第13話 少女達は雨に抱かれる
「まひる…… まひる……」
遠野朝陽にとっても、それは突然の事だった。突如出現した怪物によって見舞いに来ていた母親を失った。
病院内も怪物による襲撃で、あっという間にパニックになった。患者もスタッフも、無差別攻撃を受けて横たわる。
「朝陽さんっ‼︎」
いきなり自分を呼ぶ声がしたと思いきや、病室に場違いで派手な格好の少女と制服姿の少女が入って来た。
「えっ、君は……⁉︎」
「宇島暦です‼︎ まひるさんのところにはワタシが連れていきますので‼︎」
そんな時、とても果敢な乙女──宇島暦と邂逅し、直感的にまひると同じ魔法少女なんだと悟った朝陽は“パートナー”としてまひるの近くに行く事を望み、暦もそれを了承した。
(お願いです神様…… どうかまひるに“幸運”を……)
暦にしっかり掴まっている間、朝陽はずっと最愛の人の無事を祈っていた。
まだかすかに感じる、その生命の鼓動を頼りにしながら。
◆
この勝負の勝敗を分けるのは、昨日怪人になったばかりの女と、場数は踏み生き残ってきた分の経験値だけはある魔法少女の──心の形の違いだった。
「やあぁっ‼︎」
まひるが手にした太い鉄パイプによる攻撃が、怪人である真夜の触手を横に弾く。真夜は残った触手で狙いを定め、雨の水滴と混じるように発砲するも、まひるはソレをかわしながら踏み込んで振りかぶる。その勢いを真夜は身体で直接受け止め、その勢い任せでコンクリート道路に叩きつけられる。
「やぁぁッ‼︎」
真夜が痛みに耐えながら触手を伸ばすも、まひるは既に反撃の構えをとっている。伸ばした触手を蹴りつけ、もう一度鉄パイプで殴りつける。
触手が硬いものに殴られ、「ドクンっ……」と不気味に触手が脈動するのを感じた。
「うっ⁉︎ こんのぉっ‼︎」
だが、それだけでは真夜の軸は決して崩れない。
「まだまだ触手の間合いの外ッ‼︎」
そう叫ぶと同時に、真夜は残った触手を無理やり地面に叩きつけて身体の支えとし、完全に転倒する手前で無理やり姿勢を制御する。
「食らいなさいッ‼」
左腕の花から、高速で種子が弾丸として放たれる。もちろんこれは狙ったわけではなく、周囲に散らした威嚇射撃。
「ちっ‼︎」
まひるは、ソレらを舌打ちしながらかわす。
二人の立つ場所に、雨は降り続ける。
「フフフ……」
真夜はその様子を見てから、余裕の笑みをこぼす。
「何故笑ってるの?」
「あぁ失礼。つい笑みがこぼれてしまいました。だって、もう少しでアナタは私の“能力”で死ぬんですもの……」
真夜はこんな時だからこそ、自分の能力を想って笑った。しかしそれは半分はブラフ。
何がなんでも時間を稼いでやるという意思で間合いを慎重に計って、もっとまひるに触ろうとする。
「あっそ……」
波がまた返ってくるように、まひるが再度真夜に接近する。
「じゃあそうなる前に決着を付ける」
ジグザクに動き標準が定まらないまひるに、真夜は左腕から繰り出すサブマシンガンのような一定のリズムの攻撃を繰り出し、迫り来るまひるの攻撃を間一髪の所で押し返した。
「隙が、デカいですわぁ‼︎」
まひるに向かい跳躍、制空権を一瞬握った真夜が二つの触手を鞭のように乱暴に振り下ろした。一本だけならかろうじて見極められたが、戦い慣れしていないまひるにとって二本同時なんて見極められず、触手に直撃する。
「ぐあああああっ‼︎」
暴力からダメージを蓄積しないようガードして、更に後ろへ下がったまひるだったが、それよりも早く届く触手に引っ叩かれ苦痛の声が漏れる。
(ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクンッ‼︎)
心臓とは別の臓器が──触手の高鳴りが、最高潮へあと少しで達するのを真夜は感じた。
一方でまひるは、先程の攻撃で背中を軽く打ち付けた衝撃に耐えながら立ち上がる。
「大丈夫、このまま…… あと少しだけ……」
勝てる。真夜はそう思った。
直後──。
『ドーーーーン‼︎』
という爆発音の直後、「グヂャアッ‼︎」と何か柔らかい肉が抉り取られる音がした。
「……え?」
ドロリとした液体が逆流して、口の奥から嫌な鉄分の味がじんわりと広がり、唇から桜桃色の血が溢れ出た。
自分が、爆発物に貫かれた。折れたポールか何か、とてつもなく鋭いもので──。
「いやああああああああ‼︎‼︎‼︎‼︎」
それは真夜自身、それまでの生涯で一度も出した事のない絶叫だった。
「な、なん、こ…… これぇ⁉︎」
おそるおそる確認すると、それはちょうど脇腹の位置。そこに千切れた道路標識が突き刺さり、真夜の身体を沈めていく。
「あ、あぁあっ⁉」
見た事のない異常な光景を前に膝から力が抜け落ち、今度は真夜が瓦礫の山の上に崩れ落ちた。しかし標識が倒れ込む真夜の支えになり、頭に血が溜まっていく。
呼吸が乱れる。自分の触手すら重く感じて、這って逃げるのも無理。ただ道路標識は真夜の脇腹に刺さってるので、肉を千切る勢いで強引に引っ張れば取り出せるのが幸いだ。
「はッ⁉」
そんな真夜の様子を、ただじっとまひるは見つめている。
「はぁ、はぁ、はぁ……‼︎」
まひるの目が黒く見える。本気で人を殺す目に見える。
真夜はこういう状況でも落ち着こうと深呼吸するのと同時に、まひるがポツリと呟いた。
「……ラッキーだった」
まひるは一歩ずつ、体力の限界を悟られないように真夜に近付く。そしてその呟きは、真夜の耳にハッキリと届き、真夜の神経を逆撫でした。
「なぁあにがぁラッキーなんですの⁉ こンのぉお人殺しいいいぃぃ‼︎」
震える左腕を支えながらまひるに向かって弾丸を放つ。
まひるは避ける動作すらせず、それくらいではもう絶対に止まらない。
「あなたの攻撃で私は後ろに下がった。おかげで千切れた道路標識が倒れ込んだガスタンクを見つけた。しかもここは燃え盛る建物もある。だから致命傷を負わせられた。あなたが散々くれたこのラッキーで……」
真夜は、認めたくなかった。
「くっ……‼︎」
そんな物に貫かれたのかという事実を。
そんな事で彼女に負けるという事実を。
もう少しで勝てたのに、という事実を。
「これであなたを、やっと殺せる」
魔法少女まひるは、力は一般人男子よりも弱く、能力にはすっかり頼りきり。
だから能力さえ封じれば楽に殺せる雑魚のハズだった。
しかし真夜は、いま目の前に立つ女からはそんなものを微塵も感じなかった。
代わりに、恐怖を感じた。
「い、イヤぁぁ……」
真夜の目からは、自然に涙が溢れた。
「こんな、こんな死に方…… 悔しい……」
真夜は必死に手足を伸ばし、体勢を立て直そうとする。しかし出血も酷いせいなのか力が上手く入らず、ただバタつかせるので精一杯だった。
「まだわたくしは、朝陽さんの温もりを、感じていない…… だけど…… こんなにも惨めで醜い姿、朝陽さんには見せたくない……」
意識が遠くなりつつも、真夜は朝陽への想いを語った。
決して命乞いをして助かろうなんて魂胆ではない。死ぬ前にたとえ恋敵だろうと、まひるには正直な気持ちを打ち明けたいと思っていた。
「……………………」
一通り話し終え、まひるに殺される時を待つ。
「さぁ、殺しなさい」
しかし、まひるが真夜に対してとった行動は全くの正反対だった。一体何が起こったのか、真夜は一瞬だけ理解が遅れる。
「ごめんなさい……」
まひるの声と吐息を耳元で感じる。
まひるの心臓の鼓動は優しく、その暖かみで胸を押し付けられていき、その優しさを直に受け止めた事で涙が溢れだす。
「まひるさん、何故わたくしに……?」
真夜は、どうしても理解出来なかった。
「なんでかな…… なんか、わかんないや」
それは、まひるの情けから出た優しさだった。
同じ男の子を好きになった女の子が、その想い一つすら報われないまま死ぬのは悲しいのでは?
最期くらいは冷たい雨の中じゃなくて、せめて暖かい胸の中で息絶えて欲しいというつもりのハグだった。
「こんな事しか、今の私には、出来ないから……」
まひるは静かに泣いた。
崩壊した街でも、死に行く人々でもなく、その瞬間だけは自分と同じ“好き”がという気持ちが暴走してしまった、一人の乙女を想って泣いた。
「まひるさん……」
まひるの優しさが────この勝負の勝敗を分けた。
『誰かを不幸にして、誰かを幸運にする能力』という制御不能で常に随時因果に介入するその能力は、この場において不幸に変換出来る程の幸福を持つ人間と、不幸に苛まれている存在をようやく見つけて、そして平等に“発動”していた。
まひるは自分の意思で、優しさで、真夜に抱きついたと思っていた──。
「ありがとうまひるさん。本当にありがとう、ですわ…… せめて最後に、手を握ってくださる……?」
「いいよ」
まひるは力を込めて真夜の手を握った。同時にチクっと、その手に針が刺さったような鋭くて小さい痛みが走る。
「これは失礼、爪が荒れてしまいまして……」
不審に思ったまひるがゆっくりと開けて見ると、そこには小さな“種”が刺さっていた。
「あなた何した────」
そう言いかけたまひるの視界には────にわかには信じがたい人物が飛び込んできた。
「まひるぅーーーー‼︎」
見間違えるハズがない。
幼馴染の朝陽が、こちらに駆け寄って来ていたのだった。
「……朝陽くん? 朝陽くん⁉︎」
顔立ち、走り方、声。遠くからでもその人影が朝陽だと分かった。しかしその背後から、触手の生えた怪物数人が迫ってきている事に、彼はまだ気が付いていない。
「朝陽さんッ‼︎ 後ろに怪物がッ‼︎」
「今行くから‼︎」
まひるは、朝陽に迫る危機から守るために立ち上がる。
大切な幼馴染を守る為に、一秒でも早く足を踏み出した。
「クソッ、いつの間に⁉︎」
朝陽は怪物の存在に気付き、後ろを振り向く。あと数秒で捕まりそうな状況にさせない為、まひるは決して届かない距離にいる朝陽に向かって手を伸ばす。
「朝陽くんッ、コッチに走って────」
今この瞬間、まひるは強烈な違和感と共に背後から迫りくる恐怖を抱いた。
「……遠野、まひるさん」
まひるの背中から、冷たい声が聞こえる。
「……なぜ、車椅子にも乗らずに立って歩いてるのか、不思議に思わなかったんでしょうか?」
「……こんの、ウソつきが」
背後から刺さる視線を受けながら、まひるは幼馴染を利用された悲しみと怒りに耐えながら歯を食いしばる。
「ハイ、おしまい」
それは朝陽の声で、まひるの耳元に届いた。
同時に、背中を強く貫く何かの感触。
「ふふっ。ツイてますねぇ、わたくし」
まひるの視界は、この声を聞きながら暗転した。
次の更新予定
魔法少女は壊したい 華永夢倶楽部 @geimu_kurabu
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