#2

 学校へと続く川沿いの土手道を歩いていたら、僕はふと水切りがやりたくなった。土手に設置された階段で川原まで下りると川がゆるやかに流れていて、僕はその水の流れる音に癒された。昔から水を触ったりお風呂に長く浸かるのが好きだった。たぶん水が好きというよりか、その音が好きだったのかもしれない。僕は川原を歩いて手ごろな石を見つけると、それを水面に向かって投げた。石は川を滑るように何度も跳ねて水面に波紋を作った。水切りのコツは二つあって、第一になるべく平べったい石を選ぶ事と、第二に低い位置からサイドスローで回転をかけて投げる事だ。僕の水切りの最高記録は十五回だけど、ダリルはもっと多く跳ねた。あれは、二十回を優に超えていたんじゃないかと思う。


 川で遊んでいたら、結局学校に着いたのは昼休みの最中だった。僕は窓際の自分の席に座って、顎を手に乗せながら窓の外を眺めた。校庭でクラスメイト達が野球をしているのが見えて、ボールの投げ方を馬鹿にされた過去を思い出した。僕は小学生の頃、野球のクラブチームに入部していた。ボールをサイドスローで投げる癖があって、それをオカマ投げだのなんだの馬鹿にされるのが嫌で、すぐに辞めてしまったのだ。それから僕は、ボールより川に石を投げる方が多くなった。

 しばらく眺めていたら、バッターの男の子がプロ野球選手のフォームを真似して笑いを取り始めた。それを見たクラスメイト達が手を叩いて馬鹿笑いをしている。その様子を見ていたら、こっちが恥ずかしくなってきた。こんな事で笑えるなんて、どうかしてる。どいつもこいつも、馬鹿みたいだ。クラスの馬鹿どもを見ていたら、呆れて溜息が出た。ああ、どうして、こんなにも退屈なんだろう。この町も、この学校も、本当にくだらない。ダリルが、「この町を出ようと思う」と言った気持ちが、今なんとなく分かった気がした。

 頭の悪いクラスメイト達を眺めていても仕方ないから、僕は机に突っ伏して寝ることにした。基本的に昼夜逆転の生活を送っているから、学校は寝る為に来るような場所だった。今日は、午後の授業をやり過ごせば家に帰れる。そう思うと、だいぶ気が楽だった。今日は早く家に帰って、新しく買った小説の続きが読みたい。僕はその作家の書く文章が好きで、過去の作品も全て読んでいる。主人公の男の子が、自分の友達と他の子が仲良くしている事に嫉妬するシーンがあって、その見苦しい心理描写が最高だった。僕も、ダリルが誰かと仲良くしていたら、こんな風に嫉妬したりするものなのだろうか。


「ジュード・ペッパー!」

 机に顔を伏せてからしばらくして、突然大声で誰かに名前を呼ばれた。嫌な予感がして、立ち上がって声がした方を見ると、数学教師のスティーブが教室の入口付近で腕を組んで立っていた。今日は奴と顔を突き合わせなくて済むと思っていたから、途端に気分が落ち込み始めた。暇つぶしで、嫌味を言いに来たのだろうか。本当に今日は最低だ。一体僕が何をしたっていうんだ。

「社長出勤か?偉くなったもんだな、がっはっは」

 スティーブはそう笑いながら、教室に入ると僕の目の前までやってきた。相変わらず図体が大きく鬱陶しい。さらに、鼻息が荒くて、この上なく不快だった。僕は一刻も早く話を終わらせたくて、頭を下げた。

「すみません、今日は体調が優れなくて」

「はぁ、お前さ、月曜日は、いつも体調不良になるよな、サボりだろ?正直に言えよ」

 奴の声を聞いたら、本当に気分が悪くなってきた。「あなたのせいで、本当に体調が悪くなったので帰ります」と正直に言いたかった。頭痛と吐き気がして、さらに手が震え出した。嫌な汗が全身から滲み出た。

「あのな、学校は勉強をしたい奴が来る場所なんだよ。お前はなんだ?たまに登校したかと思えば、馬鹿の一つ覚えみたいに机に突っ伏してよ」

 僕の中の、ありとあらゆる細胞が奴を拒絶した。脳が思考を停止すると、僕はもはや俯きながら、「はい」、「すみません」しか言わない機械と化した。これが、僕にできる最善の防衛反応だった。

「そんなに眠いならさ、家で寝てろよ。お前も、そっちのが良いだろう?はっきり言うけどよ、お前、迷惑なんだよ。他のクラスメイト達に聞いてみるか?なんなら全校集会で聞いてみようや。ジュード・ペッパー君の事を、迷惑に思ってる人は手を挙げてくださーい、ってさ。なあ、何とか言ってみろよ。おーい、聞いてんのかー?」

 ついには、「はい」、「すみません」も言えなくなって、僕はただ俯いて、時間が経つ事しかできなかった。


「はあ、おまえさ…そんな感じだから…友達が一人もいないんじゃないのか?」

 その言葉を聞いた瞬間、僕の中でギリギリの所を保っていた何かが、プツン、と切れた。僕は、ズボンのポケットに隠していた拳銃を取り出すと、奴の顔に突きつけた。奴が目を見開き何かを言いかけるより先に、僕は引き金を引いていた。

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