Sea you 第二話
確か、フミ婆と初めて会ったのは、僕が小学三年生の時だったと思う。
僕は両親からひどい虐待を受け、家にはほとんど入れてもらえない、食べ物もたまにしか与えてもらえない、といったような日々を送っていた。
そんなある日、空腹によって家の前でうずくまっていた僕を偶然見つけて助けてくれたのがフミ婆だった。
その日は丸一日ほどろくにご飯を食べられていなかったせいで、空腹が限界に達し、激しい腹痛が僕を襲っていた。しばらくは家の中でただただ耐えようとしていたのだが、とうとう耐えきれなくなって、とにかく何かお腹に入れられるものを探そうと家を出たところで、僕は空腹のあまりその場にうずくまったまま動けなくなってしまった。
早く動き出して何か食べられるものを探したいのに、体は思うようには動いてくれなかった。だが、お腹の痛みだけはどんどんと激しくなっていくので、僕はその場でぐっと体を丸め込んで耐えることしかできなかった。
そんなふうに苦しんでいた僕を、偶然近くを通りかかったフミ婆が見つけてくれたのだった。フミ婆は僕を見つけるなり、すぐにその異変に気が付いたようで、「ボク、大丈夫かい?!」と声を荒らげながら、僕の元へと駆け寄って来てくれた。
フミ婆からの問いかけに対し、僕は何とか声を絞り出しながら、「お腹が……空いて……」ととりあえずの事情を説明した。言いたいことすべてを上手く声に出して説明することはできなかったが、フミ婆は僕の発した言葉だけで何となくの事情を把握すると、僕を抱きかかえて、自分の家へと急いで連れて行ってくれた。
フミ婆の家に着くまでの記憶は
家に着くと、フミ婆はリビングに置かれたソファに僕をそっと寝かせて毛布を掛けてくれた。そして、「今何か食べられるものを作ってあげるからね」と僕に対して優しく声をかけた後、急いでキッチンへと向かい、料理を作り始めた。
フミ婆が料理を作ってくれている間、僕はいつの間にか眠ってしまっていたようで、次に目を覚ましたのは、フミ婆が作ってくれた美味しいご飯の
なんだか良い匂いがすると思って飛び起きると、僕の目の前には美味しそうな料理がたくさん並べられていた。その料理たちに思わず見とれていると、フミ婆は僕の頭をそっと
〝僕のため〟に作ってくれた、というその言葉が本当に嬉しくて。そしてフミ婆の作ってくれた料理がどれもとても美味しそうで。僕は涙を流しながら、その料理たちを
その日から僕はフミ婆の元に密かに通うようになった。
僕は家での事情をフミ婆に正直に話し、その上で誰にも言わないでほしいとお願いをした。あの人たちが怒りだしたら何をしでかすか分からないと思ったからだ。他の人を巻き込んだり、下手に抵抗してよりひどい仕打ちをされるくらいなら、まだ今の状態に我慢する方がましだと、あの時の僕は思っていた。僕が、僕だけが我慢していればそれでいいのだ。そう思って僕は、フミ婆にも一種の我慢を強いたのだった。
フミ婆の元で、僕は色んな美味しい食べ物を食べさせてもらい、色んな話を聞かせてもらい、色んなものを見せてもらった。
食べたことのない食べ物をたくさん食べさせてもらい、この世界にはこんなにもたくさんの美味しいものがあるのだと初めて知った。
行ったことも見たこともないような場所についての話を聞くだけで、自分もその場所に行った気になってとても楽しかった。
見たことも触ったこともない品々をたくさん見せてもらったり、それについて話を聞かせてもらったりして、自分が物知りになったような気になった。
僕がこの海岸に来るきっかけとなった約束の写真も、フミ婆の亡くなった旦那さんが撮ったという写真を見せてもらったときに、僕が一番気に入ったものであった。僕が何度も何度もその写真を見ているので、フミ婆が「その景色をいつか見に行こう」と約束をしてくれたのだった。「約束」なんてしたのはあの時が初めてだったが、僕はこの「約束」だけは絶対に守ろうと、そして
その他にも、フミ婆と僕は一緒にトランプなどをして遊んだり、絵を描いたりと、とにかく色んなことをした。フミ婆と過ごす日々や時間は、僕にとって新しいことばかりで楽しかったし、何よりもとても幸せなものだった。両親から毎日与えられる暴力にだって、フミ婆との時間を考えれば何とか耐えることができた。
そんな僕の「幸せな時間」は、結局ほんの数か月で終わりを告げることとなった。
両親に、フミ婆の元に通っていたことがバレたのだ。
いつも通りフミ婆の家に向かおうとした僕の様子を不審に思った両親が、後をこっそりとつけていたのだ。そして両親にフミ婆の存在が知られてしまい、フミ婆の家にもう少しで入ろうとしていたところを、僕は捕まってしまったのだった。
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