第22話 ディレックの誘い
「はあ、やっと見つけた……おい、女!ここにいたのかよ」
声の主は、振り向かずともわかっていたが、やはりディレックだった。
いつもよりも少々華美な服装だが、銀髪褐色の肌が映えている。
早々に歩いてきたディレックは、紗良の前で足を止めた。
「どうかした?」
今はこの王子に構っている気分ではないのだけども、と
「なんだよ、その反応は俺が、この俺様がずっと探してたんだぞ。厨房も!広間も!こんなところにいたのか」
「探したって……何か、用があったの?」
侍女を通じて、ドレスも返却しパートナーとしての出席は断ったはずだ。
すると、紗良の言葉にディレックは口ごもった。
「う……まあ。いいや、とにかく紗良」
「あ。今、はじめて名前でよんだね、ディレック王子」
いままでのやり取りを思い出した紗良は、ふと笑顔を向ける。
ディレックはそのまま硬直したように固まり、その様子に思わず不思議そうに見上げた。
新緑の瞳はじっと紗良を捉えたままだ。
「……ディレック王子?」
その言葉に我を取り戻すと、ディレックはごくり、と唾を飲んだ。
「いや、お前って結構、かわい――いや、そうじゃなくて」
ディレックの顔がほんのり赤く彩られたように見える。
蝋燭の反射かと思ったが、それよりももう少しーーらしからぬ動揺ぶりに紗良もどうしたのかと考えた。
「お前に文句言ってやろうと思ってさ。せっかくこの俺が、ドレスを贈ったのに、着ないし結局レオと出席かよ?」
「それは本当に、悪かったわ。なんか、想像していた以上に予定が狂っちゃって」
――まあ予定が狂ったのはディレックのせいではあったのだが、良かれと思っての行動だろうと落とし込んだ。
「でも、贈ってもらったのはありがたいけど、やっぱり貰えないや。だから、気持ちだけもらうよ。本当に、ごめんなさい」
さすがに申し訳ないなと向き合って、心から詫びる。
「ああ……、まあ、いいや。気にするなよ。もともと要らないって、いわれてたのを無理に押したのは俺だしさ。とにかく一回踊ろうぜ」
意を決したようにディレックは紗良の手をとった。
「え、でも私あまり上手くないんだけど」
「大丈夫、大丈夫。気にすんな、どうせ誰も見てねーよ」
そしてすぐさま背中に回された手はしっかりと支えられ、これはこれで安心感がある。
しかしーーぐるりと大きく回され、練習とは違う、やや大ぶりな足の運びに困惑する。
「ええ、ちょっと……!?」
それでも素人相手に実に様になっており、リードする様はやはりダンスは上手いのだと実感する。
紗良は、ディレックの手を強く握る。
やがてテンポにも慣れてきて、ゆっくりと足を踏み出した。
一息ついて、互いに向きなおす。
「……でも、どうして私を誘ったの?」
紗良はストレートに当初の疑問をぶつけた。
まさか、この引く手あまたな美貌のものがパートナーに困っているという訳ではあるまい。
つまり、そこには何がしかの――それらしい理由があるはずだ、と紗良は踏んだ。
「今、それを聞くのかよ?」
「だって、意味がわからないじゃない。別に――」
親しくもないし、という言葉を飲み込んだ。
なんとなく、だが彼とはすでにクラスメイトのような、友人のような――少しだけ気楽な関係を築けている気がする。
「俺さ、お前のお菓子は本当に美味いって思って。だから、俺の国にきてみないか」
突然の誘いに、頭が追いつかず紗良は目をパチパチとさせた。
「でも、私まだここの皆と一緒にお菓子を作りたいし」
「お菓子なら俺の国で好きなだけ作ればいいじゃないか。それに俺はお前と話をしているのが楽しいんだ」
流れる曲が変わる。
ステップを止めたディレック王子は、その手の甲に静かに口づけを落とし、紗良の手をさらに絡めとった。
流れる空気までもが変わっていく。
緩やかな風は髪をなびかせ、
「紗良、俺も婚約者を決めようと思ってて――」
突然の事で紗良は反応ができず、言葉を飲み込もうとした。
それは、どういうことだろうか、と紗良はディレックの真剣みを帯びた深い緑色の瞳を見つめ返した。
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