#6
駅でのトラブルの後、僕はどうやって家に帰ったのかを覚えていなかった。気がつくと自室のベッドに倒れていて、疲れきった精神が起き上がるのを拒んでいた。思い出せるのは、駅で会った二人に対する激しい憎悪と、ゲイリーに肩を掴まれた時に燃え上がった暴力的な感情だった。自分の中に眠っていた暴力的性を起こしてしまったのかもしれない。誰かと対峙した時に、頭の中に今まで無かった、「暴力をふるう」という選択肢が浮かぶ様になっていて、僕はそれをいつ選んでもおかしくない危険な所にいた。
次は、本当に人を切りつけてしまうかもしれない。そう考えたら、途端にカッターナイフを持っている事が怖くなり、僕はそれを机の引き出しの奥底に隠した。もちろん捨てる事も考えたが、カッターナイフが無いと凄まじい不安に襲われて手の震えが止まらなくなった。仕舞いには、文具屋で感じたあの嫌な視線を常に感じるようになった。夜も眠れなくなり、僕は日に日に疲弊していった。限界が来る度に、机の引き出しからカッターナイフを探し出して、刃を出したり引っ込めたりしてあの嫌な視線から逃れようとした。
僕は学校を休んで、自室に引きこもるようになった。布団にくるまって、カッターナイフの刃を出したり引っ込めたりして、そのカチカチという音を延々と聞いていた。もちろん昼夜は逆転し、食事もあまり摂らなくなり、みるみる痩せていった。鏡に写った僕は、まるで麻薬中毒者の様だった。ママとパパも流石に僕の事を心配したけど、僕は、かたくなに部屋から出なかった。部屋から出るという事は、誰かを傷つけるという事だった。
そうしているうちに、僕はふと気がついた。駅で会った二人の様な粗暴な奴らが平然とのさばっていられるのは何故なのか。それは、彼らが自分の中に存在する暴力性を事もなげに解放する事ができるからなのではないか。僕はそんな奴らと二度と関わりたくないと思ったが、生きていく以上は今後も絶対に顔を突き合わさなくてはならないのが現実だった。そう思うと、人間には二種類の人間しかいない事にも気がついた。狩る側と狩られる側。得をする方と損をする方。僕は常に弱い立場で、いつだって虐げられる存在だった。それに気づいた僕は、悔しさで涙をこぼした。
僕はダリルに相談をする事にした。ダリルは僕の部屋のベッドに座って、悲し気な表情で僕の様子を見てきた。疲弊しきった僕を見て、かなり責任を感じているようだった。ダリルが責任を感じる事じゃないんだ、これは僕自身の問題なんだ。友達に責任を感じさせるなんて、弱いことは本当に罪だと思った。
「ダリル、僕はどうしたらいいのかわからないんだ。僕は僕の中にある暴力的な部分に気がついてしまったんだ。今でこそ抑えているけど、いつどこで爆発するかわからない。それが本当に怖いんだよ。でも、それと同時に、いつまでこの衝動を抑えていればいいのだろうか、とも思うんだ。これからも生きていくなら、戦う必要があるんじゃないかって。思えば、いつだって僕は虐げられる側だった。スティーブに必要以上に罵倒されても、黙って時間がすぎてくれるのを待つだけ。駅で会った二人にも、初めはどうやり過ごすかを考えていた。でも、それは決して僕が優しいからじゃない。弱いからなんだ。僕は弱いままの自分が嫌なんだ。もう今のままでは、いたくないんだ」
僕は、ありのままの気持ちを話した。気持ちを言葉にすると、考えが整理されていくのを感じた。きっと自分の中で答えは既に決まっていて、ただそれを誰かに肯定されたいだけなんだと思った。ダリルはそんな僕の考えを察してか「例えそれが、人を傷つけることになっても?」と言った。ダリルは僕の事なんて何でもお見通しだった。今僕が本当に必要としているのは、どんな暴力にも屈しない強い力と、他人を傷つける覚悟だった。
「ジュード、俺には何が正解かわからない。でも、僕たちはもう来るとこまで来たんだと思う。今までみたいに嫌いな奴の悪口を言い合うだけじゃ何も変わらない。何も手に入れる事はできないんだ。僕らは、それにとっくに気がついていたけど目を背けていたんだ」
ダリルはそう言うと立ち上がった。それから、真っすぐと僕の目を見て「戦おう」と言った。そうだ。もう僕は何にも臆さない。戦うしかないんだ。僕の内側で、黒い炎が静かに燃え始めるのを感じた。
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