#1
日曜日の午後に放送されるテレビアニメを見ていたら、すごく憂鬱な気分になった。明日には、もう学校に行かなくちゃいけない。そう思うだけで、溜息が出た。月曜日の授業は一時間目から退屈な数学で、その教師が嫌味なスティーブだった。奴は僕の事を良く思っていないだろうし、僕も奴の事なんて大嫌いだ。奴の授業は、あまりにも退屈で大半の生徒が居眠りをしているのだが、なぜか僕だけがそれを執拗に咎められた挙句、教科書の角で頭を叩かれた。一月も前の事だけど、未だにそこがズキズキと脈打つように痛んだ。それからは、月曜日は一時間目をサボって二時間目以降から学校に行くようにしている。朝からあの乱暴な奴と顔を突き合わせるなんて、考えたくもない。
月曜日、僕はいつものように、家から数百メートル程離れた場所にある寂れた公園で時間を潰してから学校に行く事にした。公園とは名ばかりで.、小さなブランコと安っぽいベンチがあるだけの、ほぼ空き地の様な場所だった。ブランコなんて、錆びついていて遊べたものじゃない。この辺りに住む子供達は、こんな寂れた公園では満足できないだろうと思う。
ベンチに座ろうと思ったが、その周りに地域の老人が集まって井戸端会議を開いていたから、仕方なくブランコに座る事にした。樹脂製の座板は触れるとボロボロと剥がれて、内側の鉄製の芯材がむき出しになった。軽く動かすだけでギイギイと耳障りな音が鳴って、この上なく頼りないブランコだった。
これといってやる事も無いから、僕はブランコに座りながら老人達の様子を眺めていた。若い時にいくら頑張って勉強や仕事に励んでも、歳をとったら井戸端会議くらいしかやれる事が無いのだから、本当に世知辛い世の中だと思う。
そんな事を考えていたら、僕の周りに次々と小鳥が集まってきた。その小鳥はやがて僕の肩や膝に乗って、チュンチュンと鳴き始めた。僕は昔から動物に好かれる才能があった。動物園やペットショップの動物は、みんな僕の近くに寄ってきてくれたし、野良猫にも逃げられた事が無い。どうせなら動物じゃなくて、女の子にでも好かれてみたかった。動物特有のあの匂いが、僕はあまり好きじゃないんだ。
あれは、友達のダリルと一緒に、家の近所の森でかくれんぼをしていた時の事だ。僕は隠れるのが凄く得意で、静かに息を殺して石の様にじっとしていられた。その日もいつものように隠れていたら、いつまで経ってもダリルが見つけてくれなかった。森の中は、すっかり暗くなって、獣の声や何かが蠢く音が聞こえ始めた。僕はどうする事もできなくて、泣きながらもじっと隠れていた。すると突然、目の前にガリガリに痩せた狼が現れた。その狼は、ダラダラと涎を垂らしながら、見つけた獲物を逃がすまいとする鋭い眼光で僕を睨んでいた。僕はもう駄目かと思ったが、その狼は振り返って歩いていった。振り向きざまに、「着いてこい」と言われたような気がして、僕はその狼の後を追う事にした。すると、あっという間に森の外に出た。そこにはパパとママ、他に大勢の大人達が集まっていて、どうやら森の中で僕を捜索する会議を開いている様子だった。そんな所に僕がひょっこり現れたものだから、パパとママは喜ぶどころか恥ずかしさが先立った様で、むしろ物凄い剣幕で僕は叱りつけられた。結局、その後狼はどこかへ消えてしまったのだが、その狼の話をパパとママにしたら、森の中で変なキノコを食べたのではないかと相手にしてもらえなかった。
昔の事を思い出していたら、突然背後から、「やあ、ジュード!」と声をかけられた。僕は驚いて、「わあ!」と大声を上げてしまった。僕の声に驚いた小鳥は一目散に飛んでいき、ベンチの周りで井戸端会議を開いていた老人達が僕に怪訝な目を向けてきた。大声を上げてしまった恥ずかしさから、咳ばらいをしてごまかしていると、後ろから声をかけて来た人物が、「驚きすぎだろ」と笑いながら僕の隣のブランコに座った。僕はその人物の事をよく知っていた。
ダリル・ブラック。僕の唯一の友達だ。いわゆる幼馴染というやつで、ダリルとは物心ついた頃からの付き合いだ。僕とダリルは、好きな映画や小説が似ていて話が合う。学校で映画や小説の話をできる人が他に居ないから、僕はダリルとばかり仲良くしている。森でかくれんぼをした時の事をダリルに話したら、「かくれんぼなんかしたっけ?」とダリルはよく覚えていないようだった。
「ダリル、君も朝からサボりかい?」
「ああ。だって一時間目は数学だろ?俺はスティーブの野郎がどうしても気に食わないからさ」
「気が合うね。ほら、僕の頭を見てごらんよ。これは、奴に教科書の角でぶっ叩かれた跡さ、あのイカレ野郎、いつかぶっ殺してやる」
僕がダリルに頭を向けると、ダリルは、「こりゃあ、すごいね」と言って、僕の頭を指さしながら腹を抱えて笑いだした。僕が「この野郎」と言ってダリルの肩を殴るフリをすると、ダリルは「よせよ」と言って、また笑った。ダリルの笑い声に釣られて、僕も笑った。
僕達は、散々スティーブの悪口を言い合った後、いつものように映画や小説の話をした。ダリルと話をする時は、自分を偽る必要が無いから楽だった。ひとしきり話し終えると、ダリルは「ジュード、君は卒業したらどうするんだい?」と突然真面目な話をしてきた。卒業後の事なんて何も考えても無かったから、僕は少し考えてしまった。僕達は高校二年生だから、来年にはもう各々の進路に向かって動き出す時期だった。
「うーん、正直、考えてない。別にやりたい事も無いし。大学に行こうにも、勉強は得意じゃないしね。近所のハンバーガー屋で、アルバイトでもするさ」
僕がそう自虐的に言うと、ダリルは、「ジュードらしいね」と笑った。それから続けて「俺はこの町を出ようと思うんだ」と言った。
「へえ、そうなんだ。どこに行くの?」
「それは、まだ決めてないけど、うんと遠くへ行きたいんだ。俺の事を知っている人が誰もいない町で、自由に生活してみたいんだよ」
ダリルは、そう言うと空を見上げた。高校を卒業したら、僕とダリルは離れ離れになるかもしれない。ダリルとは気が合うから、これからもずっと一緒だと勝手に思っていた。僕はそれを悟られるのが恥ずかしくて、「遠くへ行くのはやめて、僕と一緒にハンバーガー屋でアルバイトしよう」と冗談を言った。実際、ダリルと一緒なら、それも楽しそうだった。ダリルは、あははと笑ってブランコを降りた。
「ジュード、行こうぜ。そろそろ1時間が終わる頃だ」
ダリルはそう言うと、背を向けて歩き始めた。僕は「待てよ」と言って、ブランコから降りてダリルの後を追いかけた。錆びついたブランコの、ギイギイという耳障りな音が頭に響いていた。
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