第5話 私のヒーロー
これは、まだ誰も魔法少女ではない頃のお話。
炎に包まれ倒壊する建物の中で、ボロ雑巾のようになりながら幼い少女──宇島暦は消防隊員の腕にやさしく包まれている。
(……待って‼︎ まだ、まだッ‼︎)
朦朧とする意識の中で、少女は残されたパパの事を何度も思い続ける。
ずっと、気を失うまで思い続け──
「……すまなかった。あの場で、私の判断で、君のお父様を、私達は助けられなかった……ッ‼︎」
次に目が覚めた時、目に飛び込んできたのは命を選別した男の謝罪と、泣き崩れる母親の姿だった。
包帯でぐるぐる巻きにされ、身体のあちこちが痛い。そんな中で初めて見た病院の天井を眺めながら、何も分からない暦が
(……この人が、ごめんなさいって言うこと無いのに。強い人が、弱い人を助けるのって…… それって…… ヒーローなのに……)
……彼の強さだった。
◆
──切っ掛け一つで、世界は変わるお話。
これは、宇島暦と佐伯ミカが日向と涼に出会うちょっと前のお話。
それは単純に言えば『いじめ』が原因だった。それもたまたま偶然、運動部からの助っ人を頼まれた後の校舎裏で暦とミカが目撃しただけ。
校舎裏で男女数名のグループが明らかに弱そうな男子生徒を取り囲み、脅迫じみた態度で財布からお金を引き出させている。暦の正義感は『それ』を断じて許せず、彼女の身体を動かしていた。
「何をやってるんですか‼︎」
すぐ横にいた幼馴染の制止を軽く振り切り、暦は毅然とした態度でその問題に首を突っ込んだ。
「中学生にもなって、まだそんなセコい真似しか出来ないのかキミ達は‼︎」
いかにも細くて力が弱そうに見えるたった一人の男子生徒を、男子複数人が取り囲む。
「あぁん、うるせぇよッ‼︎」
口論が暴力に変わるまで、時間はそれほどかからなかった。バツが悪くなったグループのリーダーは暦達を軽く突き飛ばし、居心地悪そうにその場から立ち去った。
「……暦、大丈夫?」
「ちょっと擦りむいたけど、ワタシは大丈夫」
「フフフ、まるで私を助けてくれたあの時みたいな感じだった」
暦とミカは、突き飛ばされたことよりも「これくらいで済んで良かった」と安堵し合った。
「──何が良かったんだよ‼︎」
いじめられていた男子生徒が、大事に至らなかった事に和んでいた場で唯一悲痛な叫び声を上げた。
「……え?」
暦の疑問を置き去りに、男子学生の口がまた動く。
「お、お前ら‼︎ お前らのせいだぁ‼︎ アイツら、アイツらに、はやくお金を渡さないと…… オレは…… お、オレはぁッ‼︎」
「ちょっ、どうしたの!? いったん落ち着いて‼︎ ミカがちゃんとさっきの現場をスマホで撮ってくれたからさ‼︎ だから後で先生にちゃんと言いに行けば──」
どうも様子のおかしい男子生徒を一旦落ち着かせようと、暦はなだめる為に手を伸ばす。
「ああああああああああああッ‼︎」
その手を、男子生徒はけたたましい奇声と上げると共に拒否する。暦とミカはこれまでにない異様なモノを見てしまったという実感が全身に走った。
「あアあアあああアイツらぁ‼︎ 絶対に許して、ユルシテ、ぐれないいいぃイイ‼︎」
暦とミカの前で、男子生徒はそうやって悲鳴、奇声、絶叫を上げた。それはまるでストレスに耐えきれず発狂したようにも見えた。
「なっ……⁉︎」
暦は、信じられない光景に思わず声を漏らす。
男子生徒の身体がドス黒い煙に包まれた後に、繭を破るようにそこから出てきて、もはや人ではない何かへと変わっていた。
「アイツらを…… 殺さなきゃ……」
その体型は、元の身体の細さを全く連想させない程に見事にかけ離れ、岩のように筋肉が膨れ上がり、更には体表の至るところから出刃包丁のように、鋭くキレイな棘が逆立つ。
極め付きに、腰から背後に向かって密林の
「ば、化け物……」
ミカがそう呟くと同時に、暦も同じ事を思った。
ただ、それ以上は何も出来なかった。暦は突然現れた常識外れで非現実的存在を目前にして、指先一つ動かす事すら出来なかった。
(……本能が『動いたら殺される』って言ってる。目の前のコイツは明らかに『強い』ッ‼︎)
「ガアアアアアアアアアアッ‼︎ 殺すッ‼︎ 殺すッ‼︎ ぶっ殺おおおおおおおおすッ‼︎」
その『化け物』はその場から跳躍すると、あっという間に四階建て校舎を乗り越え、暦とミカの目の前から消えてしまう。
「……ンはぁっ」
暦はそこで、自分が呼吸すら忘れていたことを思い出した。
「……はっ、はぁっ⁉︎」
止まっていた呼吸は、気道をこじ開けて酸素を肺へ送る。しかしそれが何故か上手く噛み合わず、呼吸リズムをあまり思い出せずにいる。
「暦‼︎ 落ち着いて、落ち着いて……‼︎」
ずっと横にいるミカが、暦の頭を自分の胸に押し付けるように抱きしめる。
「けっ、けいさつに、れんらくして……」
震える指で──。暦は指先が震えている事を、この時初めて自覚した。それは自分よりも『強者』に出会った明確な恐怖だった。
「……ねぇミカ。アイツ、自分を苛めた奴らを“殺す”って言ってたよね」
「そうだね」
恐怖を自覚した時、暦は一つの考えを導き出した。
「……己の復讐に飲み込まれた存在は『命の選別』が出来るほど、正しい存在だとは思えない‼︎」
──切っ掛けは暦のその一言だった。
光があれば必ずどこに陰が生まれるように、何かが前に進むには何かを置き去りにしないといけないように、始まりがあるものには終わりがあるように。
『化け物』が生まれたから、その『ブレスレット』は生まれた。
「あら……」
ミカのどこか他人事な反応が、逆に暦の頭を冷静にさせた。
(……よしっ‼︎)
気が付くと暦は既に立ち上がり、化け物の後を追いかけていた。具体的な場所はまだ分からないが、破壊の音と悲鳴が立派の目印になっていた。
◆
もう使われていない廃工場の空き倉庫へと、その殺戮の跡は続いていた。
「や、やめろ……‼︎」
男女の死体がまるで、星と星を繋げて星座にするように血の線で結ばれていた。
「ドウシテ……? イツモトオンナジダゾ‼︎ ナクホドノコトジャナイッテ‼︎」
その最先端に、1人の男子高校生と1体の化け物がいた。男子高校生は無様に泣きながら失禁する。
「ご、ごめんよぉっ、今までの事は謝る‼︎ 一生かけて償う、神にだって誓う‼︎ もう絶対誰も苛めません‼︎ だから許してくれぇ‼︎」
「アハハハハ‼︎ イツモオマエラハ、ソウイウオレニ、ナニヲシテクレテタッケェ?」
化け物は絶対にその謝罪を受け入れることは無かった。男子高校生の腕を掴むと、そのまま工場の天井を突き破り屋上へと移動した。
「わあああああああああ⁉︎」
動揺する男子高校生に向かって、化け物は言う。
「ミロ‼︎ モウアンナニヤジウマガキテル‼︎」
化け物は、自分を今までさんざん苛めてきた者達を派手に殺した。泣き喚かせ、血と悲鳴を吹き出させた。
それらはまるで撒き餌のように、この工場の周りにいつの間にか大量の野次馬を強く引き付けたのだった。
「ヨカッタナ‼︎ コレデオマエモドウガデビューデキルンダ‼︎ イマカラ『殺されるお前の動画』ガナ‼︎」
「うわああああああっ‼︎」
化け物はその鋭い爪を、男子高校生に振り下ろそうとしたその瞬間────
「何をやってるんですか‼︎」
突如背後から投げ付けられた石ころが、化け物の動きを見事止めた。同時に男子高校生はあまりの極限の恐怖を前に気絶する。
「キサマァ、ダレダアアアアアアアア‼︎ オレノジャマヲスルヤツハ‼︎ ダレデアロウトブチ殺オオオオオオオオオオオオス‼︎」
興が削がれた化け物は、ゆっくり振り向きながらそう吠える。ソイツの怒声に反応して野次馬達の好奇的視線とスマホやカメラのレンズも、その方向へ向いていく。
「ワタシは……」
一度言いかけた言葉を飲み込み、正義のヒーローらしい振る舞いと共に言い直す。
「ワタシは……‼︎」
その場で勇ましく構える暦は、恐ろしい『化け物』を曇りなき真っ直ぐな目で見つめ、毅然とした態度で高らかに言い放つ。
「──正義の味方だ‼︎」
暦はブレスレットの巻かれた腕を天高く掲げた。紅く光る夕日に照らされ、ブレスレットは輝く。
発せられた虹色の輝きが、暦の身体を包み込む。
「ガゥッ‼︎ ナンダコノヒカリハ⁉︎」
純白の光がヴェールとなり、それが彼女の武装に──その身を着飾る服となる。
それはアイドル衣装のような、穢れを知らない清純さとどこまでも突き抜けていく派手さが織り合わさった
「アナタに一つ、教えてあげます。『命の選別』とは、復讐心で行われてはいけないということをッ‼︎」
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