第10話 賽は投げられた
「なぁ、まひる」
「なぁに、朝陽くん」
いつもの下校途中、車椅子を押してくれているまひるへ朝陽が話しかける。
「明後日さ、僕の十五歳の誕生日じゃん。今年も一緒にケーキ食べないか?」
「うん、絶対行く‼︎」
小さい頃からしているお互いの誕生日パーティーに胸を躍らせながらも、まひるがひとつ提案する。
「ねぇ、朝陽くん……」
「なんだい?」
「あのね、今年の誕生日プレゼントなんだけどさ。すっごく大事なものをあげたいんだけど、いいかなぁ?」
「うん。楽しみにしてる」
朝陽を家の前まで送り終えたまひるは、そのまま自分の家へ真っ直ぐ帰る。
「ただいまぁー」
「おかえり、まひる」
「あのさぁママ、明後日って朝陽くんの誕生日なんだよね。だから帰ってすぐなんだけど街へ買い物して来ていい?」
「あぁー、お母さんこれから家空けるから留守番してほしいんだけど……」
「あっ、じゃあ夕方だったらいい?」
「夕方なら良いよ。夕食は向こうで食べるの?」
「うん、そうするー」
「じゃあ留守番頼むよ。行って来ます」
「行ってらっしゃーい」
家に鍵がかけられ、一人きりになったまひる。その後は特に記憶に深く残るような出来事は一切なく、夕方になって母親が帰宅する。
「おかえりなさい、そろそろ行って良いよね?」
「いいよ。留守番ありがとね」
「行ってきまーす‼︎」
◆
夕日が彩る街中、まひるはコンビニでいくつか買い物を済ませて夕食も終え、帰り道の途中にふと公園へ寄り道する。
「ふぅー……」
レジ袋に入った初めての経験に、まひるはソワソワする。
(文房具の買い物ついでにこんなの買って、朝陽くんに引かれたりしないかなぁ……)
朝陽とまひるは、保育園の時から一緒に隣り合って遊ぶ幼馴染の関係。その頃からずっと周りからは仲良しコンビだの小さな夫婦として言われ続け、そのまま幼馴染という関係からほとんど進展せずに中学生へ進級していった。
(でも、朝陽くんを狙ってる女子はきっといるだろうし……)
まひるは考える。
幼馴染だからこそ、お互いを異性としては見ているが、そのせいでどうしても友人止まりになってしまうのだと。
(まひるだって、朝陽くんのこと好きなんだもん……ッ‼︎)
そこでまひるは、朝陽の誕生日パーティーを活かし告白する機会を狙う事にした。
幼馴染から恋人に。学校にいる女子生徒の誰よりも朝陽のことを好きなんだと、きちんと知ってもらう為。
(まひるが一番、朝陽くんのことが好き……ッ‼︎)
もしかしたら、朝陽にはすでに別の相手がいるかもしれない。しかし自分の方が一番愛している。しかも告白する事で幼馴染という関係にヒビが入るかもしれない。
さらに朝陽はまひるの事を、実は異性として見ていなかったのかもしれない。
「んっ……‼︎」
降り掛かる嫌な感情を振り払う為、思いっ切り頬を叩く。
「……よしっ、負けるな遠野まひる‼︎」
こんな所で悩んでも、何も解決しない。
まひるが朝陽に告白しない限り、何も進まない。
「頑張るぞっ‼︎」
勢いよくベンチから立ち上がるものの、肝心な誕生日パーティーは明後日。きたる時に備えて気合いを入れるのはとても大事な事だが、今回ばかりは少々早とちりしてしまったようだ。
「あれ……?」
まひるにとって妙に見覚えのあるシルエット。よく目をこらしてみると、正体は涼と日向だった。嬉しくなって話しかけようと声を出しかけたところで、何かおかしい事に気付く。
最初は涼と日向、二人の公園デートかと思った。しかし日向が明らかに怯えた表情で涼の隣を歩き、一方の涼は周りを警戒した振る舞いをしている。
(もしかして、怪物退治の後だったりかなぁ?)
まひると日向の間には距離があるので断定するには何とも言えないが、もし怪物退治で恐ろしい事をされたのなら、トラウマを植え付けられてもおかしくない。
(建物の陰に隠れた……?)
二人は人目をとても気にしてるのか、公衆トイレの裏に回っていく。それを見たまひるは向こうで起こるであろう出来事に何とも言えない気まずさが漂う。
(うぅーどうしよう、これって話しかけていいのかなぁ?)
このまま二人がイチャつきだしたら、実際かなり気まずくなってしまう。そんな二人を黙って見過ごすか優しく指摘しておくかどうか、まひるはその決断に迷う。
そうやって考えてる間も、二人は小声で話し続ける。
(……ううん、恥ずかしいけど先輩らしくしなきゃ‼︎)
やっぱり先輩として見過ごせなくなったまひるは、意を決してトイレへ近付く。次第に声がハッキリ聞こえる様になり、何を話してるのかも分かってきた。
(ガツンと言わなきゃ、“こんなのやり過ぎだ”って‼︎)
トイレ前に立ち、そのまま裏へ足を向けた瞬間だった。
「くぁ……ッ⁉︎」
突然まひるの首に、何か長いモノが巻き付いてきた。確かめるとソレはトイレの裏から伸びた触手で、声を出せないよう首をキツく締め付けている。
(この触手は……)
まひるの首を締める触手から感じる禍々しさ。間違いなく怪物のモノだった。ソイツはトイレの裏へ周ろうとしたまひるに対して、明確な殺意を向けている。
触手はまひるの首をさらにキツく締め付け、このまま窒息させようとしてくる。
「……ぁッ‼︎」
薄れ始める意識の中、自由に動かせる両手でレジ袋の中からカッターを取り出し、刃を伸ばしてそれを触手へ切り付ける。すると触手に刃が簡単に通り、もがくように暴れながらまひるを放り投げ、刺した箇所から桜桃色の血を垂れ流しながら建物の裏へ隠れていく。
「はぁ、はぁ、はぁ……‼︎」
触手はこれ以上、何もしてこなかった。
それとも、排除したくても出来ない理由があるのか。
だからといって、もう一度近付くのはあまりにも無謀。
(……ごめんね、禿ちゃん)
いくら魔法少女といえど、戦う力が無ければ意味がない。
たった今あそこで行われている、日向へのおぞましい事を想像しながら、まひるは何とも言えない後ろめたさを抱きながらもその場を後にした。
◆
(マズイな……)
傷付いた触手を静かにしまいながら、目の前で服を脱いでいく日向の身体に視線を向ける。
「なぁ、日向。やっぱりやめよう」
「えっ……?」
「ちょっと気が変わった。今すぐ服を着てくれ」
突然すぎて一瞬手が止まってしまうが、涼の催促に驚きつつも脱いだばかりの服を着直す。
「ねぇ涼、どういうこと……?」
日向の心配する表情や仕草に心を痛めながらも、涼は日向の身体を強く抱きしめる。
「はっ、えっ⁉︎」
涼は何も言わず、黙って日向を抱きしめる。今までの涼からは考えられない、ある意味での奇行に頭がぐるぐる混乱していると、身体が癒される感覚がめぐっていく。
「……帰るぞ」
「涼、なんか────」
「大丈夫だ。ごほうびは与えたから」
そう言う涼の表情は、どこか焦りが見える。
しかしその理由を聞く前に、涼はその場を逃げるように立ち去ってしまう。
「……………………」
日向は、その場に立ち尽くす。
「どういうこと……?」
しかし今の日向には、涼が焦っている理由を知る事は出来なかった。何故、いきなり日向のことを抱きしめたのか。今まで、ごほうびとして日向にしてきた事とは正反対の行為に、どんな意味があるのか。
考えれば考えるほど、謎は深まっていくばかりで余計に疑問点を散らかすだけだった。
「……何かあった、んだよね?」
もし涼が日向にしようとした所を、誰かが目撃したんだとしたら。実際に公園へ足を運んでる間も、日向が服を脱がせている間も、涼はやたらと周りを警戒していた。
その警戒を見事に振り払って、涼の所業を目撃した人物がいたんだとしたら。それなら涼は相当焦るだろうし、かなり恥ずかしい思いをするに違いない。
「……え、何コレ?」
着替えて建物から離れようとした途端、ふと足元から今まで嗅いだ事のない強烈な悪臭が鼻をつんざく。
鼻を抑えながら足元に目を凝らすと、そこに不自然な色をした液体が地面に掛かっていた。
(ピンク色の液体……)
触るのも嫌なくらいに不気味な存在感がある液体。ここで何かがあったんだと日向は考える。
(もしかして、怪物が目の前に……?)
魔法少女と怪物が、日向と涼のすぐそばで戦っていたのかもしれない。だがもしこの液体が、涼から日向へのごほうびを急遽変更した事に深く関わっているとしたら。日向は何か思い付きそうで思い付かない、このモヤモヤに対して頭を抱える。
(……とにかく、今度禿ちゃんに会わなきゃ)
ひとまずこの液体と周辺の風景を写真に収め、日向もその場を足早に立ち去って行った。
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