第7話 平和な日

 ある日の夜、日向は浴衣に身を包む。

 神社祭に着ていく、夏のおしゃれとして。


「……よしっ‼︎」


 待ち合わせ場所には、既に暦の姿が。涼もミカと並んで待っており、全員が浴衣姿で非常に魅力的に仕上がっている。


「さて、今夜は年に一度の神社祭なわけだが。いつものペアじゃ味気ないだろうと思ってね。ミカは涼と、ワタシと日向で祭を楽しもう」


「事前に連絡しておいたから、心の準備は出来てる」


「俺がミカさんと一緒ですか。かなり変な感じだな」


「ちょっと涼、ミカさんにバッチリ惚れたら私嫉妬しちゃうからねぇ?」


「惚れるかっ、浴衣姿見ただけで‼︎」


「はいはいそこまで、お喋りしてたら時間無くなっちゃうからね。それよりも学生の青春を、ここで思いっ切り楽しもう‼︎」


「「「おー‼︎」」」


 日向達が住む町の神社祭は、子供達が遊ぶには十分すぎる規模の大きさで夜遊びにもピッタリである。


「暦さんっ、射撃やりましょうよ‼︎」


「いいねぇ、せっかくだし勝負しよっか。どちらが良い景品を落とせるか」


「オーケー‼︎」


 隣り合って銃を構え、ラムネやオモチャを次々落としていく。日向も暦も大きな景品に賭けて狙いを定めて失敗するやいなや、諦めて無難な景品を落とし続けた結果引き分けになる。


「はぁー、やっぱり大きい景品をコルク一個で落とすのは無理だったかぁー」


「……そもそも大きい景品って、たかがコルク弾一個で落とせる訳ないんじゃ?」


「あははっ、日向は随分ストレートに言うねぇ。あぁいうのは一人で撃ち落とす物じゃないってのは分かってるけどもさ」


「うーん、たとえば涼とミカさんを呼んで四人で一斉に大きい景品を狙えば、落とせたり出来たのかな?」


「それは、やってみないと分からないね。でもワタシ達素人がやるにはお金がねぇ……」


「うっ、羨ましいお金持ち……」


 景品のラムネを片手に、今度は暦が千本くじに挑む。ゲーム機やオモチャの銃から、コンビニで買える物まであらゆる景品を紐で縛って、それを一本引っ張り上げるという、ほぼ運任せの店。


「うわぁ、メガネかぁ」


 暦が引き当てたのは、やたらとカラフルなメガネ。

 しかも、よく見てみると伊達メガネで暦でも掛けられる物だったが、この主張の激しい色のせいで浮いてしまいそうな予感がしてならない。


「ねぇ日向、どうかな?」


「うわぁー、なんか変ですね。暦さんには似合わないですよコレ」


「……………………」


 いくら伊達メガネとはいえ、かなり人を選ぶデザインなのが気に入らなかった暦はメガネを袋にしまい、食べ物屋台へ向かう。


「うわぁー、焼きそばって五百円するんだぁ。私屋台で食べる焼きそば好きなのに」


「まぁ店側の事情を察しておこうよ。おじさんっ、焼きそば二つお願いします‼︎」


 付近の飲食スペースで大人達が酒を呑みながら談笑する中で、少女二人が追加で買ったジュースを片手に食事する。

 本当は耳を塞ぎたくなる程の大声なはずなのに、この日だけは何故か、夏の風物詩として楽しめている自分がここにあった。


「ねぇ日向、最近どう?」


「どうって、何がですか?」


「その、境入君とは進展あったのかなってね」


「進展って、まだキスしたくらいですよ。急にどうしたんですか、暦さんが恋バナなんて」


「ワタシだって恋愛に興味あるんだってば。それで、本当にキスだけなんだ?」


「ホントにそれだけですって。暦さんこそ、ミカさんとはどうなんですか?」


「ワタシとミカにはもう、切っても切れない絆で結ばれているんだよ」


「うわ、ごまかした‼︎」


「冗談だって、本当はキスもしてない。ヒーローたるもの、たった一人に執着するのはどうかと思ってね。まぁ言うなれば、友達以上恋人未満ってところだね」


「……それにしても、どうして急に恋バナを?」


「……………………」


 暦は日向の目を見つめたまま、黙り込む。

 今心の中で考えている事を正直に打ち明けるべきか、迷った末に口を開く。


「あのさ日向。ワタシが境入君と日向を助けた時の事は、まだ覚えているよね?」


「もちろん覚えてますけど、それが?」


「……あの時、境入君は怪物に襲われてたはずなんだ。それから何か彼に異常があったりしないかな?」


 異常。

 そんなの、ない訳がない。


「別にないならないで、良いんだけど」


「……ううん、特に」


「そっか。なら話はコレでおしまいだね。じゃあそろそろミカ達と合流しよっか」



 あらかじめ決めていた合流地点には、既に涼とミカが待っていた。景品を沢山持つ日向達とは違い、手ぶらで帰りを待っている。


「二人とも早いねぇ。何やってたのかな?」


「涼と一緒に、型抜きして遊んでた。どっちが大金を稼げるか競ってた」


「それで、涼はミカさんに勝てたの?」


「あぁ日向、佐伯先輩の驚異的な集中力の前には誰も勝てないぞ…… 俺は六回もやって失敗して、千円以上の赤字になった一方で、佐伯先輩は二万円のムズイ型抜きを一発で成功させた‼︎」


「暦は力を入れすぎ。いくら簡単な物でも力加減が下手じゃ何も出来ない」


「くぅー、俺の財布が空になりそうだ……」


「このお金は私のもの」


「そこまで性格腐ってないですって‼︎」


「さっ、そろそろ時間も遅いし帰ろうとしますか。それじゃあ涼くん、日向、また来週の月曜に‼︎」


 目一杯遊んで疲れ、今日はこの辺りで別れて後日このメンバーで集まる事を約束した。

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