第9章 聖なる光

葵は最初に召喚された場所――あの大聖堂にいた。

 大聖堂内にいるのはエドワード王子と葵だけで、大きな内部は静まり返っていた。

 

 「紗良!」

 たった数日なのに久しい友にあったかのような表情で、葵は紗良へと駆け寄ってくる。

 するとエドワード王子が怪訝な表情で紗良を見た。

 

 「レオ、危険じゃないか!なんで彼女を連れてきたんだ?」

 「……少し話したい、こっちにきてくれ」

そういわれ、エドワード王子はレオナルド王子と一緒に外へ出る。

 大聖堂内の大扉が閉まると、紗良たちは抱き合うように身を寄せた。

 

「葵、良かった……」

「私も、会えて嬉しいよ。紗良」


久々に会えた葵との再会を紗良は喜んだが、当の葵はすぐに心ここにあらずといった様子に変わっていく。

紗良はその様子に、すぐに話を切り出した。

 

 「あのね、私……葵がとても大変な責務を負ってる、って教えてもらったの」

心痛な面持ちへと紗良も変わり、その言葉に葵の表情が悲痛にゆがんでいく。

 

「……うん」

「えっと、とっても難しいものだ、って聞いてる」

「……うん、何度試しても、わからないの。私、本当に聖女、なのかな?結界を張ることができなくて……ごめん」


 そこまでいうと、葵の目から涙がこぼれた。

「さっき聞いたの。庭園に、紗良たちがいるところに、石が降ってきたって……ごめんね、ごめんね」

今度は消え入るような声だった。


 紗良は、葵をぎゅっと抱きしめる。葵は泣きじゃくって、かすれた涙声となっていた。


「どうして葵が謝るの?」

「わたしが、こっちへきてから、ずっと、ちゃんと結界を張れないから……」


聞けばひたすら何日もの間、葵はきてからずっと大聖堂で祈祷きとうをしていたそうだ。

ただ、どのような方法で聖女が結界を張るかも、どのような呪文なのかも、なにもわからないとのことだった。


(レオナルド王子の説明の通り……)


「ずっと探していたの。どれも試して、詳しいことは書物にものってないし、とにかくできることを、ってここでずっと祈ってたの。他にも手立てがあるから、エドワード王子に試してみようか、っていわれたけど、でも……その方法は……どうしても、いやで」


紗良を抱きしめる葵の力がこもっっていった。


「ダメなの……どうしても結界ができないの!私に、どうしろっていうの!本当に、私なの!?」


叫ぶような葵の言葉に、紗良は抱きしめ返した。

葵は苦しんでいる。

それも、自分が役立たなければ全員が死ぬかもしれないという大きなプレッシャーの中を。

泣きたいのは当人である葵のはずなのに、紗良まで涙がこみあげてきた。

 

「ごめん、謝るのは私もだよ、だって……私、葵が聖女で羨ましい、って思っていたし」

「紗良ぁ……」

「でも、そうじゃなくて、そんな葵の辛さを……本当にわかってなかった。ごめんね」


自分は、聖女ではない。

そんな能力もないし、どう頑張ってもそれは覆らない。それでもせめて聖女と呼ばれるの、葵個人としての力にはなれないのだろうか。


「私に、何かできないかな?些細なことでもいいの。葵の力になるなら、私も頑張るから」

「ありがとう。でも、紗良に協力してもらうことも、想像できない。ずっとみんなが魔力は心に依存する、っていってたの。だから」

「だから?」

「……私に問題があるのかもしれない。私の心のどこか、なにかが。でも、それが何か――どうしても、わからないの」


また葵の声が震え、小さくなった。


「なにが、聖女よ……」


大丈夫だろうかと心配はしていた。

だけど、葵がこんなに苦しんでいるというのに、相談に乗ることしか、できず。

 これで、親友といえるのだろうか。


「誰も助けられないのに、なにが聖女よ!」


叫ぶような葵の言葉が、紗良にも突き刺さる。


「ごめんね、葵。私も、なにもできない……私にも、一緒に聖女の力があれば、よかったのに……」


 本当の辛さをわかってあげられないことが、今の自分にとって一番悔しかった。

 口先だけで苦しんで、それは、友情なのだろうか――


 その時、頭上からパラリ、と砂粒が落ちてきた。


 「なに――……?」 

すると、二人の真上にある大聖堂内の天窓――ステンドグラスが割れる音が響いた。

 それはまるで、一瞬だったはずなのに、割れたガラスはやけに鮮明で、1かけらごとに微細で鮮やかに光を放っていた。

 ゆっくりと落ちる様子が、スローモーションのように感じられる。

  砕け落ちる無数のガラスと落下する岩は、紗良たちを襲う。

 

ステンドグラスを破壊し、接近してくる岩はこの間よりも大きかった、そして――


(避ける暇が――)

 

紗良は聖女の素質はない、だからこそ。

葵だけは助けたい、助けなければと願い、とっさに葵をかばうように抱えこみ、しゃがみこんだ。

細かなガラスが紗良の背中へと刺さっていく。頬をかすめるガラスのかけらが深くえぐる。

 

ギリギリのところで急所は避けられ、紗良の右腕に岩が当たり、鈍い音が響いた。

衝撃で苦痛に顔をゆがめた。

あまりの衝撃に声はでず、出たのは悲鳴でもなく吐くような、むせるような咳だった。


葵に話かける間もなく、次は足に、次は左腕にと岩とそれぞれのガラスが刺さる。

 

やがて呻き声をわずかにあげると、かばう、というよりは覆いかぶさって倒れ込むような状態だった。

息を吸うのもやっととなり、血を吐くように咳き込んだ。


 視界の端で大聖堂の扉が開かれ、誰かの足音が近づいてくる。

 けれど、顔を上げる気力も体力もなかった。


「紗良、ダメ」


葵の声が、こもったように遠くに聞こえる。


(そうだ、レオナルド王子が……言ってた、あの言葉。死ぬ覚悟があるのか、って)

 

 あの時、覚悟はなかった。 

 でも――助けることに、迷いはなかった。

 

(このこと、だったのかも)

 

 苦く笑えるほどの余裕はないが、痛みが麻痺してきているようだ。

 息をすると、肺がひどく痛む。口の中の血の味が妙に苦々しく感じられた。

 

「紗良、いやよ、お願い。私より、自分を守って――」


葵の声はほとんど遠く、あまり聞こえないままで、紗良は思う。


――守るべきは自分よりも葵。

 それは――この世界にとっても。

 そう思うと胸が抉られるように痛い。

 

ステンドグラスがまた割れる音がする。今度はひとしきり、大きな音で。

 降り注ぐ岩が当たるのは――次はどこだろうか、と死を覚悟した。


だが次の瞬間、大聖堂の中心部に瞬くように光が発せられた。

 葵を中心にしたその蒼く瞬く間に広がった大聖堂内の聖なる光を見届け、とうとう紗良は意識を手放した。

 

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