第4話 豚人間
「境入くん。最近街に豚人間が頻繁に出現するようになったみたい」
「豚、人間……」
昼休みにミカから涼に視聴覚室へ呼び出し、二人きりの話をする。要約すると、周辺で豚みたいな見た目の人間もとい怪物が食べ物を食い荒らすという被害が出てるとのこと。
「私と暦も見かけたら退治しに向かってるけど、なかなか駆除出来てない。もし見かけたら退治しておいて。だいぶ弱ってるから、あなた達でも倒せると思う」
「わかり、ました……」
暦でやっと瀕死になる豚人間。それは一体どんな奴なのかと考えながら視聴覚室を出て歩いていると、日向が緊張した様子で近寄って来る。
「ねぇ、涼……」
涼に対してオドオドしながらも周りに人がいないのを何度も確認してから、日向はゆっくりと口を開く。
「私にあんな事して、楽しい?」
「あんな事って?」
「……この前のアレに決まってるでしょ。私のこと何度も殴っておいて、何も感じないワケ?」
「オイ待てよ。あそこまでやっといて何も感じない訳がないだろ。あの時は何というか、その……」
涼も周りをチラ見しながら、また口を開く。
「痛みに苦しむ日向を見て、興奮したっていうか……」
「何ソレ、意味わかんない。私もうこんなのイヤだから魔法少女やめるね」
そう言い残して立ち去ろうとした途端、突如として強烈な電気が日向の身体中を駆け巡っていき、その衝撃に耐えきれずその場でへたり、失禁する。
「……ッ‼︎」
涼の前で恥ずかしい格好を晒す日向に、思わず唾を飲み込む。だらしない姿をバッチリ見られて涙目になりながら赤面する姿、スカートの中から溢れ出るオアシス、それら全てが魅力的に映ってしまう。
「見ないで……」
「と、言われても……」
涼にとって、日向に気を遣って目を逸らしてあげる事よりも、この姿を目に焼き付けた方が得だった。
「どうやら、日向は魔法少女をやるしかないようだな」
日向には、魔法少女をやめる権利がない。
これからも涼からのごほうびを貰いながら、怪物退治をしなければならない。
すごく理不尽でどうしようもない事だが、それが日向に課せられた役目なのだ。
「それじゃあ、怪物に出会ったらよろしくな」
そう言いながら汚れた床を綺麗に拭く涼の姿を見て、今は従うしかないと悟る。
「……………………」
日向は考える。
涼を直接殺さずに殺す方法を。
日向は、涼がしている事に対して逃れられない。主である涼からのごほうびとして貰う以上、決して拒否する事が出来ない。
ならばと、いっそのこと涼を手にかける事を考える。
「……ダメ、これじゃ人殺しになる」
いくら憎い相手でも、出来れば人殺しはしたくない。日向の人間としての理性が、ちゃんとマトモに働いている証拠でもある。
だがいくら考えても、他の方法が一切思い付かない。日向が涼を殺すには、ほぼ不可能に近い。
「今は耐えなきゃ」
涼との関係をキレイサッパリ断つためには、涼からのごほうびに耐え続ける。そうすればいつかきっと、チャンスは必ず訪れる。
そのチャンスが訪れるまで、もう少しの辛抱だ。
◆
その日の夕方、涼は一人でコンビニに来ていた。そこに大した理由はなく、お菓子を買いに来ただけ。
お風呂上がりに食べるアイスもついででカゴに入れてる最中、コンビニへ何か変な物体が入って来た。
「ん……?」
その物体は人間としては異常に太っており、赤子のように這いつくばって動く奇妙な見た目。
涼はコイツが豚人間なんだなと、すぐに理解した。
「おいおいマジかよ……‼︎」
しかし豚人間は人間よりも商品へ歩み寄り、袋をかじって無理矢理に破いていく。
「暦先輩に電話するべきか?」
涼は日向とテレパシーで会話出来る。しかし暦とはテレパシーが出来ない。
暦を呼ぶか、日向を選ぶか。そして涼はほんの少しだけ迷うも日向を選ぶ。
『日向ッ、コンビニで怪物が出てるんだけど……‼︎』
『……そう』
『おいウソだろ、見殺しにする気か⁉︎』
『違うって、今お風呂上がったばかりだからすぐ転移出来ないんだってば‼︎』
『早く来いよ、じゃなきゃ分かってるよな?』
『……わかってる』
日向が来るまでの間、涼は豚人間を瀕死にする方法を考える。魔法少女とは違って身体能力に圧倒的な差はあるものの、時間稼ぎくらいなら可能だろう。
「さて、と」
涼が堂々と近寄っても、豚人間は食事をやめない。よく見ると身体のアチコチに擦り傷やアザの跡が。
「これ、暦先輩がやったのか……」
手足にも脂肪が乗ってて、物理で殴るのは一苦労しそうな体型。足払いをするとして、もしサッカー選手でも無理なのではと思えてくる。
「だったら、俺だって‼︎」
たとえ身体が脂肪まみれだとしても、頭部に脂肪は溜まらない。そこを突いて思いっきり殴りつけると見事な手応えを感じる。
「ブワァー‼︎」
いきなり殴られたことで怒り、突然走り出して距離をとる豚人間。涼が再び距離を詰めると反撃に出るどころか、また食事をとり始める。
「どんだけ食べるんだよ……」
無尽蔵の胃袋を待っているのか、少なくとも五分は食べ続けている。そこへ日向が転移魔法で合流してきた。
「涼、ソイツが敵なんだね?」
「あぁ。しかもあの体型だから、殴っても大したダメージになんねぇ。たぶん日向の拳でも無理じゃないか?」
「大丈夫だって。ちゃんと武器を待って来たから」
日向の手には、腰までのサイズがある斧。
「これで首チョンパしたら、イケると思う」
日向は豚人間の首にしっかり狙いを定めて振り上げ、斧を一気に振り下ろす。すると思ってたよりも簡単に刃が肉を通って
「うぉっ、血が……‼︎」
「もういっちょ‼︎」
ふたたび斧を振り下ろすと首がついに切断され、切り口から血が中途半端に閉めた水道のように流れ出る。
「倒せたか……」
その場で一緒に倒れ込み、ホッと一息つく。
「ありがとう日向、助かったよ」
「助けなきゃいけないんだってば……」
「そうだった。もし俺が怪物に殺されたら日向も死ぬ。そりゃ日向からしたら、迷惑極まりないルールだわ」
「それでさ、涼。言いたいことが──」
「よぉし日向ぁ。助けてくれたお礼に感謝のごほうび、あげなきゃな」
その一言で、日向の表情が一瞬で青ざめていく。
「お願いだから涼、痛いのだけはやめてッ‼︎」
「日向……?」
「涼は私が魔法少女だから何とも思ってないかもしれないんだけどさ、私だって殴られたら痛いのッ‼︎ そりゃごほうびのつもりだろうけど、コッチからしたら拷問なの、わかるッ⁉︎」
「……そっか」
「じゃあ……‼︎」
「なら日向、こうしようか」
涼は棚から適当に商品をカゴに入れ、それらを潰したり混ぜたりして日向の前で無造作に置き、そこへさらにミネラルウォーターのボトル一本と、牛乳パック一本をまるまる振りかける。
「これを吐かずに完食したら、考えてやる」
「……吐かなきゃ良いんだよね?」
「嘘は吐かないよ。それと言い忘れてた事がひとつ」
「何さ?」
「手とか使わず口で食えよ。さっきの豚人間みたいに、だらしなくな」
日向はツバを飲み込みながら、でたらめな料理に顔を近付ける。菓子パンやチョコ菓子に、すり潰された果実などを雑に練り込み、そこへミネラルウォーターと牛乳が染みるように入り込む。
「はぁぅ……ッ」
四つん這いになって、食べ物を口に入れる。
「んン……ッ‼︎」
甘かったり酸っぱかったり。柔らかい食感も固い食感も何もかもが混ざり合ったことで、たくさんの味が日向の舌の上で渦を巻いていく。
「ふっ、くぅ……ッ‼︎」
喉に倒したくない気持ちをスゥッと押し殺し、一気に飲み込む。そのまま間髪入れず次の一口を入れていき、再び飲み込んでいく。
「ふぅーん……」
涼からの妨害はない。そういうところで真面目ぶってる様子にイラつきながらも、最後の一口を飲み込む。
「ハァ、ハァ、ハァ……‼︎」
日向は自分の喉を優しく触り、慰める。そこへ涼が近寄って頭を撫でる。
「意外だったよ。俺的にはゲテモノにしたつもりだったんだけどなぁ」
「ね、ねぇ、もう良いでしょ?」
「じゃあソレ、綺麗にしたらね」
そう言って涼は床を指差す。そこを見た日向の表情は生気がみるみる無くなっていく。
「……ほら、舐めて?」
再び床に顔を近付ける。パッと見た感じは、床に水と牛乳がこぼれただけに見える。
しかしここはコンビニの床。不特定多数の人間の靴裏に付いていた石やゴミ、さらには掃除で使ったであろうバケツの水などで限界まで汚れている。
「んーーーー‼︎」
やがて呼吸が乱れる。しかしこれを舐めないと涼からのごほうびが優しくならない。だけど全く知らない人が作った汚れを舐めとるなんて、出来っこない。
「ん、ふぅ……ッ‼︎」
しかし日向は涼との関係を壊す為にも覚悟を決めて、床をそっと舐め始める。
(ピチャ、ピチャ……)
口の中に小石が入り込み、吐き出したくなる。しかし涼に何をされるか分からない恐怖を考えると、それも飲み込むしかなくなる。
見落としがないよう念入りに舐めとって、ようやくの思いで綺麗にした床を見て、思わず泣きそうになる。
「……ねぇ、コレで良いでしょ?」
「ふーん。まぁ一応はね」
何とかこほうびに耐え、豚人間から浴びた返り血が消えていく。身体に染みていく臭いが消えると同時に、日向は涼の首を掴みかかる。
「くっ……‼︎」
「……ッ⁉︎」
しかし、同時に見えない力が日向の首を締め付ける。力を込めれば込める程に、その力は強まっていく一方。
「……ごほっ、ごほっ‼︎」
「……やっぱり逆らえないようだね」
魔法少女は、授かった力を悪用出来ない。
たとえ主人が悪に近い人間だろうと、殺す事は許されない。
「それじゃ、また明日から頑張ってな」
そう言って涼は、日向を置いてコンビニを後にする。一方でその場に残された日向は、胃から込み上がる感覚に耐えながら自宅へ転移する。
◆
「こほっ、かはっ……‼︎」
自宅の台所で、必死に食べたものを吐き出す。
しかしいくら吐き続けても、料理とは全く言えないものを食べてしまった事実による不快感も一緒に吐き出せるわけもなく、モヤモヤした気持ちが拭えない。
「……最悪」
しばらく排水溝とにらめっこをしていたが、もちろんそんな事で気が楽になれたらどれだけ良かったのかと、ひたすらに虚無な時間を過ごすしかなかった。
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