第9話 伝説の木の下で

「まひる、知ってる?」


 親友の女の子──李々花りりかがまひるにそう言い出したのは、オレンジ色の夕日に照らされた何気ない帰宅途中の道中であった。


「んー、何がぁ?」


「学校の裏に生えてる桜があるじゃん。樹の下で愛の告白をすると、必ず成功するらしいって」


「ふぅん、嘘くさぁい」


 そんな話に、まひるは興味が無かった。だからほんの二回だけ頷いて関心も無く終わらせるハズだった。

 しかし、自分達の通う学校に大昔からある噂話だとすれば、恋する乙女としては興味をそそられずにはいられなかった。


「オカルト研究部の部長君に聞いたんだけど。あのね、幾つか手順があってね……」

 

 校舎裏にある樹齢百年を越えた桜の樹の下で、夕暮れの決まった時間内に告白をする。そうすれば二人は結ばれる。

 にわかには信じがたいけれど、オカルトやジンクスとしてはきちんと成立しそうな単純明快な話だった。


「ね、まひるもさ、好きな人いるじゃん? 今度試そうとは思ったりしない?」


 話があまりにも単純すぎて最後まで聞いてちょっと損したなと思うと同時に、李々花の言うことも分かる気がした。

 李々花は幼稚園の頃から幼馴染の佐藤という男子生徒が好きだ。何度もクラスが別々になった事もあるが、気持ちは一切揺らいでない。

 まひると李々花、お互いに片思い中の男子がいる仲だからなんとなく意図が伝わった。


「それで、もう佐藤くんとは────」


「私も一昨日ね、オカルト研究部の部長にこれの検証してって言われて。で、昨日隣のクラスの田中君に告白されちゃったからさ、オッケーしちゃったんだよね‼︎」


 李々花が、信じられないことを口にした。


「えっ……? はぁ……?」


「ん、どしたの?」


「どうしてそこで田中くんが出てくるの? 佐藤くんが相手じゃなくてさぁ?」


「えっ、まひるこそ急にどうしたの。なんで佐藤の名前が出てくるのさ?」


 李々花の話がちっとも噛み合わない。さっきまで桜の下で告白すると結ばれる話をしていて、まひるはその流れで幼馴染と一緒に告白したのとばかり思っていた。


「待って待って。そもそも李々花ちゃんってさぁ、田中くんとそんなに親しかったっけ?」


「別に。昨日までは知らなかったよ?」


「それでオッケーしたのぉ⁉︎」


「そう。なんていうか……」


 李々花の表情が恋人特有の顔とは程遠い、まひるから目を逸らす様に首を傾げる。


「うーんなんて言うか、ここでオーケーすれば、いいのかなって気がしてさ……」


 あまりにもおかしかった。会ったばかりの異性から告白されて、なんの脈絡もなくOKした李々花に、まひるは疑問点しか浮かばなかった。

 思わず李々花には節操が無いのかと、疑ってしまいそうになったが、そんな疑惑の目を向けてるにも関わらず李々花はまひるの肩を掴んで目を見つめる。


「だったらさ、まひるも試しなよ?」


 李々花が冷たくそう言う。


「ちょっとそういうのは──」


「まぁ、強制はしないよ。じゃあねまひる」


 隣を歩く李々花にまひるが視線を向けると、友人のその目つきになんの覇気も無い事に気が付いた。

 まるで人形のような、こちらを見つめてはいるがこちらを認識してはいないそんなどこか遠い目。


「誰……?」


「は……?」


 李々花のようで、李々花ではないような雰囲気。

 まるで、別人の様に見えるほどに。


「李々花ちゃん……」


 これはもはや、何か裏がある。

 まひるはそう確信する。


「くっ……‼︎」


 まひるは李々花を残して、来た道を急いで引き返した。


「ちょっと、どうしたの⁉︎」


「忘れ物しちゃった‼︎」


 全身に走る神経が、魔法少女としての勘が告げている。空を彩る西日はまだ沈んでない。


(どうして李々花ちゃんは赤の他人なんかと……)


 もしかしたら李々花はその田中とやらに一目惚れして、本当に気が変わってOKしたのかもしれない。

 だけどこれは怪物の仕業かもしれない。学校にある噂話を利用した、それも人の意思を弄ぶ卑劣な行いなのでは?


(だったら、なおさらヒドい……‼︎)


 とにかく噂を確かめないと。その思いを胸にまひるは学校へ駆け戻っていく。


 ◆


 その桜の樹を、まひるは初めて「不気味だ」と思った。

 校舎裏ということで陰には覆われているが、それでも樹齢百年越えの幹や枝にいつもなら生命力を感じる事が出来る。

 しかし今は、樹の幹と枝は怪物から生える触手や刺のように見えてしまう。


「な、なぁまひるちゃん……」


 つくづく本当に自分は“運が良い”と思うまひる。

 李々花の噂話を検証する為に、以前自分に告白をして来た男子がたまたま正門に立っていた。

 噂話を確かめる為とキチンと説明した上で、謝りながらも協力を頼み込み、いざ桜の樹の下でまひるは、その男子と向かい合った。


「オレ、まひるちゃんの事が──」


 そこで、世界は止まった。

 まひるは全てがスローモーションになるのを感じた。周りの感覚がブレたその瞬間に、耳元で低い男の声がした。


『告白を受け入れろ。そうすれば幸せになれる』


(……そうだったんだ。まひるは、この男子が好きなんだ)


 まひるの脳裏に朝陽の顔がチラついたが、目の前にいる男子が好きなのもジジツ。


「うん、い────」


「まひるっ、その声を聞いたらダメぇー‼︎」


 遠くの方で、李々花の声がした。

 目を僅かに動かすと、そこに確かに李々花が立っていた。


(そっか……)


 声を聞いてはいけない。

 ハッキリとそう知覚し、まひるは自らの手で自分の両耳を塞いだ。

 耳を塞ぐ──。それは、最も分かりやすい部類に入る“対話拒否”の行動。声が聴こえなければもうコッチのもの。


「ごめんね、巻き込んで‼︎」


 まひるは両耳を塞いだまま、男子生徒へ詫びをいれると魔法少女へと変身した。その瞬く間の強烈な発光で男子生徒と李々花は気を失うと同時に、周りから酷い怒声が響き渡る。


「クソがあああ、魔法少女オオオオオ‼︎」


 桜の樹が揺れた。桜の樹が叫んだ。

 枝先から、花弁ではなく木そのものから邪悪なオーラが放たれる。すると地面を抉りながら根っこがうごめき、李々花と男子を締め付けて投げ飛ばす。


「……ッ‼︎」


 今のでまひるにとって、ヤツにお情けをかける余地は一切無くなった。


「こんのぉぉぉぉ‼︎」


 的は動かない。だから倒すのは簡単だった。

 そのままキックをその樹の図太い幹に何度もお見舞いすると、次第に変身が解けていくのだった。

 桜の樹が、人の姿へと形を変えた。

 そいつは、まひるも知っていた顔だった。


「オカルト研究部長……」


「なぜだ、なぜオレを倒した?」


「人の心を歪めたからです」


 まひるは、ぐったりと横たわる親友の安否を確めながらハッキリと言い放つ。

 李々花が学校まで戻ってきてくれたのは“幸運”だった。李々花が丁度いいタイミングでアドバイスしてくれたのも“幸運”だった。

 これも全て、まひるが怪物に襲われるという“不幸”があったから。


「好きな人と結ばれる‼︎ これが幸福以外のなんだって言うんだ⁉︎ それを成功させる代わりに、オレは少しだけ相手の意思や記憶を食べてただけだ‼︎ オレの前で何十組も告るところを邪魔せず見守り続けて、オレはそうやって何十年もひっそり生き続けてきたんだぞ⁉︎ オカルトと人間の距離が近かった時代のオレなら、そんな少女如きの意思なんて、死ぬまで支配出来たのに‼︎ 今の時代じゃ誰もオカルトなんか信じてくれねぇ‼︎ どんなオカルトも科学の発達を示す為の実験台にされ続けて、居場所どころか存在意義すら無い時代を、オレは必死に生きてたんだぞ‼︎」


「それは違うッ‼︎ そんな、どちらか片方の想いを歪めてまで結ばれる幸福に意味なんて……」


 ふと、まひるの目から涙が溢れる。


「……意味、なんてぇ‼︎」


 突如として怪物が自然発火し始めて跡形もなく消え行く中、まひるの姿を見てポツリとつぶやく。


「好きなら好きって言えよなぁ……」


 それはまるで、恨み言のようだった。



 後日、その学校内で破局するカップルが相次いだ。

 まひるは考える。一体どれだけの人間があの桜の下で告白をしたのか?

 個人の自由意思を奪われて、どれだけの人が歪に結ばれていったのか?

 その人達は、最後まで心を歪められたまま人生を終えてしまうのか?

 そう考えると、学校の先にある街並みで暮らすどれだけの人々が怪物が宿る樹に頼っているのか。その計り知れない影響にまひるはただ深く考える事しか出来ない。


「まひるちゃん、あの……」


 そこへ、怪物騒動に巻き込んだ男子が現れる。


「ちょっといいかな?」


 人に見られない所まで移動し、改めて二人きりになる。


「まひるちゃん、ほんの少しだけでも一緒にいられて嬉しかったよ。それとこの前の事が中途半端だったし、桜なしで正々堂々と言いたくて……」


「うん」


「まひるちゃん、オレは君を一目見てから気になって仕方がないです。どうかお付き合いさせてください‼︎」


「……ごめんね、まひるには大事な人がいるんだ」


「……はい。分かってます。オレはもう、まひるちゃんには近付きません」


「そこまでしなくても……」


「良いんです。友人から聞きました、サッカー部のキャプテンと恋人なんですよね。オレは黙って応援してますから」


 そう言い残して、まひるの前から足早に立ち去る。


「……………………」


 まひるに一目惚れした男子は、まひるに振られた。

 この出来事をキッカケに、彼には新しい人とめでたく一緒になれる事を祈りつつ、まひるは教室に戻った。


 ◆


 “朝陽くんと一緒にいたい”

 それは魔法少女になったまひるの、細やかな願いであった。

 そんなまひるの持つ“幸運”を生み出すその能力は、最も身近にいた人間から“幸運”を吸い取りその願いを叶えた。


「あ────」


 それはある日の出来事だった。まひるの目の前で、朝陽は階段から脚を滑らせた。そのまま一気に転げ落ち、呻き声を上げる姿を見つめる。

 

「まひ、る……」


 必死に階段を駆け下り朝陽の身体を起こそうとするも、突然叫び声を上げる朝陽に戸惑う。


「あっ……」


 朝陽の脚を見ると、ふくらはぎと太ももに刃物で作られた傷がいくつも作られていた。そこから血が制服に染み込んで、溢れた分が床に流れていく。


「ナニコレ……」


 それからすぐに救急車に運ばれて一命を取り留めたものの、朝陽はしばらく車椅子生活をする事になってしまう。その日からまひるは、朝陽の隣で添い遂げ続ける事を誓ったのだった。


「まひる、いつもありがとう」


「どういたしまして」


 誰かを不運にして誰かを幸運にする。

 ──それが自らの持つ能力なのだと、あの事件を起こしてしまったのは状況から見て自分の力のせいなんだと、あの日ようやく自覚出来たんだから。

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