第16章 隣国ディレック王子
城の出入り口でレオナルド王子と別れ、城の中に戻るや否や、そこは戦場と化していた。
なんでも、隣国王子の来訪が一日早まったということでてんやわんやとなっている。
なかには何をするのかわからず、右往左往するものもいるくらいだ。
「一日早まった?って……いつなんですか?」
「今日!これからよ!!!」
紗良のその質問に、メイド長は悲鳴とも怒号ともとれる叫びをあげた。
さすがに紗良も驚き、持っていた荷物を早々に置き、メイド長へと声をかける。
「なにか、私にできることがあれば」
「ありがとう、紗良さん。ひとまず、出迎えをしなければ。これから全員で」
メイド長は張りのある声をあげ、手を大きく二回たたいた。
「みなさん、手を止めて聞いてちょうだい。――いいですか?これから隣国のディレック殿下がいらっしゃいます。本日の夜には友好の証として懇親会を、明日の夜には他国の王族たちがいらして大規模な舞踏会も開かれます。いいですか、とにかく――そそうの無いように」
そうはいわれても、少なくとも現状侍女扱いの紗良には特に関わることはないだろう。
聖女たる葵は実際、その舞踏会の主役みたいなものなので、きっと大変だろうな―と、紗良は遠い目で、葵にエールを送った。
メイド長の言葉が終わると軽快な曲と共に、重厚な大扉が開かれる。
「もういらしたの!?みんな、とにかく、早く並んで!」
つられて、紗良も一緒に並ぶ。
金の縁が輝く長く赤い
逆光でよく見えない。
紗良はお辞儀をし、ひたすら目を閉じていた。
それは無と同一になるような気持ちであり、とりあえずここでお辞儀さえしておけば、まあいざこざは起こらないだろう、どうせ私には直接関わりのないことだろうし――と静かに考えていた。
だが、その考えは思いもよらぬ形で裏切られることとなる。
やがて、紗良の目の前でピタリと足音が止まる。
恐らくそれはひと時だったであろうが、妙に長く感じる。
やたらに視線を浴びているような――なぜだろう、と恐る恐る目を開ける。
すると白く金の装飾で飾られた靴が視界に入り、そのままその靴のつま先は紗良の方向へと向けられた。
そのまま、微動だにしない。
なんでだろう、と思考を張り巡らせる。
しかし、この靴はなんだか見覚えがあるかもしれない。
熱いわけでも、寒いわけでもないのにやたらに冷や汗がたれてくる。
(――まさ、か)
思わずゆっくりと顔をあげ、目の前の白いフードの、男の子を見上げるように確認する。
褐色の肌は、彼の出立をより魅力たらしめるものであり、その白い服はそれを映えさせるものであった。
そしてもの言いたげな
「あなた、さっきの……!」
「お前、やっぱりここの侍女だったのか」
間髪いれずに、そう返され紗良の腕を掴んできた。
「女、よくも俺から逃げたな?俺はあの時の回答をまだお前から聞いてないぞ。あとで――」
「……っ」
掴まれた腕は力が強く、やたらと痛い。
痛みで声がでず、紗良はもがくように
「ディレック」
ディレック王子がそこまでいいかけたところで、レオナルド王子が紗良の側にかけつけたことに気づいた。
(レオ!?)
「その者はこの城の客人だ。無礼をやめ、丁寧に扱ってもらおうか」
「……無礼はどっちだよ?お前の城ではその客人とやらに侍女の服を着せるのか?」
「彼女には、自らの意思で城内を手伝ってもらってる。服も動きやすいということで、それは本人の意向だ。それよりも、貴殿の持つ書簡をいただこう。いまは彼女よりも、書簡を渡すことが貴殿の来訪の
いつになく丁重な口調ではあるが、やたらと
「――ああ」
ディレックは紗良から腕を離し、頷くと書簡を取り出した。
それを受け取り、レオナルド王子は紗良へと視線を向けた。
「紗良、いっていい」
感謝を示すように簡単に頷き、紗良は静かに走り去った。
その後を追いかけようとしたディレック王子をレオナルド王子が防ぐように体で遮る。
「貴殿の書簡を確認しなくてはな?」
紗良の後ろ姿をみていたディレックが舌打ちをし、レオナルド王子に向き合った。
「……あの女は紗良、という名前なのか」
その言葉は耳障りだ、といわんばかりに、レオナルド王子は無言で眉を吊り上げた。
ディレックの回答には答えず、書簡に目を通す。
「――書簡に記載されている通り、今回貴殿は監査と調査と友好を兼ねている。国王の調印もあり、今日から二日間、この城内、どこでも閲覧は自由に出入り可能だ。だが――ディレック殿。友人として、行動は常識の範囲内で頼む」
「はいはい」
レオナルド王子の冷たい視線をものともせず、そういってディレックはその場を歩き出した。
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