第12話 地獄に降り立つ

 分からない。どうしてこうなってしまったのか、日向は全く分からなかった。

 暦達と二手に分かれて向かった学校は、廃墟のようだった。

 校庭にも廊下にも沢山の死体があった。

 校内を徘徊する、もうどうしようもない怪物達を何体も倒して──魔法少女 禿日向は、まだどこかで生き残っている人達を探した。


「おい、日向。あえて言うけど、いくら探したってもう生き残ってるやつなんて……」

 

 この惨状を前に、涼が弱音を吐く。

 ただ、だからといって日向が魔法少女らしい一つの本質を失くす事は無かった。

 自分だってケガをしているのに、寧ろそれはより一層強く魔法少女として──。


「でも、ここで私がそれを止めて良い理由にはならないよ。だって私は、ひどく傷付いたって魔法少女なんだもん……」


 魔法少女として、一人でも多く人を“救う”。それが地獄の中で見つけた禿日向としての魔法少女のあり方だった。


 ◆


 分からない。どうしてこうなってしまったのか、暦は全く分からなかった。

 日向達と二手に分かれて向かった街中は、市街戦が起こった後のようだった。

 壊れた道路にも半壊した建物にも、人の死骸が放置されたままだった。

 街を鮮血と肉片で残忍に彩る、もう助からない人達を何十人も看取って──魔法少女 宇島暦は、まだ生き残っている怪物達を探した。


「大丈夫? さっき自分で自分のママを殺してた幼児の事、ずっと考えちゃってない?」


 ミカに見透かされ、怪物だとしても幼い子供を自らの手に掛けてしまった事実をまた思い返した。

 ただ、だからといって暦が魔法少女らしい一つの本質を失くす事は無かった。

 敵の血を浴びて、汚れていく、だけど寧ろそれはより一層強く魔法少女として──。


「ワタシは、魔法少女だから。強者だから、弱者の味方になる。命を弄ぶやつを、こんな事を引き起こしたやつを…… 人間の敵を、絶対に許さない‼︎」


 魔法少女として、一体でも多く敵を“殺す”。それが地獄の中で見つけた宇島暦の魔法少女としてのあり方だった。


 ◆


(どうして……)


 まひるは戦闘が始まって真っ先にそう感じた。


「……ずっと、ずっとアナタを見ていたんですよ」


「くっ……」

 

 目の前にいる相手を、なんとか勝てる相手だと思っていた。しかし実際はただの思い上がりで、まひるが劣勢に立っているのは明白だった。


「朝陽君の隣にいられるのがとても羨ましくて、朝陽君を守れなかったアナタがとても憎くて、仕方無かった‼︎」


 夕陽は高層ビル達の陰に隠れていき、夜の帳が降りようとし始める。それによってお互いの表情が照らされなくなり、徐々に読み取れなくなっていく。


「幸運の女神に見放されて悔しいでしょうか? とっっっても悔しいですよねェ⁉」


 幸運を全く作り出せない。自分の能力が正常に機能していない。この疑問に対する自問自答は、二つの触手を自在に操り左腕からは種子のようなモノを弾丸のように撃つ相手の挑発すら、耳に入りそのまま抜けていく。


「あなたの能力…… いや違うか。でもこれって、もしかすると……」


 今まで幸運が作り出される時、まひるはいつも胸の中で暖かいモノを感じていた。戦いになると痛みを貰う程に幸運で勝ち、日常では“幸運が欲しい時の神頼み相手”として話しかけてくる生徒もいる。

 不幸を幸運に変える能力。これは戦いの面においては負け無しであるハズの能力だと、まひるは思ってた。


「よそ見してる場合なんですかぁ⁉ わたくしは、わたくしはぁ‼︎ いつだってアナタから目を反らせなかったのにッ‼︎」


 真夜と名乗った女の一撃が、遂にまひるの左肩を掠めた。血が肩から湧き上がり、腕や胸をやさしく流れながら下着を濡らしていく。


「……ふぅぅぅぅッ‼︎」


 周囲の人間を不幸にして、自らの幸運に書き換える。

 もしも、もしもこの能力を機能不全に陥らせる事が出来るとしたら──


「ふふふ…… 昨日、人間を辞めたばかりのわたくしが言うのもなんですけど。まひるさん、やはり能力を封じられたらその程度なんですか?」


 その一言が、決定的だった。

 嫌な予感。

 最悪な結論。

 間違いであってほしいと思い、まひるは聞いた。


「あなた…… いや、あなた達は、まさかこの私を倒す為だけに──街中をこんなメチャクチャにしたって言うの?」


「……アハッ」


 真夜は慎ましく笑った。その場で口に手を当てて上品かつ静かに笑う。それからしばらく笑い続けて長く間をおいてから、ゆっくりと語りだした。


「はい、ご明察です。詳しくは言えないので大変申し訳ないですが、“あの方”は随分と…… 人間離れした面白い発想をしたものですよね」


 ◆


「まひるさんを倒す為だけに、この街をぶっ壊す」


 真夜は、結論から話して貰えるのが好きだった。やたらと凝った変な言い方をせず、“○○だから○○する”と直球で会話をするのが真夜の性格なのも、理由の一つとも言える。

 

「わたくしも、ちょうどアナタが持つその“能力”も詰めの部分で役に立ちそうと思ってまして」

 

 それは真夜が、まるで真夜自身が最初から持っていたかのような能力を人間を辞めた多幸感で満たされつつ、夢現ゆめうつつに開示した後に、涼がほんのしばらく考えて導き出した結論だった。


「では、質問です」


「どうぞ」


「なぜそこまでやる必要が? お言葉ですが、相手は小柄で力もない魔法少女一人なんですよね?」


 真夜は素直に疑問を口にした。しかしそれは関係の無いヒトを大勢巻き込む事への躊躇いではなく、言ってくれれば今すぐにだって自分の能力で殺しに行くのにという不満だった。


「確実に殺す為ですよ。まひるさんの能力は、周囲の人間が持つ運気を操る力です。つまりこの能力の致命的な弱点は──」


 ◆


「無人の場所まで誘導する、それか──」


「事前に周囲の人間を全員不幸にする」


「事前に周囲の人間を全員不幸にする」


 雨は降り続ける。


「……………………」


「……フフ、被っちゃいましたね」


 全員──それが何を意味して、どこまでの範囲を差すのか一目瞭然だった。

 今まさに、黒煙を上げ燃え盛る街がまひるの目に写る。

 少なくとも今この瞬間、不幸のどん底に染まっていく街を、まひるはこの目で見た。


「アナタを、完全に無人の場所へあの学校から誘導するのは骨が折れそうだったんです。家に帰られては困りますし、他の魔法少女を連れて来られても困ります。ですがアナタが能力を無意識の内に使ってくれたから、このわたくしのところまで“一人で”来てくださったんです‼︎」


「そ、そんな事……‼︎」


 全否定しようとしたが、能力に依存気味だった自分を自覚してしまう。そんな自分の性格の甘さに膝から力が抜けて、まひるはその場に座り込んだ。


「あはは、あははは‼︎ その顔、実に素敵です‼︎ この街がこうなったのも、無関係な人達が大勢死んだのも‼︎ 大量のバケモノが生まれたのも‼︎」


 まひるの周りで、次々と繰り広げられる惨劇。

 これら全てが、余すところなく自分に幸運をもたらせない為だったのかと、まひるは思い知る。


「全部、アナタのせいなんですよ‼︎ 身の丈に合わない幸せばっかりに手を出した、アナタのせい‼︎ これはそのツケ払いッ‼︎」


(……まひるのせいだ)


 雨が、まひるに重く当たる。

 脚が、動かない。

 道路には、水溜りがある。

 

「……じゃあ、もう死んでくださいな。早いトコ終わらせたいので」


 真夜はそう言うと、触手で左右からまひるを串刺しにしようと構える。


「……………………」


 ……………………。


「……ごめんなさい」


 まひるは、ポツリと謝る。

 それはこの街で暮らす全ての人達に向かって、だ。

 自分さえいなければ、今日、この街はこんな事にならずに済んだのに。


(今日……?)


 二本の触手が視界に入った瞬間、まひるは“今日が何の日なのか”をようやく思い出した。


(今日、今日は……‼︎)


「今日はッ‼︎」


「なっ、何ですの⁉」


 それはまひるにとって“ラッキー”だった。

 たまたま手を伸ばしたら、偶然にもタイミングが重なり合って触手を掴み、攻撃を止められたに過ぎない。

 しかし“生き残る”という生存本能の歯車は、まひるをもう一度立ち上がらせた。


「何なんですの⁉ 皆にここまで迷惑をかけておいて、まだ生きたいんですの⁉」


 真夜の理不尽かつ悲痛な問いに、まひるは──戦う力を持っていないただの魔法少女まひるは、とても我儘に答えた。


「私だって、朝陽くんのことが大好きだからッ‼︎」


「……そう、でしたわね」


 真夜は触手を自身の周りに戻し、改めて構える。


「では改めて宣言させて頂きます。わたくし近喰真夜は、遠野朝陽さんの隣に立つため、遠野まひるさんを殺します」


「私もここでハッキリ言うね。朝陽くんの隣にずっといたいから、近喰真夜さんを……」


 まひるは心臓の高鳴りを覚え、大きく深呼吸を挟む。

 そして、真夜の目を真っ直ぐ見つめ言い放つ。


「殺す」

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