三話 市川咲樹 『見つめる瞳』
―――
あ、いたいた。
おーい、せんぱーい!
そうそう、あなたのことです、あなたのこと!
……はあはあ。
初めまして!
わたし、一年生の市川
お姉ちゃんから聞きましたよ、あなたが怪談を集めているって。
いつかわたしにも声かけてくるんじゃないかと思っていたんですけれど……我慢できなくて、こっちから声かけちゃいました。
え?お姉ちゃん?やだなあ。この前、あなたに怪談を話したって聞きましたよ。
市川美海。
わたしのお姉ちゃんです。お姉ちゃんが三年生で、わたしが一年生。先輩を丁度挟むような感じになってますね、ふふ。
……え?なんの用事かって?
やだなあ、決まってるじゃないですか。
怪談ですよ、怪談。
お姉ちゃんと一緒で、わたしも怖い話を集めるのが大好きなんです。だから、それをお話できる仲間がお姉ちゃん以外に増えると思ったら嬉しくって、つい。
今放課後ですけれど、先輩は部活とか入ってるんですか?
ふむふむ……特に用事はない、と。それじゃあ決まりですね。
丁度わたしの教室、生徒が皆出て行って誰もいないからそこで話しましょう。
えへへ、先輩のために特別怖い話を持ってきたんですよ。
―――
それじゃあ、もう一回自己紹介を。
わたしは、一年生の市川咲樹。美海お姉ちゃんの妹です。
部活は、ソフトテニス部。お姉ちゃんと違ってわたしは音楽センスゼロなんで、昔から全然違うことにお互い熱中してるんですよ。
だから怪談がお姉ちゃんとの共通点みたいな部分があって。そんなわけで、姉との仲はとってもいいとを自負しています、えへへ。
どんな怖い話を知っているか、って?
お姉ちゃんは怖い話全般ですけれど……わたしは特に『物』を集めているんです。
怖いもの、不思議なもの、不確定なもの……。自分の身の回りにある『物』のそんな噂を確証して、実践する。
人から聞く怪談も勿論好きですけれど、どこか他人事のような気がしてきてしまうのでわたしはなるべく自分の傍に怖い話をもってきたいんです。
……おかしいですか?
ふふふ、でもあなたも、怖い話をあつめているんですよね?十分おかしいと思いますよ。
さて。
それじゃあ、わたしが体験してきた『物』の話の中から……特に怪異に遭遇したお話を、先輩にご紹介したいと思います。
私が、というよりは……わたしの友達が、なんですけれどね。
まずは……えーと。どこにしまったっけなぁ。
確か鞄の中に……あった!
見てください、これ。
……気味が悪い?確かに、そう見えますよね。わたしも最初に見た印象はそうでした。珍しいですよね。
目玉のレプリカなんて。
摘まめるくらいのサイズだからキーホルダーとかネックレスにしてもいいと思うんですけれど、これは小さい目玉のレプリカというだけ。
瞳の色が青緑色で、黒目の部分もなんだか小さく見える……。人間の瞳のはずなのに、なんだか人間っぽく見えない。見れば見るほど、不気味に見えますよね。
でもこれ……実は、お守りなんです。
この目玉のお守りを手に入れた経緯。
そして、このお守りのもたらしたある事件は……実は、わたしの友達が大きく絡んでいるんです。
さて、それではお話しますね。
『見つめる瞳』の怪異について。
―――
わたしのクラスメイトに、石関
仲良しは何人かクラスにいるので、あくまでその一人という程度の仲だったんですけれど……まあ、どこにでもいる普通の子という感じですね。
わたし、忖度するのあんまり好きじゃないので『普通』なんて表現しましたが……男の人から見れば普通のレベルの女の子って、結構かわいく見られると思います。恋人がいたこともあったみたいだし、それなりにモテる子ですね。
だから彼女自身の自己評価もそこそこに高かったんです。決して外に自分の可愛さをアピールするなんてタイプの子じゃなかったけれど……なんとなく、そういうの態度に出るから同性だと余計に分かっちゃうんです。
わたし自身そういうタイプの子は苦手で、親密になろうとは思ってなかったんですけれど……席が近かったんで、休み時間なんかに時々おしゃべりはしていました。
嫌悪感があるわけではないので、あくまでとりとめもない世間話をする程度です。
そんなあるとき、休み時間に彼女が自分のスマホを見ながら嬉しそうな顔をしていて、こんなことを呟いていたんです。
「おっ、再生数伸びてるー。ふふふふ」
「どうしたの?彩矢ちゃん」
そんな独り言を言っているものだから、わたしはついそれを聞きたくなってみたんです。
彼女が見ていたのは、女子学生に流行の動画アプリでした。ショート動画……一分くらいの短い動画をスマホで撮影して投稿し、それを見た人から反応をもらう。先輩も、聞いたことありませんか?
とにかく彼女は、それに投稿した自分の動画に反応をもらえたのが嬉しかったみたいです。
動画はなんてことない、教室で彩矢ちゃんが流行のダンスを制服を着て踊っているものでした。それを見た人たちが再生数となって表示される。グッドボタンを押してもらって、運が良ければコメントを貰えることもある……。
そういったものが数だったり形になったりするのが嬉しいみたいです。……承認欲求、というやつなんですかね?わたしはそのアプリを使っていないのでよく分からないんですけれど……とにかく彩矢ちゃんは嬉しそうでした。
でも彼女は先ほどまでの笑顔を曇らせて、ふう、とため息をつきました。
「……でもさあ、上の子はもっと再生数があるんだよねー。あたしなんかまだまだ下の方でさ」
「そうなの?」
わたしが聞き返すと、彩矢ちゃんは悔しそうな笑みを浮かべていました。
「ダンスだってわたしの方がよっぽどキレがあるしさ、更新頻度だってわたしの方が上なのに。……あーあ、もっとあたしの存在にみんなが気付いてくれればなぁ」
……口には出しませんでしたが、彩矢ちゃんとしては「あたしの方が可愛いのに」という言葉も付け足したかったのだと思います。
アプリを使って投稿をしている子の中では、再生数やグッドボタンの数やコメントの多さがまるでランクのように感じられるそうです。
より多くの人に反応してもらっている子が可愛くて、偉くて、ランクが上。……わたしにはどうしてそんな争いが楽しいのか理解できないのですけれど、まあ、気持ちはなんとなく分かります。誰だって自分は特別な存在だと他人に認めさせたいものですから。
バズる、というんでしたっけ?投稿した動画になにか光るものがあると、再生数やコメントが一気に増えて一躍有名人になれるという……。
彼女も、そんな一人になりたかったのでしょうね。凡人である女子生徒が、テレビや動画サイトの有名人のように持て囃される存在になれるチャンスなのだから。
でも彼女の動画の再生数は、あくまでそのあたりにいる一般的な女性のものと大差はありませんでした。
「あーあ、どうすれば世間のみんながあたしに注目してくれるのかなあ」
そんなことをぼやいていたのを、わたしは覚えています。
そんなある時でした。
彩矢ちゃんが嬉しそうに見せてくれたんです。
……そう、この目玉のレプリカを。自分の机の上に置いて、わたしに自慢げに見せてきました。……こんな不気味なものを。
「咲樹ちゃん、これなんだかわかる?」
「……人の、目?まさか本物じゃないよね」
「まさか。これはね、お守りなのよ。目玉のレプリカで……人の目を注目させる、っていう意味合いで作られた、お守りなんだって」
彩矢ちゃんはそんな風にこの目玉を説明してきました。
人の目を惹きつける、人に注目されたい……そんな意味合いで作られた、お守りなんだと彼女は自慢げに語っていました。
いつ、誰が作ったものなのか。そしてこれをどこで手に入れたのか。そういうことは彼女は多くは語りませんでした。
ただ彼女がこのお守りの効果に自信を持っていたのは確かです。信頼できる人から譲り受けたり買ったりした証拠なのかもしれませんけれど……そんな彩矢ちゃんの態度もわたしには不気味に映ります。
「これを肌身離さず持っているとね、あたしに段々と注目が集まるらしいの。別にこの目玉を見ているわけじゃないわ。鞄の中に入れておくだけで、その効果がわたしに注がれるんだって」
……彼女の、人にもっと見て欲しい。もっと注目されたい、という気持ちがこの目玉のレプリカに伝わり、それを増幅させて周りに伝えるのだと彩矢ちゃんは教えてくれました。
そんな子どものおまじないじゃあるまいし、なんて言葉はわたしには言えませんでした。彩矢ちゃんの目はとても真剣で、大事そうにティッシュに包んでこの目玉をいつも鞄に入れていましたから。
そして、その効果は段々と発揮されてきていたように感じます。
「みて、咲樹ちゃん!わたしの動画、十万回も再生されたのよ。ほら、これこれ!」
数週間後、彼女が自慢げに見せてくれたスマホの画面には前に見たことのあるような制服の彼女が自分の部屋で踊っている動画が表示されていました。
内容としては以前とほとんど変わりはないように思いましたが……どうやらその動画を、そこそこ名のしれた有名人の方が偶然アプリ内で紹介したみたいなのです。
ダンスを踊っている若い子を支援するような方らしくて、その人の目にたまたま彼女が留まったようで。偶然にしても、かなりラッキーだったと思います。
彼女はお守りの効果が出たとすごく喜んでいました。
そして、それがきっかけになり彼女の動画は毎回投稿をするたびに前とは比べものにならないくらいに再生数やコメント数が上がるようになりました。
この上なく、彼女は嬉しかったと思います。
そしてそれは自信となり、彼女の態度にまで表れてきました。先ほども言ったようにあくまで容姿としては普通くらいの子なのですが、やたら人の目に留まるような行動をしたり、派手な私服を着て街を出歩いたり……。
有名人になったということでもないのに、彼女の態度はまるでスター気取りみたいで。周りの子もだんだんと彼女を煙たがるような態度になっていきましたが、彼女の方も「あたしは特別だ」という態度なので、すっかり距離ができて彼女は孤立していきました。
でもそれが、彼女の望んだ結果だったのでしょう。
より多くの人に自分をアピールし、見てもらい、褒めてもらい、社会的な地位が上がっていく感覚に酔いしれる……。
でも彼女はより自己顕示欲を満たそうと、そうなった後もどんどん動画を投稿していきます。休み時間になるとすぐにスマホを開けて嬉々として再生数をチェックする彼女を何度も見かけていました。
そして、一ヶ月ほどが過ぎました。
あんなに毎日を楽しそうにしていた彼女の顔が、だんだんと暗くなっていったのです。
いつも俯き気味に、上目遣いに……まるで何かを見つけるように顔と視線をあちこちに向けて。なにかに怯えているように、わたしには見えました。
「彩矢ちゃん、どうしたの?最近元気ないね」
周りの子はすっかり彼女から離れていましたが、元々距離をとっていたわたしは彼女に話しかけやすかったのでその理由を聞いてみました。
だって、毎日休み時間に楽しそうにスマホをチェックしていた彼女が今ではそれすら忘れて教室の出入り口や窓の方を、そして自分の背後を急に振り返ってなにかに怯えていたから。聞きたくなったんです。
「……ねえ、咲樹ちゃん。……誰か、あたしのこと……見てない?」
彼女は震える声でわたしにそう聞いてきました。
わたしは彼女が見ていた廊下の方、そして窓の外を同じように見てみます。
教室にいる生徒も何人かいましたが……彩矢ちゃんの方を向いている子は誰もいませんし、廊下も同じです。窓は……わたし達の教室はそもそも二階なので、そんなところからこちらを見ている人が誰かいるわけもありません。
「誰も見ていないよ、彩矢ちゃん」
「……そう。そう、だよね……。見てないよね……」
そう言いながらも彼女の視線は相変わらず落ち着きません。キョロキョロと視線を
その時には、彩矢ちゃんは相談できる子がわたし一人くらいになっていましたから……そのことを打ち明けてくれたんです。
「……視線を、感じるの。いつも誰かから見られてる気がして……あたしが見ると影がすっ、と引っ込んだり誰かの息づかいが聞こえてくる気がして……。でもどこを見ても、誰もいないの。絶対、誰かがいるはずなのに……」
学校でも、家でも、登校中でも、休日でも……。誰かが彩矢ちゃんのことを観察するように見ているような気がしている。そんな感覚を彼女は語ってくれました。
しかもそれは、一人ではないらしいのです。姿を見たこともないけれど、家の窓の隅から部屋の中を覗く顔があったり、廊下を歩いていれば教室の中から誰かに観察されている気がしてきたり……。
先輩は、そういう感覚ってわかります?
例えば怖い映画を見たあとに暗い家の廊下を歩いていると後ろに誰かがいるんじゃないかと思ったりとか、夜道を歩いていて自分の背後から誰かが近づいてきている気がするだとか。
でも結局は、誰もいない。気のせいなことがほとんどですよね。
でも彩矢ちゃんは、常にその感覚に怯え始めました。
誰かが、たくさんの誰かがあたしのことを見張っている。けれどそれは絶対に自分の前に姿を現さない。ただ、ただ、見つめてくるだけ。触れることもなければ危害を加えることもない。
……ふふふ、不思議ですよね。
あんなに人に見られたい、注目されたいと思っていた彩矢ちゃんが、今度は逆に目に怯えることになっていました。
初めのうちはあたりを見回している程度が、一週間すれば急に教室から出て行くようになり、それでどこにいったかと思えば廊下の隅で体育座りをして耳を閉じながら震えていたり。
そして、彼女は学校に来なくなりました。
聞いた噂によると、自分の部屋の中でカーテンを閉め切って生活をしていたみたいですよ。
けれどもそれでも誰かの気配に耐えきれなくなって……ついにはどこかの病院に入った、なんて話も聞きました。
……彼女が、学校に来た最後の日。
彼女が絶叫しながら、教室を出て行った……。その時の言葉が、印象に残っているんです。
「見るな!!あたしのことをお願いだから、もう見ないで!!」
……こういって、彼女は教室から出て行ったんです。
―――
……この目玉のレプリカを、わたしが持っているのが不思議ですよね。
実はそのあとに、彩矢ちゃんから譲り受けたんです。というか、わたしがお願いしたいんですけどね。
もしこの目玉の効果で誰かの視線に困っているのならわたしが貰ってあげるよ、って。
お守りとして所持していたものだから捨てるに捨てられなくなっていた彼女は、喜んでわたしにこの目玉を譲ってくれました。
……とはいえ、彼女はまだ誰かの視線に怯えているようですから……救われないですよね。
……え?なんで譲り受けたか、って?呪いはないのか、って?
さっき言ったじゃないですか。わたし、自分の身の回りに怖い話を……怪異を持ち歩いて、恐怖を感じていたいんです。
わたし自身、霊感というものがさっぱりないみたいで。もしそういう怖いことが自分に起きたらどうなるんだろうという……まあ一種の興味本位ですね。
とはいえ、彩矢ちゃんのように誰かの視線に怯えるようにはわたしはなりませんでした。……あまりわたしは、自分をたくさんの人に見てほしいだなんて、思わないタイプだからでしょうか、ふふふ。
彩矢ちゃんを見ていた視線は、誰だったのでしょうか?
わたしが少し思うのは、この目玉は人間の注目だけではなく……なにかわたし達には見えないものにまで、注目を集めさせてしまうのかもしれませんね。
……例えば、幽霊とか。普段見えないものが、この目に惹きつけられて視線を送ってしまい……そして彩矢ちゃんはそれを感じ取れるようになってしまった。わたしはそんなふうに考えています。
これでわたしの話はおしまいです。
先輩は……この目玉、使ってみたいですか?わたしが持っていてもあまり効果はないみたいなので、良ければお譲りしますよ。
……ふふふ、冗談です。
彩矢ちゃんとの大切な思い出の品なので、これはわたしが大切に持っておきますよ。
それじゃあ、またわたしの話が聞きたくなったらいつでも言ってください。
……先輩に紹介したい『物』は……まだまだ、ありますから。
それじゃあ、失礼しますね、先輩。
―――
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