどうしょうもないわネ。不破くんと道砂さんの超能力の話をしても、誰も信じないだろうし。」
⑳ 不破親子の陰謀の破綻
彩子たちが悔しがった不破家の陰謀は、意外なきっかけで崩れることになった。
部室建設予定地の取得にめどが立ったとの報告が生徒総会でなされたからである。
子供からそれを聞いた保護者の中に県庁の土木課の職員がいて首をひねった。
その土地は、県が地主に対して譲渡の依頼を以前から持ちかけていたからである。
そして、JinJinで田端老人が店のおばさん相手にグチをこぼしたが、それを聞いていたのは彩子たちだけではなかった。
彩子たち以外にS高生のグループが二組いたが、その中の一人が帰宅して夕飯時にJinJinで聞いた話を何気なく口にした。
それを聞いた父親が地元紙の社会部の記者だったものだから、何かあると直感して取材を始めた。
その結果、S高の強引かつ不正な土地取得疑惑が報じられた。
こうなると保護者間にも疑惑究明の機運が高まり、緊急説明会がS高の図書館で開かれることになった。
主席者は、理事長及び理事、PTA役員、PTA評議員である。
クラスから1名ずつ選出されているPTA評議員が保護者代表という形になる。
彩子は、マイク設置等、放送部の手伝いを買って出て、図書館に付属した司書室に詰めていた。
説明会は不穏な雰囲気の中で始まったが、理事長は切り抜ける自信を持っていた。
「地主さんは畑の売却を渋っておられたのですが、私自身もお願いをし、生徒会の生徒たちも訪問して熱心に部室の必要性を訴えたので、地主さんも心を打たれて仮契約をご了承いただいた次第です。」
評議員の一人が手を挙げて発言を求めた。
「新聞報道によると、暴力団が押しかけたということですが。」
ここで彩子は「喋」(チョウ・しゃべる)という字を指で宙に書き、本人の意志とは無関係に本音がペラペラと口から出るようすをイメージ化した。
「そんなことは決して……、あれ? ええと、地主さんが
理事長は答弁の途中で自分の口を押さえたが、口は勝手にしゃべり続けた。
さらにまた別の評議員が手を挙げた。
「これも新聞報道によるものですが、あの土地は道路拡幅のために提供してくれるよう県が地主に申し入れていたということです。理事長がそれを事前に知っていたとなれば、証券会社のインサイダー取引と同じで、安く買った後に県に高値で売り抜けるという大変な問題になりますが。」
「全くもってそんな……、え? え? 実は……知人を通じて9月の初めごろに、」
理事長は、県からの情報漏えいを認め、しかし転売はせずに部室を建設するつもりだったということをしどろもどろな口調で述べた。
PTA役員席の不破健司は、情報漏えいに関して自分の個人名こそ出なかったものの、青ざめた顔で理事長の答弁を聞いていた。
結局、隣接地の取得に関しては色々と問題があり、白紙撤回という形になったのだった。
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