第4章 乱入者とプチパーティー
厨房内はパンやケーキ、その他もろもろが焼ける香ばしく甘い香りが全体に広がり、それだけでも至福のひと時だ。
「なんかすっごくいい香りがする~」
突然の乱入者は、とても質のいい淡い桃色のドレスを着た小さな女の子だった。
ビーズの刺繍が可愛らしくついており、髪につけた生花の花飾りはよりその魅力を増している。
人形のような透き通った白い肌に艶やかな金の髪。そして、レオナルド王子にどことなく似た顔立ち。
「レティシア姫までここにいらっしゃった!?」
扉の前で料理長が絶句する。
「誰かと思ったら、レオナルド兄様と聖女さまのお友達じゃない。ええと、ここで何してるの?」
「こんにちは、紗良と申します。私たち、いえ私は、ここで、自分用のお菓子を作ってましたが」
お菓子、の言葉にレティシア姫は大きな瞳をひときわ輝かせた。
「そうなの!あなた、紗良さんていうのね。私のことはシア、っていって」
突然の提案に困惑し助けを求めるようにレオナルド王子を見やると、視線を肯定するように頷いた。
それで構わない、ということだろう。
「ええ、わかりました。シア姫」
「ありがとう!あと……敬語も外して欲しいかな。お願い、紗良さん」
と、はにかみながら笑う様は春が訪れたような可愛らしさがある。
「ええ、もちろん」
紗良はその姿に微笑みながら、二つ返事で了承した。
「何を作っていたの?」
「ふふ、それはね……できたら教えるわ」
シア姫はもともと葵と紗良に興味津々で、ずっと話しかけたのだかったと語ってくれた。
「異世界からきた人が、私にどのような影響があるかわからないから、っていわれちゃって。みんな、私に対して過保護過ぎなのよ」
小さな姫は聞き上手かつ話し上手らしく、互いの世界の話にも耳を傾け、楽しく語り合った。
静かにシア姫の横にレオナルド王子が座っているが、会話には入ってこない。
紗良が不思議そうにみると、シア姫は耳打ちした。
「お兄様は、いつものことよ。あまり女性と語るのが好きじゃないみたい。変よねぇ」
「シア」
「小さくいったのに聞こえたの?もう、お兄様ってば、地獄耳ね」
シア姫は頬をふくらまし、ぶいとそっぽを向いた。
紗良はその様子に和むと、やおら立ち上がった。
「さて、そろそろいいかな」
保冷庫から取り出した瓶をのぞくと、黄金色のプリンが完成していた。
牛乳を泡立てて、作ったホイップをかけたら完成だ。
半数ほどは砂糖を焦がしたカラメルを加え、仕上げの味を変えてみた。
この様子なら、他にもいろいろなチョコレートやミルクプリンなども順調にできるだろう。
「できたわ」
久々のプリンを口に運び、紗良は感動した。
懐かしさと美味しさが幸せを運ぶ。
口の中でさらり、ととろける食感。甘さとそのカラメルのほろ苦さが絶妙に混ざりあう。
冷たさが喉を通り過ぎて、思わず口元が緩んだ。
その紗良の様子に思わず、シア姫は喉を鳴らした。
「シア姫、食べてみる?」
紗良の提案にどうしようか、とシア姫は
「レオナルド王子、レティシア姫。よろしければ私が事前に毒味をしますが……」
「ううん、大丈夫だよ。だって紗良さん食べているじゃん」
「まぁ、ずっと料理しているところを見ていたが、不審な点はなかったな」
香りと食欲が勝った点は否めない。
止める間もなくシア姫はプリンを一口すべらせた。
「お、いしい……なにこれ」
目をうるうるさせて、スプーンを眺めている。
「あ、あの。紗良さん。これすごくおいしすぎて……あの、もっと食べたい」
「私もそういってもらえて嬉しいよ。うん、もっと食べて」
パクパクと一口食べるごとにほほ笑むその姿はとても可愛くて、思わず紗良はシア姫を抱きしめてしまった。
「ああ、可愛い……!可愛いよ……もう百個でも二百個でも食べていいよ……!」
「さ、紗良さんがおかしくなっちゃった……?ねえ、レオナルド兄様も食べる?」
そう声をかけると、とそうだな、とつぶやき頷いた。
「……ほう」
静かに唸ると、もう一口運ぶ。
「これは……うまいな……」
紗良はシア姫とその様子を、とても嬉しそうに笑いながら見ていた。
「ねえ、紗良さん。お願いがあるの。今度、一緒に私と遊んでくれない?」
「どうして?」
発言に、紗良は首を傾げた。するとシア姫は紗良の耳元で、静かに告げた。
「あのね、私が令嬢たちに近づいても、みんな逃げちゃうの。だから、遊ぶ人が少なくて……」
「え、そうなの、なんでかしら?」
「本当に、過保護すぎなのよ。遠ざけてるんだわ」
シア姫は頬を膨らませ、足をばたつかせた。
「あと、こうやってレオナルド兄様が一緒にいると、みんな逃げちゃうし……」
紗良も怖かったのは最初だけで、今のこの後はそこまで怖さは感じない。ただ話すだけなのであれば。
レオナルド王子の身にまとう威厳が、そして顔立ちがやたらと綺麗すぎて、距離を置きたいと――そう感じてはいるが。
「そうよ、レオナルド兄様がいるとあまり遊べないんだわ!令嬢に対して、ずっと睨むように怖い顔をしてるからだわ。エドワード兄様なら、みんなあれよあれよと寄ってくるのにね」
「悪かったな」
「やっぱり、レオナルド兄様ったら愛想ないわ。どこに忘れてきたのかしら」
この日は楽し気な笑い声が厨房に響き渡り、不思議そうに何人もの料理人が覗いてきたという。
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