#4
僕はダリルと一緒に、町の商店街へと向かった。近所に大きなスーパーマーケットができてから、商店街はほとんど活気が無くなって、ほぼシャッター街と化していた。それでも、まだ何軒かは店を開けている様子だった。ダリルはスーパーの方が何でも揃って便利だと言っていたが、僕は同じ学校に通う子達と顔を合わすのが嫌だったから、その可能性が低い商店街に行く事にした。
婦人服屋と薬屋の間に挟まれるような形で、文具屋があった。この脈絡の無い店の並びが、僕はなんとなく好きだった。店の看板は塗装が剥げていて、もはやなんて店なのかわからなかったが、ガラス越しに取り扱っている商品を見て、ここが文具屋だと分かった。他に客も居ないみたいだし、目当ての品だけ買ってすぐに帰ろうと思った。
店の扉を開けると、控えめな音で鈴が鳴った。レジに座って新聞を読んでいた店主が、「いらっしゃいませ」と小さい声で言った後、僕達の事を横目でジロリと見てきた。それが、すごく嫌な感じのする視線だった。別に万引きをしに来た訳でもないのに、なぜか悪い事をしている気分になった。
僕は昔から、他人の視線に敏感だった。一度気にするともう駄目で、後頭部がチクチクと刺されるような感覚に襲われた。とにかく不安で、嫌な汗がべっとりと額を濡らした。僕は、商品を探しているフリをして、店内をウロウロと歩き回った。その視線から逃れようとしての行動だったが、それは影の様にぴったりと僕にくっついてまわった。
「カッターナイフ、買うんじゃなかったの?」
「うん、大丈夫、大丈夫だから」
僕はダリルの言葉で当初の目的を思い出して、カッターナイフを探した。鉛筆やボールペンが置いてあるコーナーの隣に工作に使用する道具を扱うコーナーがあって、ハサミや糊と一緒にカッターナイフが陳列してあった。大きな店じゃないから、カッターナイフは一種類しか無かったが、それが逆に迷わなくて済んで良かった。
僕はカッターナイフを手に取り、それから適当に安いノートを一冊手に取った。ノートは別に必要じゃなかったが、カッターナイフだけだと変に怪しまれるんじゃないかと思ったからだ。
レジに品物を持っていくと、すぐに店主が電卓を打って値段を提示してきた。あの視線の事があったから僕は動揺してしまって、財布を開いた瞬間に小銭をレジにばら撒いた。僕は、「すみません」と言いながらすぐに小銭を拾おうとしたが、店主がそれよりも早く小銭を拾って僕に返してくれた。「大丈夫?」と言われて、精一杯怪しまれないように、「大丈夫です。ありがとうございます」とだけ言って商品を受け取ると、そそくさと店を出た。たったこれだけの買い物で、息の詰まる思いだった。
「ジュード、大丈夫かい?なんか顔色が悪いけど」
「うん、大丈夫」
購入した商品を背負ってきた鞄に仕舞うと、僕はフラフラと帰り道を歩いた。何度かダリルに心配されたが、「大丈夫」とだけ答えて歩いた。動悸と手の震えが止まらなかった。何度も手を開いたり閉じたりして、必死にそれを抑えようとしたがまるで意味が無かった。僕は気を紛らわす為に、ダリルと何か話しながら帰ろうと思った。
「あー…そういえばさ、最近、面白い映画を観たんだよ。タイトルが、えーと、”ザ・フューチャー”ってやつなんだけどね、監督は、”メイソン・マクラウド”。彼の作品って、やっぱり、最高だよ。”イン・ザ・プラネット”の時も思ったけどさ、なんていうか…わかる?画作りに彼の繊細さが感じられるっていうかさ。それでいて、すごく大胆なんだよね。いわゆるSF映画に属すると思うんだけど、そんじょそこらのSF映画とはやっぱ次元が違うっていうかさ、それでさ…あ!そうそう、主演が…えーと、”タイラー・アーンショー”。彼の演技って、やっぱり素敵だと思わない?敵をぶん殴るシーンなんて、僕最高に興奮しちゃった。しかもさ、あれ演技じゃなくて本当にぶん殴ってるって話だよ?いやいや、それはダメでしょ!ははは」
もはや自分でも、何を言っているのか分からなかったが、とにかく沈黙を生まないように僕は喋り続けた。途中、何人かとすれ違って、全員に怪訝な目を向けられたが、僕は構わず喋り続けた。それでもダリルは、うんうんと頷きながら僕の話を聞いていてくれた。
「んで、その後、飛行船が墜落するんだけど、そのCGがまためちゃくちゃリアルでさ、いやいや、どんだけ技術が進化してんだよって感じ!やっぱりCGにお金かけるとさ、一気に画面のクオリティが上がると思わない?CG否定派の人って多いと思うけど、僕は賛成派だね、うん。もちろん、一昔前のCGもそれはそれで、好きだけどさ。これから技術はどんどん進化していくと思うんだけど、これ以上ってあるのかな?もう十分凄いと思うんだけどさ…ちなみに、ヒロインの役者はあんまり有名な人じゃなかったかな、帰ったら調べてみ…あ、ごめん、僕一人で喋りすぎちゃった」
僕が我に返って喋るのを止めると、ダリルは、微笑みながら僕を見つめていた。
「大丈夫。僕はいつまでも君の友達だよ」
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