第15章 銀髪の男の子

翌日には普通に戻っていた。

いや、この場合は普通を装っている、というのが正しいだろう。


紗良とレオナルド王子は二人で街を歩いていた。


――そもそも、どうしてこうなったのだろう、と紗良は思い返した。


本当に、たまたま、偶然だったのだ。

料理長に別の自薦レシピを告げたところ、必要な調味料を買ってくるように頼まれたのだ。


その場のレオナルド王子がそれならば街を案内するから、と申し出た。

 「街にでたことはなかったよな?せっかくだから色々、市場なり店なりに寄ってみるか?」


城の外にでたことがなかったため、紗良は頷いた。

そこには、先日より元気がない紗良をむりくり連れ出し、気分転換も兼ねて街を見てもらい、この世界を知ってもらおうという魂胆もあった。

 

 紗良は葵もどうかと誘ったが、「デートいってらっしゃい」と冷やかしの言葉をかけられ、今に至る。

「はぐれるだろ」と、繋がれた手に思わず頬を染めつつ、街へと繰り出した。


もうすぐ開かれる舞踏会のために、街の至る所にガーランドが吊り下げられていた。

祭りのような明るい声が飛び交う。

 その大きな賑わい、たくさん盛られたスパイス、積み重なる野菜や果物、屋台。

 どれも住んでいた日本とは違い、異国の世界の異国の食べ物だ。

 それも、見たことがない植物や生物の肉が並んでいる。

 威勢のいい女性が声を張り上げ、店へといざなう。

活気づいた街をみて、紗良も思わず心が躍った。


 歩くたびに、笑顔の人が多くとてもいい城と街なのだろうと実感する。

 

レオナルド王子に連れられた材料屋は先ほどみた市場とは打って変わってややおもむきのある、珍しい調味が揃えられていた。

ガラス瓶が店の天井まで並び、神秘的な雰囲気をかもしだしてすらいる。


「ここで買い物をすませたら、この周りを少し見てても大丈夫だ。雰囲気でわかるとおり、この国は治安はいいからな。俺も少し用があるから、この店の近くで待ってろ」


紗良は頷くと、目当ての店に入った。

 扉につるされたベルがガランガランと響き、店主が顔をのぞかせる。

 他に店内には白いフードを深くかぶった背の高い人が一人いただけだ。顔は見えないが、察するに男の子のようだ。


紗良は買い物リストを取り出し内容とあっているか、店員に詳しく尋ねた。

 そのうちに、カウンターの横に、あるものを見つけた。


「あの、これってもしかして……寒天、ですか?」

「うん?知ってるのかね。珍しいから、って勧めれて仕入れたんだがねぇ。どうも味がない、って人気がないからセールにしてるんだ。買ってくれるなら、サービスするよ」

「やったぁ!これ、欲しかったんです。全部ください!」

「全部!?これを?お嬢ちゃん、変わってるねえ」

 

思ったよりもいい材料を――しかも格安で揃えられ、ほくほく顔で紗良は店の外へと出る。


 周りをみてみると、視界の端には積み重ねられた調度品。

元の世界にはない、魔法のアイテムに次々と目を奪われた。

レオを待ちながら、いわれた通り街をもう少し散策してみようと紗良は歩き出した。

 

「あ!」


やがて最初の位置からだいぶ移動してしまったことに気づき、紗良は慌てて戻ろうとした、次の瞬間。

 

「おい、そこの女」


聞き慣れぬ声に、自分への問いかけだと最初は気づかなかった。

背の高い男の子が行き交う人々をかきわけ話しかけてくる。

 

声の主は紗良から目を離さない。

 銀色の髪に褐色の肌。深い緑柱石エメラルドの瞳は、レオとはまた違った形の美男子だった。

周りにいる女性たちが、チラチラとこちらを――正確にはこの男の子を凝視しているのがわかる。


「女、お前さっき変わった材料を買っていたな?」


偉そうな態度とその低めの声音こわねに、紗良は警戒した。


 白いフード――?

 そうだ。さっきの店にいた男の子だ、と瞬時に把握し後ずさる。


「どの材料のことかわからないけど、それがどうかした?というかあなた誰?」

「ふふん、俺が誰か、だって?お前が俺の質問に答えたら名前を教えてやるよ」

「え、じゃあいわない。あなたの名前なんて別に知りたくないし」

「なんだと……?」


どこまで自信過剰なのかわからないが、名前をきかれなかったことに対してひどくショックをうけているようだ。

紗良は男の子に目もくれず、どうにかレオナルド王子と合流しようと周りをみた。



「まあ、いいや。変な女。お前はここら辺では見ない顔立ちだけど、何者だ?」

「何者だ、っていわれても」

 

周りに気を配りながら、返答をする。

 なんだか妙な男の子にからまれたものだ。


 「……いや、まてよ?変わった風貌って……お前、聖女……じゃないよな。そもそも聖女は美人だっていってたし。お前みたいな女のわけないよな……?」


黙っていたら、とんでもなく失礼なことを面と向かっていってくるものだ。

呆気あっけにとられ、そのまま反論せずにいると、男の子はいつの間にか紗良の間近に迫った。

 

「……なんか、お前からなんかやたらに甘い匂いが……」


いわれて紗良は気づいた、侍女の服にはお菓子の甘い香りが染みついていたかもしれない。

触れられそうになる寸前で紗良は思わず振り切って雑踏をかき分け逃げた。

人ごみにまぎれ、走っている途中で「紗良!」と聞きなれてきた声が耳に届き、やがて紗良の目の前に黒いマントがかぶさった。

ハッと見上げると、そこには息をきらしたレオがいた。

 

「悪いな、やっぱり離れるべきじゃなかったな」

紗良は安心したように、安堵しレオの服の袖をつかんだ。


「紗良?」

「……あ、ううん。大丈夫」

 男の子の姿はもう見えない。うまくけたようだ。


あの人は誰なのかしらないが、おそらく、もう会うこともないだろう。

紗良はレオにわずかにほほ笑み、心配をかけぬよう、首を振った。

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