第2話 心の解放

 次の日、いつも通り学校に来た日向を待っていたのは、案の定昨日の出来事に関した噂話だった。


「飛び降りだって……」


「教室から……」


 明らかに昨日見た光景と食い違う情報。つまり魔法少女に関する情報は、一般人から完全に遮断されているという事になる。


「私達の秘密ってワケだね、涼」


「そうなるな」


 周りに聞こえないよう、ヒソヒソ声で話す日向と涼。あの出来事を知ってるのは、他に暦とミカを含めた四人だけ。

 魔法少女とは影で戦う秘密の戦士の事なんだと、日向は密かに思う。


「あ、そうだ涼。昼休みに二人きりなれる?」


「あぁなれる。昨日の続きだろ?」


「うん、じゃあまた今度」


 それから昼休みの時間になり、涼は日向と体育館で落ち合う。ここなら周りの声に紛れて会話出来るから何かと便利だと、日向は考える。


「それで昨日の続きなんだけどさ、涼は昨日の事をちゃんと覚えてるよね?」


「えっと確か、俺達の前でいつもからかってるヤツが得体の知れない怪物に襲われて死んで、それから俺も襲われて……」


「うん、それで十分。そっからは私が話すから」


 日向は別の魔法少女とパートナーがこの学校に通っていて、その正体が宇島暦と佐伯ミカである事を伝えた。


「宇島と佐伯って、聞いた事ないな。まさか上級生なんじゃないか?」


「あー、ソレあり得るかも」


「それよりも、このブレスレットって本当に日向と一緒なんだよな?」


 そう言って涼はブレスレットを腕に通す。


「……ッ⁉︎」


 すると日向と涼の脳内へ、魔法少女に関する情報が無理矢理入り込んでいく感覚が。


「俺が主人で、日向が魔法少女……」


「私が、涼のパートナー……」


 真っ先に頭へ流れてきたのは、互いが主従関係になったという事実。そして何も出来ない主人は、パートナーである魔法少女に戦闘後はごほうびを与える事が役割である。


「そっかなるほどな、だいたい分かった。けど日向はそれで良いのか?」


「別にいいよ、涼なら」


「お、おう……」


 日向に、あんな事も出来る。

 いくらごほうびの名目で手を出すとはいえ、そんな事も出来るのかと内心興奮する涼。


「んじゃ、私先戻るから」


 日向は早足で体育館から立ち去って行った。一方で残された涼は、湧き上がる興奮で周りの声が耳に入らなくなる程にまで日向の事で頭がいっぱいになる。



 放課後、今日も日向と涼が一緒に帰ろうと準備してる最中に暦とミカの姿を見かけた。日向から話しかけようとしたら向こうもコッチに気付いてくれる。


「その様子だと、情報を貰ってるみたいだね。それじゃ早速行こうか」


「えっ、もうですか?」


「ショッピングモールで怪物の出現情報がある。走れば三十分だけど、変身したら転移できる」


「ショッピングモールって、どうして分か──」


 ここで日向は朝からブレスレットを装着してない事に気付く。コレが無いと魔法少女に関する情報が入ってこない事を、たった今思い出した。


「さぁ、変身しに行くよ」


 暦とミカ、日向と涼で人気の無い場所へ向かう。誰かに見られてないかを確認してから暦と日向は魔法少女に変身する。


「すご……」


 涼の前に、二人の魔法少女がいる。

 コスプレとは明らかに違う衣装に見惚れていると、日向が顔を赤くしながら視線をそらす。


「行くよー、テレポート‼︎」


 一瞬の眩い光に目をくらませていると、既にショッピングモールの入口に立っていた。暦とミカは日向達が転移した事に驚く余裕も与えず現場に突入していく。


「ひどいな……」


 所々に血塗れの遺体が倒れている。その身体を凝視すると、一部が強い力で潰されたような痕が。

 しかし肝心の怪物は、何処を見渡してもさっぱり見当たらない。果たして建物から離れているのか物陰に潜んでいるのか、十分に警戒しながら前に出る。


「暦、見つけた」


 ミカが指差す先に、明らかに人ではない何者かの姿があった。その怪物も暦達の姿をしっかり捉えており、微動だにせず見つめ返している。


「何だか、牛の首みたい……」


「牛?」


 その怪物は首から上が牛、それ以外は人間という奇妙で不気味な見た目。身体つきは筋肉質だが、漫画的というよりは現実的な肉付きをしている。


「日向、準備出来てる?」


「もちろんです」


 暦の合図に合わせて突撃し、怪物との距離を縮める。一気に怪物へ迫ると同時に、腰を深く落として拳を素早く突き上げる。

 すると怪物に拳が入り数メートルだけ吹き飛ぶ。立ち上がったところをすかさず追撃に向かうが、怪物はさっきの攻撃で何か分かったのか、二人同時に迫って来たうちの日向に視線を向ける。


「えっ⁉︎」


 いきなり日向の腕を掴んできた。振り払おうと抵抗した途端、明らかに人間じゃない腕力で握られてる事に気付く。

 腕が動かない。まるで大木の枝みたいな頑丈さでビクともせず、暦の助けさえも無駄に終わるほど。


「ブゥモォー‼︎」


 怪物が別の腕で日向の腹を殴る。拳は背骨にまで食い込み、その衝撃で胃液が喉元まで押し寄せる。


「日向ッ‼︎」


 暦は怪物の膝裏にローキックで姿勢を崩し、その隙に日向を救出していく。しかしさっきの拳をマトモに受けたせいで呼吸が正常に出来ておらず、何度も吐きそうになっている。


「ミカ、日向を頼む」


「わかった。気を付けて」


 暦は怪物のもとへ歩く。近付いていく程に、どう倒すのかで頭がいっぱいになる。


「……………………」


 暦が構えると、怪物も構える。


「ふぅッ……‼︎」


 一気に終わらせようと仕掛ける暦。低い位置からのボディブローを決めるも、大したダメージにはならない。続けてもう一発打ち込むが効いてる様子はない。


「コイツ、硬過ぎる……‼︎」


 何度も攻撃していく内に怪物に疲労が見えてきたが、それよりも暦の疲労が上回る。これ以上戦闘が長引くと主まとめて全滅してもおかしくない。


「……ミカ、さん」


「もう呼吸出来るようになったの?」


「はい何とか。それとあの怪物、もしかしたら動きを封じる事が出来るかもしれません」


「なら、何処に行けばいい?」


「まず、あそこに」


 一方で暦は怪物からの攻撃を避けながら、ふと目に入ったミカ達が向かう先を見つめる。それを確認してから立ち回りを変えて回避に徹する。

 少しでも体力を回復させる為、トドメを刺す力を温存する為にも、ひたすら回避していく。


「暦さんッ、怪物を動けない様にしてください‼︎」


 日向の指示通りに怪物の身体をガッチリ掴み、必死に抑え込む。


「ミカさん、涼、行くよッ‼︎」


 日向の合図で、三人が一斉に何かを運びながら怪物に迫っていく。


「それってもしかして、買い物カート⁉︎」


 出入口に設置されている買い物カートの列をまとめて待ち運んでいき、怪物の周りを大きく囲っていく。それによって“コの字”の壁が作られ、退路を塞ぐ。


「動物っていうのは興奮しない限り、障害物を無理に越えようとしない。だからこうして買い物カートで即席の障害物を作っちゃえば、怪物は必然的に逃げ場を限定されるんです‼︎」


「でもさぁ、もうコイツ十分興奮して──」


 暦の制止を振り切って、日向達に突進する怪物。


「ヤバッ⁉︎」


「そう来るのも、対策済み」


 ミカがカバンから取り出したのは、折りたたみ傘。


「開くよ」


 ボタンを押して傘を開くと、怪物は飛び跳ねてUターンしていく。暦はそんな怪物に強烈な一発をぶちかましてトドメを刺す。


「終わった……」


 怪物は一切動かなくなり、念のために脈を確かめて死亡を確認した。


「よかったぁー、上手くいってー」


「ありがとう日向、ナイスだったよ」


 一息ついたところで、戦闘後に授かるごほうびタイムの話題に入る。


「さてと、ワタシ達はいいとして日向達はっと……」


 そう言いながら暦は涼に近付き、耳元で小さく囁く。


「境入くんだったね。ごほうびの事なんだけど、キミの欲望が日向の魔力に変換されて強くなるんだ。ワタシ達は外で待ってるからキスとかしても良いんだよ?」


「ちょっと、暦先輩……」


「それじゃあワタシ達はこれで失礼するよ」


 それだけ言い残し、本当にミカとその場を離れる暦。残された涼と日向は状況を未だに飲み込めず、お互いに見つめ合う事しかしない。


「ごほうび、やらなきゃいけないんだよな?」


「そう、みたいだね……」


 周りには誰もいない。涼の目の前には、まだ恋人未満の想い人である日向。魔法少女の衣装を身に纏ったことで、コスプレさせている様にも見えて興奮してくる。

 そんな事を意識すればする程、涼の感情は日向へ対する想いに飲み込まれていく感覚を覚えてしまう。


「なぁ、日向……」


「なぁに、涼?」


 このまま想いを告げても、罰は下らないだろう。

 涼は日向にごほうびを与えただけで、悪ノリで嘘告白する訳ではない。少し雰囲気作りが下手なだけの至って健全な告白をするだけ。


「俺、日向のこと……‼︎」


 今なら言える。日向に明かせる。


「ずっと前から……‼︎」


 自分の気持ちを。


「んんッ‼︎」


 あまりにも突然すぎる出来事に、日向は呆気にとられて硬直する。

 涼からの急な行動に理解が追い付かず、状況を一切飲み込めていない。


「殴ってみたかった」


 日向の目には、涼の表情がおかしく見えた。

 今まで見たことのない、悪い意味で本気の目つきで日向のことを見つめる涼の姿が。


「ふぅッ⁉︎」


 涼から腹部を全力で殴られる。大した痛みは無いが、フヨフヨと柔らかい衝撃が、その場で何度も何度も跳ね回るように暴れていき、それがやがて吐き気へと明確に変わっていく。


「なんで、やめ──」


 何度か殴られていくうちに、日向はとうとう耐え切れずに胃液を吐き出す。身構えなしに吐いたから当然ながら衣装は汚れ、二人の足元は黄色の甘酸っぱい水溜りが出来る。


「涼……」


 ようやく殴るのを止めてくれたが、涼の表情はちっとも元に戻っていなかった。むしろ惨たらしい姿になってる日向の姿に興奮してる様子でもある。


「なんでこんな……」


「ごほうびだから」


「えっ……?」


「ごほうびだから」


 この時、日向は察した。

 主である涼には加虐嗜好がある、と。


「まぁ、流石にこれくらいにするか。やり過ぎて死んだら勿体ないし」


 涼からのごほうびとして見なされたのか、さっきまであった水溜りが消えて無くなっていく。そして吐き気や腹部の痛みまで取り除かれていき、さっきまで殴られていた事を忘れてしまいそうな程にキレイさっぱり回復してしまった事が、かえって二人きりの秘密を根深く刻まれていった事実を強調している。


「コレ二人に言ったら、分かるよね?」


「ッ……‼︎」


 殺したい。今すぐ殺したい。


「このぉッ‼︎」


 耐えきれない日向は涼の手首に手を伸ばす。しかし掴みかかって力を込めた途端に手が強く弾かれ、電気が走る感覚に襲われる。


「……どうやら、主には逆らえないみたいだな」


「涼、アンタ……‼︎」


「じゃあこれからもよろしくな、日向」


 ごほうびを終えて外に出ると、ミカが真っ先に駆け寄って来た。


「日向、どうだった?」


 ミカに話そうとするが、涼の目の前で言うことにどうしてもためらってしまう。


「……結構よかった、かな」


 自分の手で終わらせられない地獄。勝っても負けても苦痛が待っているし、涼を殺せない。

 そんな絶望的な日々をこれから過ごすことになるのを想像するだけでも、吐き気がしそうになってきた。

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