第8話 献身的少女

「どいてどいてぇーっ‼︎」


 昼休みの学校に響き渡る、やけに甲高い少女の声。その少女は車椅子に座る男子生徒を押しながら、廊下を小走りで駆けていく。

 たまたま近くを歩いていた涼と日向は、突然の出来事に対し呆気にとられる。


「ねぇ涼、今の二人って誰?」


「あぁ、サッカー部キャプテンの遠野とおの朝陽あさひ先輩と、マネージャーの遠野とおのまひる先輩だな」


「それってまさか、双子の兄妹とか?」


「違うって、たまたま苗字が同じなだけだって。けどまぁ部員達の間で二人が付き合ってるって、それなりに根拠のある噂も立ってるんだけど……」


 朝陽を多目的トイレへ押したまひるは、そのまま二人きりになる。それからしばらくして恥ずかしそうに出てきたまひるに涼が歩み寄る。


「こんにちは、まひる先輩」


「あっ、涼くん‼︎ それとお隣の子は禿ちゃんだったよね。こんにちは‼︎」


「相変わらずの献身っぷりですね、まひる先輩は」


「ふっふっふぅ、まひるはマネージャーだからね。こういうのも、きちんとしなきゃダメなんだから」


(うわぁー、私こういうロリっぽい子苦手だわ……)


 遠野まひる。

 中学生とはいえ、ほとんどの人が小学生かと見間違うほどの小柄で幼稚な少女。その外見のせいなのかおかげなのか、男子人気がそこそこある。


『まひる、トイレ終わったよ』


「はぁーい、今行くね‼︎」


 すぐに多目的トイレから二人が出て、涼達と別れる。日向から見ても、まひると朝陽とで楽しげに会話してる様子からただの介護には見えなかった。


(……たしかに付き合ってるかも)


「まぁ付き合ってる事自体、別に何もおかしくないんだけどな。二人が幸せになれればそれで良いんだし」


「……それ、アンタが言うんだ」


「“説得力ない”ってか?」


「……フン」


 日向は、涼がしている事に対して逃れられない。主である涼からのごほうびとして貰う以上、決して拒否する事が出来ない。

 かといって涼を殺すと、従者である日向まで死ぬ事になっている。魔法少女は授かった能力を悪用する事が許されないからだ。


「今に見てなさい」


「やれるもんならな」


 いつの間にか、涼も日向からの反撃を楽しむようになりだした。それはまるで、異常者に立ち向かう一般人を小馬鹿にするような、見下しているような。

 自分と日向に対して決して覆らない立場に、どっしりとあぐらをかいているようなものだった。


♦︎


 放課後、涼の部活動を遠くで見つめる日向。ふとベンチに目を向けると、昼休みに会った朝陽とまひるの姿が。

 草場でお互いにピッタリと座り、部員達の練習風景を眺めながら真剣に話し合っている。


「ちょっと来るのが早かったか」


 サッカーにあまり興味がない日向には、この時間は退屈で仕方がない。

 部活が終わるまでの暇つぶしにスマホを手にして何か遊ぼうとした瞬間、突如自分の居場所が変わってしまう。


「えっ、何⁉︎」


 日向は確かに学校の外の校庭にいたはず。しかし今は見た事のない駅の地下通路で一人、立ち尽くしている。

 さらに状況を確かめてみると、自分の居場所が変わっただけで服装や所持品が変わったわけではない。つまり何者かによって何処か知らない場所へワープさせられた、という事になる。


「ちょっとどこぉ、ここー?」


「さぁ、僕にもさっぱりだ……」


「え……?」


 さっきまで自分しかいなかったはずの場所に、朝陽とまひるも現れた。さっきまでの日向とほぼ同じリアクションで、辺りを見回していく内に日向と目が合う。


「あー、禿ちゃんもいるぅー‼︎」


 まひるは突然の出来事に動揺を隠しきれず、日向に会えたおかげで表情が緩んでいくのが分かる。


「よかったよぉ、まひると朝陽くんの二人きりで監禁とかされたのかと思ったから」


「監禁って、こんな目立つ場所でする訳ないでしょ……」


「あはは、だよね……」


 よく見ると、朝陽は身体だけココに来た様だ。

 車椅子から降りていたせいなのか、この場に車椅子は一切見当たらない。


「朝陽くん、まひるの背中に」


 慣れた手つきで朝陽を背負い、自分より背丈のある男子生徒を抱えて立ち上がる。

 まひるはその幼い見た目に反して、男子一人を余裕で抱えて移動出来る力があった。


「これって、もしかして……」


「禿ちゃん?」


「いや、コッチの話だから」


「ぶぅーっ。同じ状況に立たされてるのにそうやって秘密にするの、まひるはダメだと思うなぁー」


 まひるのさっきから度々やっている、あざとくも見える言動に対して苦手意識を強めながらも、この状況をどう説明しようか悩む日向。


「あのですね、まずコレは不思議な夢というか……」


「夢……?」


「夢、というか…… 幻、というか……」


「それってつまりさ、“まひる達は怪物に襲われた”って事なんだよね。禿ちゃん」


 まひるの口から“怪物”という単語が出てきて、日向は突然の出来事に固まってしまう。


「ごめんね。隠してるみたいでタチが悪かったかな」


「じゃっ、じゃあ、まひる先輩も……?」


「うん。禿ちゃんの想像通り、まひるも魔法少女なんだ」


 日向は、とても運が良かった。

 目の前にいる二人、まひると朝陽は魔法少女と主人の関係にある事に。おかげで変に二人を遠ざける必要も無くなってやりやすくなったからだ。


「いやー、それにしても禿ちゃんは幸福だねぇ。まひるの魔法が早速役に立ったみたい」


「魔法って、こう何処かにワープさせるのがですか……?」


「ううん。まひるはね、“幸運を作る魔法”を持ってるんだぁ。こうやって変な事に巻き込まれたけど、お互いが魔法少女だって知る事が出来た。ラッキーでしょぉ?」


「うーん、果たしてこの状況下でお互いが魔法少女だったって知れたのは、ラッキーと言えるのか……」


「なぁ、まひる……」


 朝陽によってまひるは話が逸れた事に気付き、辺りを見回しながら本題に入る。。


「……それよりも、この状況を何とかしないとねぇ。まひるの見た感じだとね、これは幻覚だと思うなぁー」


「そう、なんでしょうか……? 幻覚って、怪物と関係ないように思いますが……」


「あのね禿ちゃん。怪物ってのはねぇ、悪くて黒い感情に味方するんだ。“誰かを呪いたい”とか“憎い人を殺したい”とか、そういう感情に寄り添って生まれてきたのが怪物。感情から生まれるから、使える力もそれに由来してるんだぁ」


「なるほど。つまり幻覚を見せる力に由来する感情を辿るとなると……」


「たとえば恋心とかかぁ、そういう感情が幻覚を作るには打ってつけだと思うなぁ」


 日向にはイマイチ考えが繋がる事が出来なかったが、そういうものなのかと切り替える事にした。


「……ねぇ、何か聞こえないか?」


 朝陽の一言で、日向とまひるは背中を合わせて耳を澄ます。風が通る様な何かの音が、コッチに近付いて来る。


「……水だね」


 日向の視線に、突如として水が流れ込む。

 それも雨漏りとかのレベルではなく、確実に人を呑み込んでしまう規模の水が流れ込んでいく。


「うわっ、もうくるぶしまで⁉︎」


 たった数秒で数センチも水位が上がっていく。ここが何もない通路にも関わらず、日向達を襲う水は少しずつ身体を冷たく包み込んでゆく。


「禿ちゃん、まひるの言うこと聞いて‼︎」


「何するんですか⁉︎」


「今すぐ溺れ死んでッ‼︎」


 そう言えながらまひるは朝陽を手放し、水中に沈める。


「早くして、本当に死にたくないならッ‼︎」


 まひるの真剣な目に圧倒されながらも、日向は恐る恐る水中に身体を沈める。するとまひるから腹部を蹴り込まれ、溜めていた空気を無理矢理吐き出される。


「……ッ⁉︎」


 窒息状態になると同時にまひるも水中へ沈み、一気に口から空気を吐き出す。朝陽は既にピクリとも動かなくなっており、日向もまひるも意識が遠くなっていく。


「……………………」


 幻覚の中で死ぬ。その先が何なのか不安を覚えていくが、目の前でまひるが動かなくなる瞬間を見届ける。

 今度死ぬのは自分だ。

 そう考えようとした途中で、日向の記憶と意識がグニャリグニャリと混ざっていく。


♦︎



 涼に大声で呼ばれた気がする。

 後ろを振り返ると、そこには涼が立ってた。


「やっと起きたか。帰るぞ」


「……え?」


 いつの間にか部活は終わっていて、完全に涼と二人きりになっていた。


「ん……ッ⁉︎」


 さっきまで死にかけていた事を思い出し、とっさに喉を押さえるが、身体は一切濡れてない。


「どうした、日向……?」


「……ううん、何でもない」


 まひるのおかげで助かった。今度会ったらお礼を言おうと心の中で誓う日向。

 しかしそれでも、まひるに対する苦手意識は拭えないままであるのは変わらない。

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