第3章 厨房でお菓子作り

「お菓子、作りができます」

「は?」


想定外の答えだったようだ。その真紅の瞳は少しだけ目を見開く。


「レオナルド王子。私はおいしいお菓子を食べたいんです。もしそれが無いのであれば、自分で作って食べたいんです。ですので、私を厨房へ連れてっていただけませんか?」


紗良はレオナルド王子へ向き直り、はっきりとそういった。

 想像以上の困惑顔で、無言のままレオナルド王子に厨房に連れてってもらうと、料理人が昼食の片付けの準備をしていた。


「タイミング的に、今が料理中じゃないなら……ちょうど良かったです。あの、この厨房、使っていいですかね?」


紗良のその声に厨房内の全員が振り向いた。

だが次の瞬間、背後のレオナルド王子に気づいた料理人たちの間に緊張が走った。


「レオナルド王子……なぜここに」

「少し用があってな。いまから少し使わせてもらうぞ」

「どどど、どうぞ!ひええ、ぜひ厨房を食べてお使いください。ごゆっくり!」

 

意味不明な言動と悲鳴をあげながら、料理人たちは文字通り厨房の外へと逃走していった。


「あの、レオナルド王子……」

「気にするな」


紗良はレオナルド王子にそれ以上の声をかけなかった。


逃げた理由はひっかかるが、ほとんど人気のなくなった厨房はすっきりとして作りやすそうだ。

ただ、一人だけ料理長が勇気をもって残っていた。

紗良が何をするかわからないので、一応見張りとのことだ。


「確かに、料理を作るふりをしてその辺りの調味料に毒を盛る可能性だってあるしな」

「あら狙われるほど、危険なんですか?」

「いや、毒なんかより今のこの世界の現状の方がよっぽど危険だろうな。毒殺を考えるほどの余裕があるなら何よりだ」

「現状の方が……?毒殺が何より、っていうんですかね?それは……」


その紗良の即時のツッコミに、レオナルド王子はうっすらと笑みを浮かべた。

それすらも、絵になるほどの美貌が羨ましくも感じる。


調理長へ必要な材料を尋ねると、すぐさま持ってきた。

紗良は品物を見やると、手際よく片手で卵を割っていく。

 料理長がその手慣れた作業に、感嘆の声をあげた。


「……ほう、片手で卵を?よく慣れておりますね」

「部活でやっていたので」

「ブカツ?」


そうだった、思わず回答してしまったが、こちらで”部活”はわからないだろうな、と紗良は苦笑いをした。

城らしくとても広く、清潔感溢れている厨房。

それぞれの設備は基本的な厨房で、それは紗良たちの世界と似ていた。


科学ではなく、自然文明に近いが使う火としてはかまどがあり、コンロに似たような作りで燃えていた。冷蔵庫に似た氷の魔法が常時使われた箱型で、冷やして置いておくスペースもある。


「どこも似たようなものね。贅沢をいうなら、ここに電子レンジがあるといいのに」


紗良のつぶやきは誰にもきこえなかったようだ。幸いにも、オーブンに近しいものはあったので代用はできる。

 だが、火はどうやって――と尋ねようとしたとき、レオナルド王子は指の先から焔を出した。

 「そういえば、お前は魔力がないんだったな?基本的にはこうやって各自、持ってる魔力でやるんだがな」

 かまど内に火は広がり、温まってくる。

 

「そう、なんですね」

 紗良は魔力を持たない自分を不便に感じた。

 

 ――なぜ、自分だけが。予定されていなかった、召喚だからだろうか……。

 胸がざわめき、わずかに痛くなる。

 

 厨房なら、誰かしらいるから、火をつけてもらえば大丈夫なのだろうが、やはり誰かを頼らなければならない点はいただけない。ため息をつきながら、材料へと目を配る。


「牛乳、卵、あと砂糖を加えて……」


ふと、ここで紗良は思い出した。

レオナルド王子にひとこと断りをいれると自室にいったん戻り、ある材料をひとつ、とってきた。



「ふふ、そうそう。これがあるといいんですよ」


気を取り直し、瓶のフタをあけると、広い厨房に独特の甘い香りが広がった。

材料に数滴たらし、軽く回し小さな瓶へとお玉で移していく。

香りに癒されつつ、それを保冷スペースへと持っていった。


「今いれた液体……小瓶のそれ、はなんだ?」


レオナルド王子は紗良のもっている茶色の瓶をいぶかしげに指をさして尋ねた。


「これはね、バニラエッセンスっていうんですが」


そう、この世界のお菓子は美味しさと香りがイマイチ足らない。

どれも自分の好みに合わなかった。

お菓子はどれも色がキツく、砂糖を入れ過ぎて甘すぎたり、かと思えばカラメルの苦みがなかったり。

昨日のデザートに入っていたのはクリームだと思ったら、アイシングで驚いたのだ。

そもそも、シフォンや生クリームのふわふわさが足りなさすぎたり。

このバニラの香りもその一例だ。


偶然にも紗良は料理部の活動帰りに転送されたから、たまたま通学カバンの中にバニラエッセンスが入っていたのだ。


「すごい香りがするな、甘いのか?」


そういって、レオは瓶をさっと手に取り瓶の中身を少しだけだして舐めた。


「ち、ちがっ……あああ、レオナルド王子、ダメです!」


「苦っ、なんだこれ。毒……?」


そうレオナルド王子にいわれ、紗良は慌てて訂正した。


「違います!これはね……単純に香りづけのものです。勝手に舐めて、一人で毒だとか適当なことをいわないでくださいますか!?」


突然の紗良の剣幕にレオナルド王子と調理長は目を白黒させた。


「レオナルド王子が……叱られただと?」


ぽつりと料理長はそうつぶやき、真横のレオナルド王子の様子を伺っている。

思わず怒ってしまった、と紗良は我にかえったが後の祭りだった。

だが、レオナルド王子は想像とは真逆の反応だった。


 「……確かにその通りだな」

 レオナルド王子は、小さく笑った。

その笑顔は紗良の心の奥底を疼かせるには十分な笑顔で、少しだけ心がくすぶる。


次いで何かをいおうとレオナルド王子が口を開いた瞬間、突然ドアが開き何者かが厨房へと入ってきた。

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