第3話 狂っている愛情
「女子達も集まれー、ドッジボールしようぜー‼︎」
小学校のお昼休み。
まだまだ下級生のクラスの男子達が大声で遊びのメンバーを募る。
「日向、一緒に参加しようよ」
日向は聞き馴染みのある顔と声に呼ばれて、読んでいた本を閉じてハッと顔を上げた。
「……ドッジボール、行こうぜ?」
目の前にいる同い年の少年──境入涼に連れられて、日向は特にこれといって好きなわけではない遊びに参加することになった。
「涼くん……」
それでも自分の意思を変えたのは、気が付けば隣にいる勉強も運動も出来る存在をいつの間にか好きになってしまっていたからである。
「──よしっ、チーム分けすんぞ‼︎」
──ドッジボール。
お互いの陣地内でボールを投げ合い、相手にぶつけて楽しむ子供達ならではのスポーツ。
「あっ……」
小さな手と手が出し合ったグーとパーは、日向と涼が敵同士になることの証だった。
「ごめん日向っ、今日は敵同士だな‼︎」
「え、あ、全然良いよ涼くん‼︎」
半分に別れた人数が、それぞれの陣地内に移動する。
「なあみんな、首より上は当たってもセーフで、女子はハンデとして1人2回当たるまでセーフにしないか?」
涼が敵陣地でそう言う。
男子からは文句が上がるが、最終的に両軍の女子が賛成しそのルールが適応された。
「優しいね、涼くん‼︎」
同じチームの女子が、日向に笑いかける。
日向は困ったようにあははと笑った。
そして──。
「……あ、あれ?」
不思議なことに、いつの間にか校庭には、自分と涼以外の誰もいなくなっていた。
「えっ、み、みんなは⁉︎」
敵の陣地に1人で立つ涼は、その手にボールを握っていた。
「さぁ。でも、ドッジボールは始まってるぜ?」
「……え?」
バコンっと、空気で膨らんだゴム製のボールが勢い良く日向の頭に当たる音が鳴る。
「へ、りょ、涼?」
痛いという程ではないが、当てられた振動でぐにゃりと一瞬平衡感覚は失われる──イヤな気分になる。
「ごめんな。首より上はセーフだったわ」
日向が、ルールを思い出した時、ボールは既に涼の陣地へとコロコロ転がっていた。
「次は当てるぞぉ……」
涼が引き釣ったようにニカッと笑う。
その笑顔に恐怖を覚えた日向は、陣地から出ようとしたが──。
「な、なんで……」
外野への線を越えようとすると、何故か身体はそれより先へは行かない。
「オラァッ‼︎」
「ぎゃっ‼︎」
先ほどより数倍は早い球が、服越しに日向の脇腹に当たった。
死なない。痛くはない。しかし「当てられた」という本能的な恐怖の痛みと、破裂音の衝撃で、日向は心にダメージを負う。
「……女子は、2回当てられないとアウトにはならないからな」
またしても日向はボールを追いかけ忘れ、そのボールは涼の手元にまるで吸い寄せられるかのように戻っていく。
「りょ、涼。や、やめて。痛いの……」
早くこの時間が終わって欲しい。そう思い、日向は涙を堪えて涼に訴えた。
いつもの優しい涼に戻ってくれると信じて。
「痛いわけねぇだろ。ただのボールなんだから」
その願いが届くことは無かった。
日向の顔面にボールが当たる。
「これはセーフだから。次」
日向の頭にボールが当たる。
「次はちゃんと胴体狙うから」
胴体に来るならと、せめてもの思いでボールを取ろうとした日向の予想を裏切り、そのボールは女の子の顔面を三度捉えた。
「……あ」
鼻の内部の筋が切れた感覚がした。
トロリと、鼻水とは違う感覚の、とてもヌルっとした液体が伝い落ちてくる感じがした。
「は、鼻血……」
腰が抜けて、その場にへたりこんでしまう。
「日向、血が出てるじゃん。大丈夫か?」
そう言う涼は、言葉とは裏腹にその表情はどこか
「次、次で絶対終わりにするからな」
もう立ち上がれない日向を見下すかのように、涼は両手でがっちりとボールを鷲掴みにし、斧を振り下ろすかのように腕をぐんと伸ばして日向を射程に捉えた。
「やめて……」
日向は力を込めて叫ぶ。
「やめて涼ッ‼︎」
そんな訴えなど聞いてないかのように、鼻息を荒くして涼はボールを振り下ろした。
日向はぎゅっと目をつむり、身体を硬直させてしまう。
「……え?」
しかしいつまで経っても、痛みや音はやってこない。
このまま目を開けようか迷っていた時──。
「女の子がッ、やめてって言ってるんですよッ‼︎」
どこかで聞いたことのある声がした。一体どこだろうと記憶を辿るが、自分はもう既に小学生ではないことに気が付く。
……そうだ。
私、私は……
「魔法少女になって……」
瞳を開けると同時に、光が射し込む。
そして日向は──。
──スマホのアラーム音で、目を覚ました。
「……最悪」
日向はさっきまでの光景が夢だったと気が付き、開口一番で愚痴を溢した。
小学生になっていた夢。
涼にボールをぶつけられる夢。
それでも確かに、最初にいた涼だけは小学生の頃からよく知る心の優しい青年で、自分の事を引っ張ってくれた男の子であったことだけは間違いの無い夢だった。
「日向ー、早くご飯食べちゃいなさい‼︎」
「分かってるよ、お母さーん……」
身支度を整える最中、母親の声が部屋の外から聞こえてきて、それだけでちょっとだけ「学校に行きたくないな……」という思いが過る。
姿見に映る自分の身体には何もない。何の痕も無い。
(……涼に、あんなに殴られたのに)
魔法少女の特性による肉体の回復で、涼の加害の痕は綺麗さっぱり消えている。
「これじゃあまるで、証拠隠滅でしょ……」
なんと訴えれば良いのか?
証拠も無いのに「暴力を振るわれました」と、なんと説明すれば良いのか?
魔法少女になって、みんなを私は守っててと説明して誰が理解してくれるのか?
「いやぁねぇ、物騒な事件が起きて……」
「……だね」
昨日のショッピングモールでの大虐殺と戦闘は、何故かショッピングモールの手抜き工事が招いた倒壊事故として朝のニュースで放送されていた。
「日向はこんなことに巻き込まれないでね」
私が今、不用意に声をあげたら、優しく笑う母親はなんて言うだろうか?
「だ、大丈夫だって。こんな大事件とかには流石に巻き込まるわけないって。心配しすぎだって」
日向は、笑うしかなかった。
「そうだ。お母さん今夜は残業で遅くなるから──」
他愛の無い会話をしつつ、日向は玄関の扉を開ける。
今日もまた1日が始まるんだと思いながら開ける扉はどこか重かった。
「おはよう。日向」
逆光の中で、日向に聞こえてきた声は──。
「あらぁ~、涼くんおはようねぇ~‼︎」
「おはようございます。お母さん」
昨日までは普通に見えていた──境入涼である。
「お、お母さんっ‼︎」
「うわっ。どうしたの急に?」
さっきまでの意思は揺らぎ、日向は震えるネコのように母の方へと振り返る。
「わ、忘れ物、し、しちゃったから、ちょっと部屋に取りに行くね」
「そ、そう。ごめんね涼くん先に行ってて貰える?」
「いえいえ大丈夫です──」
涼の事を、母親に言っても無駄だ。日向はそう思った。部屋に戻り、1度深く深呼吸をする。
──サディスト。
それが涼という男の本性なのだ。
そう確信した。
何故なら、鞄の中にあるブレスレットから脳に直接入ってきたのだから。悪びれる様子もなく、涼という男は自分を見るなり──。
──今日は、魔法少女に変身してくれるか?
と、そう伝えてきたのだ。
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