第2章 レオナルド王子
葵が聖女、と呼ばれてから何日経過しただろうか。
紗良はたった一人で、手狭かつ簡単的なベッドの部屋にいた。
部屋には、窓が一つあるだけ。それ以外には目立ったものがなにもないシンプルな部屋だった。
最初こそ持ってきた通学バックの中の小説や、部活で使っていた料理本を読んでいたが、やがてそれも持て余すようになってしまった。
食事はなんとか運ばれてくるものの、さして美味しいわけではない。
そして、着替えとして支給されたのは侍女の服だ。
ずっと制服を着ているわけにもいかず、紗良は侍女の服に着替えた。
ただ、これがまたとても動きやすい服なので、かえって制服を着ているより着心地は良い。
だが――侍女の服に着替えたところで、特に何をするわけでもなく、ただこの部屋にいろと指示されて、それからはずっと放置だ。
せめて何かしら連絡があればと、紗良はやきもきしていた。
やがて痺れを切らし、紗良は食事を持ってきた侍女に詰め寄った。
「お願いですから、とにかく葵に合わせてください」
「できかねます。聖女様は忙しいので、お会いになるには非常に難しいです。こちらからは、一応ご要望はお伝えはしておりますが」
にべもなく断られ、紗良はがっくりと肩を落とした。
先日から何度もお願いしているが、何度も同じ返答だ。
その侍女は、言葉こそ丁寧であるものの、食事を乱暴に机に置くと、
「聖女様は、とてもとても――忙しいので残念ですが、こちらでお待ちいただけますか。こちらとしても早く用事を終わらせていただきたい気持ちは同じくですし。では、失礼いたします、聖女のお連れ様」
――念を押すように、二度もいわれるとは。
ここにいる人たちは自分に対し、やたらと冷たい。
そもそも、聖女のお連れ、という呼称は何なのだろう。
自分は聖女葵にくっついてきたオマケか何かだといいたげだ。
――きちんと名前があるのに。
妙に悔しくて、腑に落ちなくて、紗良は唇を噛んだ。
自分が気に入らないなら追い出すなり、なんなりとすればいいのに……どうにも理解できず、紗良は部屋でため息をついた。
すると、今しがた去った侍女の声がドア越しに聞こえてくる。
「あら、またいわれたの?」
「そうよ!本当に迷惑よね。あの聖女もどきのせいで、私たちの仕事だけ増えちゃって」
「なにするわけでもないでしょ?役立たずよね」
――聖女もどき、そういわれているのか。
それが自分のことだと知り、深く傷ついていた。
(でも、一理あるな。私……待ってばかりじゃダメだよね)
そう考えると、扉の取手に手をかけ、外へ出ることにした。
やがて外の兵士と目が合い、横目で見られた。
「どちらへ?」
「少し、気分転換に外へ」
「……そうですか、お気をつけて」
(お気をつけて……?)
どういう意味かわからず、紗良は違和感を覚え、そのまま長い廊下を歩き出した。
暖かな陽光は廊下に差し込み、白い大理石の柱が美しく輝く。とても綺麗な城だが、確かに妙だ。
(なんだろう?ところどころ……壊れてる?)
柱の横に、妙な
そのまま城内を散策する。行動に制限がないのがありがたくはあった。
城内の人々は、自分をチラリと一瞥すると、何事もなかったかのように仕事へと戻っていく。
紗良や葵の顔立ちはこちらの人々と違っている。
それゆえに、おそらく侍女の服をきていても、異世界からきた住人だと、一瞬で分かってしまうのだろう。
ただ、誰にも話しかけられることは無い。
それは絶望的に興味がないか、ただ単にこちらに関わりたくないのか、むしろ両方なのか。
やがて紗良はあの最初の召喚された場所、大聖堂の扉の前に立っている葵を見つけた。
白い絹で織られた法衣のような神秘的な衣装を着ている――なるほど美少女の紗良は何を着ても様になるらしい。
しかし葵はうつむいて、まるで涙を流しているような気がした。
思わず声をかけようと近づいた瞬間、あの白き第一王子エドワードも隣にいることに気づいた。
お互いに話し合い、見つめあって、少しだけ和やかな雰囲気へと変わっていく。
(あ……)
見つめたまま紗良の手は、ただ空を掴んだ。
声をかけられなくなり、気づかれないよう、その場を静かに通り過ぎた。
(そっか、なんだろう。とにかく今は邪魔しちゃ……悪いよね……)
そして、歩きながらずっと今後どうするかを考えた。
「はぁ……これから私……どうしよ。これからテスト勉強しなくていいって思ってたけど……ダメだなあ。何にも楽しくないし。私、なんの役にたってないもんなぁ……」
たどりついた先の庭園の脇にあるベンチに腰かけ、ひとり言をつぶやいた。
「せめて、何かやることとか、なにか仕事くれてもいいのに……ずっと部屋で待ってろ、ってなんなの……」
だが、不満そうにいったその声が、思ったより大きかったようだ。
「部屋から出て何をしているかと思っていたら、お前はそんなことを考えていたのか」
低めの声が頭上から突然聞こえてきた。
気配が感じられず、いつのまに、いたのだろうかと驚いた。
黒い洋装――、それにこの一目見たら忘れられないほどの顔立ち。
「レオナルド王子……!」
「お前が俺の名前を覚えてるとは思わなかったな」
レオナルド王子は、紗良の座っていたベンチに腰かけた。
ところどころの所作に優雅さを感じる。
自分とは違う雰囲気に思わず紗良は大人一人分が座れる程度の距離から、さらに大きく距離をとった。
突然の出来事に何を切り出そうか、迷っているうちにレオナルド王子は口を開いた。
「……不本意とはいえ、一言伝えておこうと思ってな。聖女はともかく、お前を勝手にこちらの事情に引き込んで悪かった」
ちらりと横目でそういわれる。
確かに文句もいいたかったし、泣き言も言いたかったが、結局どうともいえず紗良は黙り込んだ。
ギュッと膝の上にあった両手をにぎりしめる。
慣れぬ世界で一生を終えるこの苦しみを、詫びの言葉一つで――済ませられるはずがない。
だが紗良は、過ぎたことはこれ以上考えるまいと言葉と涙をのみ込んだ。
やがて首を振ると、切り出した。
「あの日以降、なんの説明もないのが、一番困ります。友達の葵とも連絡がとれなくて……」
「聖女と連絡が取れない?」
「ええ、どなたも何も教えていただけませんので。せめて、なにかしら、ご説明をいただけませんか?」
レオナルド王子は紗良の方へと向きやった。
「――会えないのは仕方ない、聖女はお前と違って、大事な任務の最中だからな。だが、最低限のやり取りは許可してると思っていたが」
「どういうことですか」
「いや、いい。こちらで確認して追って連絡する」
「ところで、お前はなぜ侍女の服を?」
レオナルド王子の質問に、紗良はふと我にかえった。
「え、用意していただいた服がこれしかなくて」
「――なんだと?それなりのドレスを何着か用意していたのだがな。それが気に入らなかったと思っていた。確認するが、そもそも見なかった、ということか?」
「ドレス?」
紗良の反応に、レオナルド王子は眉をひそめた。
「――追って連絡する」
「いえ、ドレスは動き辛そうなので、この服のままで構いません。それよりも……できれば何かを、したいです。今のままでは、私は何のために、いるのかが――わからなくて。仕事でも、なんでもいいんです」
「なるほど、そうか。じゃあ、お前は何ができる?何がしたい、でも構わない」
私、私が得意なこと。なんだろうか。
紗良は真剣に考えた。なかなか出てこない。
「好きなこともないのか?」
そういわれ、そうだ、そうだった。
この世界にきて思ったことが一つある。
「お菓子、作りができます」
「は?」
想定外の答えだったようだ。その真紅の瞳は少しだけ目を見開く。
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