第17章 隣国王子とプチパーティー
「女、俺からまた逃げやがったな!」
あの場から逃げ出した紗良は、速攻で厨房に戻り、買ってきたお菓子の材料を使い、もろもろの作業を行っていた。
助かった、と思っていたのにディレック王子は信じられないことに、目の前に、厨房内にいる。
「なんでここに……」
「お前からずっと甘い匂いがしたから、そんなの厨房しか考えられないだろ」
なるほど正論すぎ、紗良は確かに!とばかりに頷くしかなかった。
ディレック王子の厨房来訪に、今度もしっかりと厨房の料理人たちは続々と逃げていった。
恒例の展開に涙を呑む。
(ああ……みんな……)
どうやら自分ひとりで、この我がままで厄介そうな王子の相手をするしかなさそうだ。
半ば諦め、ディレック王子へと向き直る。
「で、さっきの質問の続きだ。お前は何を作ってるんだよ!」
「ああ、寒天のことよね?それなら、ちょうどその材料で作ってるところよ」
ゼリーを四角に切って、ガラス容器にいれる。
さらに刻んだスポンジを入れ、溶いたチョコレートのトッピング、泡立てた生クリーム……。
「これはね、パフェっていうのよ」
色の違う寒天を混ぜ、七色に光りあうゼリー。
甘すぎないように配慮されたスポンジ、ビターなチョコレートと甘いチョコレートをそれぞれ加え、生クリームが更にコラボした自信作だ。
「……う、うまそうだな」
その
「いる?」
そんな近くでみられたら、渡さないわけにはいかない。
ディレック王子は大きく頷き、スプーンを持った。
「うめぇ!マジでうめぇ……!」
――そういえば、お菓子に興味を示してを食べにくるといっていたような?甘いものが好きなのだろうか、と紗良は思い返す。
純粋に幸せそうに食べる姿は嬉しいが、その消費量が半端ない。
「あの、今日は親善会だとかいってなかった?あとから食事が食べられなくなるんじゃ」
「……いや、俺はこっちのがいい」
そう返されては何もいえない。
どうやら好みであったようだ。舌鼓を打つ様子に、紗良も嬉しくなる。
他に下ごしらえをしつつ、せっかくなので、隣国の話をきいてみよう、と考える。
「あなたの国と、このお菓子と何がどう違うの?」
「うーーーん、砂糖とかの分量の少なさかな。シンプルに味付けしてるだろ」
「まあ、ものによっては」
紗良は考えた。素材の味を生かすため、見た目はそこそこ整えるが、味見をしながら微調整を入れている点は否めない。
「いいなあ、こんなうまいお菓子なら、ずっと食べたいぜ」
ふう、とため息をついてディレック王子は笑った。
「そうなんだ。よかったら、材料やレシピは教えるよ、だからあなたの国で作ってもらえばいいんじゃない?」
「わかってないなあ、お前も。あっちで俺がお菓子を作らせてみろよ。やったらクネクネした動きの露出女に渡されたお菓子なんて、怖いし何が入ってるかわかりゃしないだろ」
なにかを思い出したようにディレック王子は震えた。
「なんていうか、あっちはなぁ。親父の趣味が……そもそも、なんでもかんでも化粧っこくてはべらせててさあ……香水臭いんだよ」
「こうすい、くさい……」
「見目麗しけりゃいい、ってもんじゃない。わかるだろ、もっとこう、自然な……」
そこまで語って、ディレックは止まった。
「女。今のは、忘れろよ」
「はあ」
出来上がったパフェも「お口に会いましたか?」と聞くまでもなくあっさりとディレック王子により食べつくされ、仕方なく紗良は全員分を作り直すこととなった。
「じゃあ、自分で作ってみるとか、どうかな?」
「俺が?」
「うん、混ぜて冷やすだけ、ってのはいいすぎだけど……ちょっとだけ、やってみる?」
そういい、紗良は片手鍋を取り出す。
「ほらほら、好きなジュース選んで」
ドリンクを並べ、 焚きつけるように声をかける。
オレンジジュースを取ったディレックに、それを鍋に入れるよう催促する。
「えっと砂糖とゼラチンっぽいものを入れてーー」
ゼラチン、という呼称なのかわからないが、用途は同じの材料だ。
異世界にきて材料の質の違いといった微々たる違いはあれど、完成する味はなんとか調整できる。
「ねえ、ディレック王子、火を出せる?」
「あ?当たり前だろ。何いってるんだ」
「ここに、火をつけてくれない?」
「――俺にものを頼むとは、いい度胸だな?」
「うん、ごめんね。でも私……魔力、ないから。火をつけてくれないと、できないの」
その返答に、ディレック王子は驚いた表情で、紗良の方をじっと見た。
「魔力が、ない?そんなことがあり得るのか?」
「まあ、私は異世界からきてるし、聖女でもなかったから――そういう珍しいケースなのかもね。でも、大丈夫。そのうちに……きちんと、自力でなんとか、しようと思って」
「いやいや、魔力ないヤツが自力でなんとか火を――、ってどうするんだよ?」
「毎回、誰かに火をつけてもらうのは大変だから……例えば火打ち石みたいなものがあればなあ、とは思ってるけど。それか摩擦で火をつけるとか……?」
「マサツ?でも――、火打石?つまり火が付く石、だよな?確かにそんなの、聞いたことあんなあ。みんな魔力で火をつけるから、クズ石扱いされてるけど」
その情報に、紗良の目は輝いた。
「……ってことは、あるの?どっかに火打石が!?」
「まあ、聞いたことがあるくらいだけど。使ったことも見たこともないな」
「情報ありがとう!希望があるなら、ちょっと探してみる」
「いや別に、お礼をいわれるほどじゃないけどな……」
紗良に魔力がないならば、それなりの生活方法を自分なりに模索しなければならない。
こればかりは運命を呪ったところで、どうしようもないことだ。
ディレック王子は指から炎を出すと、鍋の中のゼラチンが溶けていく。
「――で、かき混ぜてここで火からおろして、冷ませば食べられるのよ」
「へえ……確かに、簡単だな」
じっくりと待ち冷めたゼリーを食べ、ご満悦のようだ。
「ふふ。自分で作ったら、余計においしく思えない?」
「そうかもな、今度戻ったら作ってみるかなぁ。これなら簡単だし」
「そっか、本当に役に立ててよかった」
紗良が少しだけ嬉しそうにそういうと、ディレック王子はそっぽを向いてしまった。
「――ディレック王子?」
「うるさい。いいからちょっと黙ってろ」
背を向けてゼリーを食べるその様子に、紗良の顔から笑顔がこぼれる。
ところで、どこにそのお菓子たちが入っているのだろうか。
太っているわけでもない、どちらかといえば鍛えているような体格だ。
疑問に思っていると、食べ終わったディレック王子は紗良に向き直った。
「めちゃくちゃ食べちゃって、悪かったな。お礼をしたいんだけど、お前は何が欲しい?ドレスか?宝石か?」
「……え?何もいらないわ」
「何もいらないってなんだよ、じゃあ両方贈ればいいのか?」
「いらないってば、宝石が欲しくて作ったわけじゃ……!」
ムッとした紗良に対し、これ以上は無用と判断したディレック王子は黙り込む。
静かになったため、やっと仕事ができるとばかりに紗良は腕まくりをし、引き続き小麦粉をこねだした。
やがて、ディレックが気まずそうにじっと紗良の腕を見つめてきた。
何かと目線をやると、意を決して彼は口を開いた。
「――さっき、俺が掴んだ腕……痣になってたのか」
紗良の腕をみつめ、申し訳なさそうに頭を下げた。
「……悪かった」
「ああ、これね。別に、いいよ。だって、わざとじゃないんでしょう?」
「そうだけど……どうも力加減が難しいな」
どちらかといえば紗良は被害者なのだが、そういう不満をぶつけられても困る。
「あなたの今後のためにいうけど、もう少し言い方を優しくしたら?」
「大きなお世話だ」
「ちなみに私が許さない、っていったらどうするの?」
「なんだ?やっぱり宝石の1つや2つ欲しいのか?」
「それは、心からご遠慮するわ」
「じゃあ火打石か?」
「それなら欲しいわ。もしかして、探してくれるの?」
「……まさか、俺様にクズ石を探させるのか?……お前ってやつは……変わってんな」
「私なんて比にもならないくらい価値観が変わってるアナタにいわれたくないけどもね。それより、そろそろ懇親会だか舞踏会だかの準備はしなくていいの?」
なぜだろう、王子様のはずなのにディレックに対しては敬語を使わなくていい気がしてしまう。
最初から互いにそういう物言いだったからだろうか。
まがりなりにも
「舞踏会。そうだ、舞踏会か。お前はでんの?」
「ええ?でないわよ、私はお菓子と料理を作る予定だし」
「俺のためにか?」
「……正しくは舞踏会に参加する方のために、ね」
そういってディレック王子をなんとか厨房から押しやると、やっぱり変な男の子だと紗良はため息をついた。
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