今度はどのチョウ能力を使おうかしら

仲瀬 充

第一章 エスパーコンビの登場

① チョウ能力女子高生登場

今日は新年度の始業式で、伊達彩子だてあやこは高校2年生になる。

正門前の上り坂にさしかかると、30メートルほど先の校門のところで数人の男子が一人の女生徒を囲んでいるのが見えた。


彩子は、右手の人差し指で宙に「聴」(チョウ・きく)という字を書いた。

すると、聞こえるはずのない距離にいる男子生徒たちの声が彩子の耳の奥に届いた。


「俺たち、街でライブやるんだ。チケット買ってよ。」

新3年のバンド仲間が下級生を捕まえてチケットを無理やり売りつけているようだ。


彩子は、今度は「懲」(チョウ・こらしめる)という字を宙に書き、三蔵法師が孫悟空の頭の輪を締めつけている場面を頭の中に描いた。

「おおう!」

3人の男子生徒は、うめき声をあげて頭を押さえながらしゃがみこんだ。


彩子は、取り囲まれていた黒ぶちメガネの女の子に声をかけた。

「もう大丈夫。さ、行こう。」


「この人たち、急にどうしたのかしら?」

「多分、バチが当たったのヨ。」

彩子はそしらぬ顔で言った。


新クラスの名簿が貼ってある下足室の壁の前は、黒山の人だかりだ。

生徒たちは、クラスメートの顔ぶれを見て喜んだり、嘆いたりしている。


彩子も見に行くと、久世修くぜおさむがいた。

「彩っぺ、喜べ。俺たち同じクラスだ。」


「げっ! マジ?」

「ほんとだよ。担任は南田寛太。」


彩子は、ため息をついた。

幼なじみの修と同じクラスになったのも新鮮味がないが、新担任が「人間クーラー」と呼ばれるダジャレ好きの国語教師なのだ。


始業のチャイムが鳴った。

新クラスに入って彩子は隣り合わせになった子を見て驚いた。


「あらッ、偶然ね! 同じクラスになるなんて。」

校門で出会った女の子だった。


「私、金子珠子かねこたまこです。よろしくお願いします。」

座ったまま、ぺこりと頭を下げた。


「堅苦しい挨拶は抜き、抜き。アタシは伊達彩子、呼び名は『あやっぺ』でも何でもいいヨ。」

「じゃあ、『あやちゃん』でいい?」

「うん。アタシも『たまちゃん』でいくからネ。」


新担任が教室に入ってきた。

クラス全員が注目する中、黒板に「南田寛太」と書いた。


「はい、注目。僕がこのクラスの担任の『みなみだかんた』だ。」

そして、黒板の名前を指でなぞりながら言った。


「ナンダカンダとうるさいことも言うけど、1年間よろしく。とまあ、こんなふうに僕の趣味はダジャレだ。趣味が悪くてしゅみません。アーハッハ!」

彩子が周囲を見回すと、皆、顔がひきつっていた。


② バスの中の痴漢

始業式から10日ほどたった日の朝、彩子はいつものように自宅マンション近くの停留所からバスに乗った。

降りる時に慌てなくていいように前の方へ進んだが、混んでいるのでバスの中ほどで諦めた。


後ろを若いサラリーマンがついてきたが、同じように前に詰めたいのだろうと思って彩子は気に留めなかった。

ところが、バスの揺れに合わせてその男の手の甲が彩子のお尻に間欠的に触れてくる。


やがて彩子は男の生あたたかい体温を感じた。

大胆になった男が手のひらを彩子のスカートに這わせてきたのだ。


彩子は指で宙に「腸」(チョウ)と書き、男のお腹がゆるむイメージを脳内に描いた。

「ああっ!」

若いサラリーマンはバスの最前部へ急ぎ、次の停留所で降りた。


窓の外を見ると、男は尻に手を当てたまま、猛烈な勢いで近くのコンビニに飛びこむところだった。

彩子は声を押し殺して笑った。


そんな彩子のオーラを車内の後方にいた修が驚きの目で見ていたことに当の彩子は気づかなかった。


③ 珠子のオーラ

彩子たちの通うS高校の1、2年生は、新学年のスタートに当たって学年別に合宿を行う。

青少年向けの宿泊施設を利用した2泊3日の行事だ。


4月下旬の火曜日、S高校2年生はクラスごとに計8台のバスを連ねて出発した。

車内のマイクを担任の南田が握った。


「みんな、張り切っていこう。スタートの月曜から天気に恵まれてさい先がいいぞ。」

一人の男子生徒が誤りを指摘した。


「先生、今日は火曜日!」

「え? 今日は火曜なのかよう?」


彩子は気が重くなった。

担任のダジャレ以外にも憂鬱になる理由があるのだ。


これから向かう青少年スポーツ施設には中学生の時にも来たことがある。

彩子はその時に忘れられない出来事を体験したのだった。


1時間ほどでバスは到着し、昼食後、全員ジャージに着替えて集合した。

最初のプログラムは、宿泊施設のある山の頂上まで往復3時間のハイキングだ。


ところが、下山途中から降りだした雨にうたれ、彩子は体調を崩して寝込んだ。

翌朝は40度を超える熱のために起き上がることさえできず、珠子が看病を買って出た。


修も心配になって部屋を覗いたが、珠子が彩子の額をさすっているのを見て絶句した。

珠子の頭上に金色のオーラが放射状に立ち上っていた。


教師たちは朝食後の職員ミーティングで、保護者を呼び寄せて彩子を帰宅させる相談をしていた。

するとその場へ珠子と一緒に彩子がけろりとした顔で現れた。

「もう大丈夫です。ご心配をおかけしました。」


④ 中学時の事件

スタート合宿2日目の夕食は飯ごう炊飯で、珠子の看病によって恢復した彩子も活動に復帰した。

ご飯が焦げている、カレールーが溶けていない、そんな不満も笑顔で言い合いながら食事を終え、後片付けに移った。


彩子の洗った皿を拭くために受け取ろうとして、修は手を滑らせて皿を落とした。

薄暗い戸外の炊事場なので、手元がよく見えないのだ。


何やってんの!と言いたげな顔を彩子が向けた時、修は目を見張った。

周囲の生徒に気づかれないように、修は彩子を手招きして洗い場を離れた。


宿泊棟の裏の暗がりに誘い込まれて、彩子は胸がドキドキした。

幼なじみの間柄だが、思春期に入ってからは修が異性としての好意を抱き始めたのを彩子は感じ取っている。


いきなり、修が彩子の両肩をつかんで引き寄せた。

鼻と鼻がくっつきそうな距離に修の顔が迫る。

彩子は、目を閉じた。


「目を開けて!」

「え?」


「やっぱりそうだ……。」

彩子は肩に置かれた修の手をはねのけて言った。

「何なのよ、いったい!」


「彩っぺは、もしかすると何か超能力を持ってるんじゃないか?」

意外な展開に、彩子はさっき以上にドキドキした。


「なんで、そんなこと言うの?」

「2週間くらい前、バスに乗ったら彩っぺがいたんで声をかけようとしたら、前の方に詰めていったことがあったんだ。」


「それで?」

「彩っぺの後姿を見ていたら、一瞬だけ彩っぺのオーラが巨大化したんだよ。」


彩子は、「腸」能力を使って痴漢を撃退したことは明かさずに言った。

「てことは、修は人のオーラが見えるの?」


「昨日のハイキングの途中、林の中に大きなクスノキがあったけど、覚えてるだろ?」

修の指摘で、彩子はまたまた胸が騒いだ。


彩子たちの通っていた中学校には「高校入試100日前遠足」という行事があり、10月に日帰りで3年生3クラスがこの施設にやってきた。

その時、10か所のポイントを回るオリエンテーリングが行われたのだが、彩子が8か所までのポイントを回った頃に雷雲が空を覆い始めた


空模様がおかしくなったら引き返すように事前に指示されていたので、みな早めに戻り始めた。

完走者は賞品が貰えることになっていたので、彩子は残り2か所のポイントを目指すことにした。


しかし大粒の雨が落ち始め、稲光りと雷鳴との感覚もかなり短くなってきた。

さすがの彩子も危険を感じて大きなクスノキの下に身を寄せた。


少し遅れて修が走ってくるのを彩子は見た。

修が駆け込んだ瞬間、クスノキに雷が落ちた。


彩子も修も気が付くと、施設のある山のふもとの小さな病院のベッドにいた。

さいわい二人とも落雷による一過性のショックということで、その日のうちに帰宅できた。


遠足は金曜日だったため、翌週の月曜には彩子も修も何事もなかったかのように登校した。

しかし、実はこの時の落雷で彩子と修の身に大変なことが起こっていたのだった。


急に周囲がザワつきだしたので、彩子と修の回想は途切れた。

食事の後片付けが終わって、生徒たちがキャンプファイアーの会場へ移動し始めている。

「俺たちも合流しよう。話の続きは合宿が終わってから。」


⑤ 彩子と修の超能力の秘密

合宿の代休日明けの日の放課後、修は彩子を学校近くのハンバーガー店「バーガー浦川」に誘った。

「あの落雷で病院に担ぎ込まれて目が覚めるまでの間、不思議な夢を見たんだ。」


彩子は、ストローをくわえてコーラを飲みながら聞いている。

「イソップの『金の斧、銀の斧』に出てくるような神様が夢に現れて『そなたに超能力を授けよう。望みを言え。』って言ったんだ。」


彩子はコーラをゴクリと飲み込み、1、2度せきこんだ。

自分が見た夢と全く同じだった。


「で、『人のオーラが見えるようにして下さい』って頼んだんだ。」

「なんでオーラなの?」


「その頃、オーラを見ることができる方法をネットで見つけて練習したりしてたからさ。けど、今思えばもっと役に立つ超能力をお願いすればよかったな。」

「そうヨ、もったいない。今聞いてびっくりしたけど、アタシも全く同じ夢を見たの。アタシはとっさに『いろんな超能力を下さい!』って言った。」


ある程度予期してはいたが、全く同じ異変が彩子にも起きていたことを知って修も驚いた。

しかし同時に、彩子の大胆な注文を聞いて呆れもした。

「欲張りだなあ。」


「だってアタシ、ジブリのアニメが好きで、まっくろくろすけを見たいとか猫バスで空を飛びたいとか思ってたから、欲しい超能力を一つに絞れなかったんだもん。」

「言い訳していいわけ? いかん、南田先生の悪影響だ。で、神様は?」


「自分が言い出したことだから引っ込みがつかなくなったみたい。『ならば、チョウと読む漢字を指で宙に書き、その字のイメージが実現するように念ずればよい』って不機嫌な声で言ってすぐ消えちゃった。」

「彩っぺの欲深さに神様も呆れたんだろうなあ。」


ここで修がテーブル越しに身を乗り出して、彩子の胸元に視線を落として小声で言った。

「あの件以来、体に変化はない? おっぱいが大きくなったとか。」


彩子は修をにらんで言った。

「ぶつヨ。」


「それは冗談だけど、俺、自分のオーラを見ようとして鏡の前に行ったら、目が変になってたんだ。」

今度は彩子が身を乗り出して顔を修に近づけた。


「別におかしくないヨ。」

「電気をつけ忘れて洗面所に入ったから分かったんだ。暗い洗面所の鏡に映る目がかすかに光ってたんだ。昼間は分からない。」


「猫みたい。」

「俺もそう思って調べたんだ。猫は目の網膜の裏側に反射板みたいなものがあって、目に入る光を反射するらしい。」

「へえ、面白い。」


「へえじゃないよ。彩っぺの目も光るんだぜ。落雷で体じゅうがカッと熱くなって失神したから、俺たち目がおかしくなったんじゃないのかな。合宿で皿洗ってた時に彩っぺを見て『あ、光ってる!』って思ったから、暗いところに連れて行って確かめたんだ。それにバスの中でのオーラの件もあったから、彩っぺも超能力者エスパーになったんじゃないかと思ってね。」

スタート合宿の時、人目につかない暗がりに連れて行かれた意味が分かり、勘違いしていた自分のことを彩子は気恥ずかしく思った。


「今夜じっくり見てみるけど、目が光って何かいいことあるの?」

「光るっていってもわずかだし、猫みたいに暗闇でものが見えるってこともないね。エスパーを見分ける印くらいにはなるかも。あ、それから、合宿での珠ちゃんのことだけど。」


「珠ちゃんには本当に感謝してる。珠ちゃんがおでこをさすってくれたら嘘みたいに楽になったのヨ。」

「さもあらんだよ。珠ちゃんが彩っぺを看病してる時のオーラを見て言葉が出なかったよ。ピンクと白がベースにあって、その上、金色のオーラまであったんだ。それも超能力者なみのレベルなんだ!」


「アタシにも分かるように言って。」

一人で興奮していた修は、彩子の注意を受けて頭をかいた。


「ピンクは人を癒すオーラで、白は純真な心の持ち主に出るんだ。でも、もっとすごいのは高い精神性を表す金色だよ。」

「確かにそういう特徴は珠ちゃんに当てはまるネ。」


「黄金のオーラが仏様の後光のように放射状に出てた。普通の人には絶対ありえないことなんだ。彩っぺの熱がひいたのは珠ちゃんのオーラに包まれたせいだと思うよ。それで彼女もエスパーに違いないと思ったんだけど、目は光ってなかった。だからってわけでもないけど、珠ちゃんには俺たちの超能力のことは話さずにおこう。驚かせると悪いしさ。」


帰宅した彩子は、夕食後の風呂上りに洗面所の電気を消して鏡に向かった。

修の言ったとおり、かすかではあるが目が光っていた。


彩子は「ひょっとしたら」と思って、胸のふくらみに片手を当てて「脹」(チョウ・ふくらむ)という字を宙に書いてみた。

Tシャツを通して胸が1カップ分ほど大きくなったのが感じられた。


彩子が「ひょっとしたら」と思ったのは、そのことではない。

鏡の中の目の光が、強さを増していたのだ。


慌てた彩子は、超能力を消すために指を鳴らした。

すると、目の光も胸のふくらみも元に戻った。

目の光はともかく、胸のふくらみは少しもったいない気がした。


⑥ 彩子の超能力の破綻はたん

S高の正門前の上り坂は、生徒たちの間で「地獄坂」と呼ばれている。

彩子も毎日この坂を息せき切って上る一人だが、今朝は交通事故の影響でバスの到着が遅れた。


この分では遅刻は確実なので、バスを降りると彩子は「停」(チョウ・とまる)という字を指で宙に書き、目をつぶって時間が停止するイメージを頭の中に描いた。

目を開けると、周囲の全てのものが動きをとめていた。


脇を走っていた軽トラックが彩子のすぐ横で停止しており、運転手が投げ捨てたタバコの吸い殻も空中に浮いたままだった。

フリーズしている他の生徒たちの間をすり抜けて地獄坂を上る時は、さすがに気が引けた。


正門を通り過ぎてもう大丈夫と歩みを緩めた時、彩子は一瞬息が止まった。

珠子が、正門の門柱の陰から青ざめた顔で走り寄って来たのだ。


「彩ちゃん!これ!これ!」

彩子の腕に取りすがった珠子は、銅像のように静止している周囲の生徒たちを指さしながら震えた。


その日の放課後、彩子と修は、真相を話すために「バーガー浦川」に珠子を誘った。

「言っても誰も信じないから、黙っておこうヨ。」と、彩子は朝の出来事について珠子に口止めしたのだが、授業中もずっとうわの空で青い顔をしている珠子を見ていて良心がとがめたのだ。


彩子と修にとって秘密を打ち明けるのは一大決心だったが、合宿で珠子の圧倒的なオーラを見た修には、珠子は取り乱すことはないという確信があった。

超能力を得た経緯について、二人の口から説明を受けた珠子は安堵の色を浮かべた。


「そういうことだったのね。驚いた。」

そう言いながら、珠子はそれほど驚いたふうではない。


「驚いたのはこっちも同じヨ。珠ちゃんだけフリーズしていなかったから。」

「それにしても時間をとめることができるなんて便利だな。俺ならテストの時とか、そうだ、彩っぺが風呂に入ってる時に…イテッ!」


テーブルの下で彩子が思い切り修のすねを蹴った。

「珠ちゃん、今日はアタシ、反省させられた。せっかくの能力を遅刻防止みたいな自分の利益のために使っちゃダメなんだって。珠ちゃんがフリーズしなかったってことは、きっと神様のかわりにそれを警告してくれたのヨ。」


⑦ 珠子の質問攻め

彩子と修の打ち明け話を聞いて以来、珠子は二人の超能力について興味津々だった。

昼休みに屋上の貯水タンクの台座に腰かけて弁当を開くと、すぐに珠子の質問が始まる。


「彩ちゃんは、神様の夢から覚めてすぐ試したの?」

「ううん。このS高の入学式の日が最初。ママと一緒に登校したら正門脇の花壇に蝶が飛んでたの。それで夢のことを思い出して指で『蝶』って書いて、蝶が自分に寄ってくるところをイメージしたの。」


「どうなったの?」

珠子が弁当を食べる手を休めて先をせかす。


「10匹くらいだったかな、飛んでた蝶が全部寄ってきた。ママは単純に気味悪がってたけど、アタシも『ホントウだったんだ』って思って、ゾクッとしちゃった。」


修が話に割って入った。

「しかし、よく蝶という漢字が書けたね。週末課題の漢字のドリルをチャチャッと終わらせる術はない?」


「あるわけないでしょ。忍術じゃないんだから。」

「修くんの話で思いついたけど、彩ちゃんは漢字のドリルをしてて例えば『聴』という字を書けば、普段は聞こえない声が聞こえたりするの?」


「ううん。指で字を書いた後、この辺に意識を集中してその漢字の意味を強くイメージ化しなきゃいけないの。これがけっこう疲れるのヨ。」

彩子は、自分の額に人差し指を当てながら説明した。


「それ、俺も同じ。その気になって意識を集中しなけりゃオーラは見えないし、見た後はグッタリくるんだよな。」

「ふうん、大変なんだ。あ、そうそう、この間彩ちゃんは時間を止めたけど、どうやって元に戻したの?」


「神様は、その肝心なこと、教えてくれなかった。ほっといても適当に元に戻るみたい。でね、ある時テレビで催眠術師が指をパチンと鳴らして術を解いてるのを見て、もしやと思ってやってみたら、ビンゴ! 珠ちゃんと正門で会った時もすぐ指を鳴らしたのヨ。」


珠子に感化されて、修も素朴な質問を口にした。

「彩っぺは、ジブりのまっくろくろすけや猫バスに興味があるって言ってたじゃないか。猫バスみたいに空は飛べない?」


「畳の上で腹這いになって『鳥』(チョウ・とり)って書いてみたけど、ダメだった。少し浮いたところで『恐い!』って思った瞬間、畳にドスンって落ちて、あごと胸と膝を打ってスッゴク痛かった。」

「まっくろくろすけは?」


修が彩子にそう問いかけた時、珠子が事もなげに言った。

「まっくろくろすけなら、私、見たことある。」


「えーッ!」

修と彩子は同時に声を発して、珠子の顔を見た。


「あと、森に行けば妖精もいるし、神社の大きな杉の木には、たいてい神主さんみたいな服装をしたお年寄りの神様がいるわ。」

「えーッ!」

今度も同時に声を発して修と彩子が顔を見合わせた時、昼休みの終了を告げるチャイムが鳴った。


⑧ 修の新たな超能力

5月のGWも終わったある日の昼休み、彩子が修を屋上に誘った。

並んで弁当を食べながら彩子が切り出した。


「肝心なこと聞いてなかったんだけどサ。アタシのオーラってどんなの?」

「特にどうってことないよ。」

修は以前、登校のバスの中で彩子のオーラを見たことがあった。


ムッとした彩子が弁当を置いて立ち上がった。

「ちゃんと見てヨ。」


修も箸を置いてしぶしぶ立ち上がり、彩子の正面に立って意識を集中した。

「情熱の赤だよ。バイタリティや積極性を表す色だね。普通の人でも、怒ったり泣いたりすると一時的に赤いオーラが出る。」


「分かった、ありがとう。ところで、オーラが見える人ってヒーリングや除霊なんかもやったりするじゃない?修は?」

「やったことない。実験してみようか?目を閉じてみて。」


言われたとおりに目をつむった彩子の左胸を修は人差し指で押した。

制服を通して彩子の胸の柔らかい感触を感じた瞬間、修は平手打ちをくらった。


「何すんのヨ!」

「だから、実験って言ったろ?さ、両手を出して。」


修が自分の両手を前に出すと、彩子もふくれっ面のまま同じように手を出した。

修は彩子の両手を握り、心の中で「ヒーリング」という言葉を呪文のように唱え続けた。


すると、大きく燃え上っていた彩子の怒りのオーラがみるみるうちに収まっていくのが修の目に見えた。

握っていた手を修が離すと、彩子は目を丸くして言った。


「びっくりした! あっという間に気分がすごく爽やかになった。やればできるじゃない。」

「いけそうな気はしてたんだけど、ヒーリングをやったのは初めてだよ。」


「不思議よね、手を握っただけなのに。」

そう言って自分の手のひらを見た彩子が「わっ!」と大声を上げた。


「ほら、見て、見て!」

彩子が差し出した右手の手のひらには何も変わったことはなかったが、それが彩子には驚くべきことだった。


「アタシ、よちよち歩きの頃、家のガラス戸に倒れこんで手のひらをざっくり切ったの。その傷がうっすらと5センチくらい残ってたのヨ。それが消えちゃってるわ。どういうこと?」

「へえ! 俺、肉体面のヒーリング能力も持ってるのかな。」


修は、ズボンの裾を膝までまくり上げた。

中学校でバレーをやっていたので、レシーブですりむいた跡が薄いシミになって膝下に残っている。


左右の膝のその部分に手のひらを当てて、意識を集中した。

しばらくさすった後に手をのけると、シミはきれいに消えていた。


「見ろよ! 俺の白いオーラはすごいぞ。白はナイチンゲールの象徴でもあるしな。」

しゃがんで興味深そうに修の膝を見ていた彩子が顔を上げた。


「白? 珠ちゃんのオーラの説明と違ってない? 白は純真さを表して、癒しのオーラはピンクって言わなかった?」

「うん、それが一般的な解釈だよ。けど、白がレベルアップすると、全ての色を含む強力なエネルギーを発揮するって本に書いてあるんだ。俺がその力を持ってるなんて、なんか恐い。」


彩子は修の不安などそっちのけで、貯水タンクの台座に腰かけてスカートを太ももの中ほどまでたくしあげた。

「このホクロを消して。ずっと気になってるの。」


彩子が指さした先を見ると、左の内またに確かに大きめのホクロがある。

修は彩子の左側に座って右手を彩子のホクロに当てて暫くさすった後、手を離した。


「あれ? 消えてないヨ、修。」

「やっぱりね。」


「どういうことなの?」

「だってホクロはケガや病気と違って、治るとか治らないとかいうような体の異状じゃないだろ?」


がっかりした顔でスカートを元に戻した彩子は、ハッとした顔を修に向けた。

「『やっぱりね』ってことは、それ初めから分かってたのよネ? なぜやってみたの?」


「彩っぺの太ももに触れるチャンスはそうそうないからね。」

「もうー!」

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