第11話 不本意なダンスの練習


 後日。

 

 貴賓きひん・隣国の王子の歓迎と今回の件、そして聖女葵とエドワードの婚約発表も兼ね、一週間後に舞踏会が開催されるときいたのは――今日まさに先ほどのことだった。

 

「それで、なんで私が練習相手なんですか」

 

 それは唐突に決まった事項だそうで、レオナルド王子の練習相手として紗良が抜擢され――今に至る。

 そもそも、素人がなぜ踊らねばならないのか、紗良ははなはだ疑問だった。

 ステップを踏みながら、ぶつぶつと文句をつぶやいた。

 

 みなに心配をかけまいと、元気をとり戻しました――、と触れ回ったのは悪手だったろうか。そんな後悔が襲う。

 

 スローテンポのピアノに合わせて、二人はダンスホールを緩やかに廻る。

 練習用で軽いとはいえドレスは聞慣れてないため、どうも着心地が良くない。

 そして見ているだけならダンスはとても優雅なのに、実際にやってみると実にハードなものだ、と紗良は感じた。

 

 「しかも、本当に、初心者なのに……」

 

 不本意すぎ、本人を目の前にしても、なお呪いのように愚痴をつぶやいてしまう。

 ステップのたびに近づく顔の距離はどうもいつもよりなお近く感じ、身を避けるようによじりながら、回避しようと試みる。

 しかし、腰に添えられた逞しい腕はそれを許してくれない。

 

 「舞踏会どころじゃなくて、俺も長いこと練習してないからな。お前が相手なら、一石二鳥で都合がいいわけだ」

 「そうでしょうか。ダンスの先生だって、こちらにいますよね?ずぶの素人の私よりかは上手い先生の方が練習相手として、いいのでは?」

 「そういうな。中にはダンスが下手な令嬢がいるしな?リードするにも、その下手なケースを覚えた方がいいだろう」

 「……他のご令嬢たちに怒られますよ?」


 そう言い終わる前に、紗良は手を取られぐるりと回された。

 それ以上の反論を受け付けないという様子で。

 先日、少しだけ距離が縮まったかも、と思っていたが気のせいだっただろうか。


 しかし、こうして踊ると確かにリードはうまく、立ち振る舞いの鮮やかさは王子様さながらだった。


 不思議なのはレオナルド王子だ、想像以上に動くのに息ひとつ乱していない。

 だが切り替えるシーンで紗良はレオナルド王子の足を何度も踏み、そのたびに痛いほどの視線を感じる。

”もう踏むなよ?”といいたげな、その圧に心は悲鳴を上げていた。

 

(――じゃあ、なんで私を選定したの……!?)

 

「無駄な文句をいうくらいなら、早く上手くなれ」

「そうはいっても……」


 練習とはいえ、他の令嬢がみたら一介の王族――それも相当の美男子と手を取りダンスなど、羨ましい光景だろう。

 もっともダンスがうまければ、確かに楽しい時間だったに違いないが、慣れぬ動きは覚えるだけで過酷すぎ、沙良にとっては楽しむどころか、体力に気を使いそれどころではなかった。

 

 「でも、私……ダンスの練習相手にされてますが……絶対に、絶対に、本番の舞踏会には出ませんよね?」

 

 念を押すように紗良は詰め寄った。

 今でさえ、足が悲鳴をあげているのだ。

 当日まで延々と練習に付き合わされては、たまらない。

 さらに舞踏会で踊りながら笑顔を振りまけといわれたら、想像するだけで悲鳴を上げそうだ。

 

 「今の段階ではな」

 「じゃあ、もう練習しなくていいのでは?」

 「そうとも、いえん。出ない可能性があるというだけで、今後変わる可能性も十分あり得る。その時になって、慌てるよりはマシだろう」


(うーん、そうなのかな?)


 「でももう、ヒールでちょっと足が痛いです。いや、だいぶ痛いです……」

 「足が痛い件については、治せ慣れろというしかないな。リードはある程度してやる。ある程度だけどな。あとは体で覚えろ」

 「うう……」

 

 ――なんというスパルタ。レオナルド王子の意図はまた読めない。だが、発言から察するに、他にも意図がある気がする。

 自分がまだ気づいていない、何かの意図が。

 

 きりのいいところで、ようやくピアノの音が止まる。一時レッスン停止の合図だ。

 

 「でもレオナルド王子は、当日はどなたと踊るんです?」

 

 懇意こんいの令嬢でもいるのだろうか。

 不意をついた紗良のその一言は、休憩中の雑談のつもりだった。

 すると不機嫌そうに紗良のまたも腰をぐい、と引かれ不意に視線が重なった。

 反動で顔が赤くなり、思わず目を伏せた。

 

 「参加するだけで、俺は踊るつもりはない。もっと練習してうまくなったら、当日俺と踊るか?紗良」

 

 ふいに耳元に唇を寄せられ、吐息がかかり息を呑む。

 つなぐ手だけでもお腹いっぱいなのに、間近で名前を囁かれるとは勘弁してほしいものだ。

 ああこれは――耳まで赤くなっているだろうなと、自覚しつつ紗良は懸命に押しのけた。

 

 「――ご遠慮いたします、私も当日は料理長から協力を頼まれてるんで。なにせ、料理とお菓子作りで、私なりに忙しいんですよ」


 そういうと、紗良はヒールを脱ぎ、ため息をもらしながらホールを去った。

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