魔法少女は壊したい

華永夢倶楽部

第1話 魔法少女の契約

 学校の授業中、隣の席から消しゴムが落ちるのを見かける。彼女はそれを黙って拾い上げ、持ち主の席にそっと置く。


「ねぇねぇ。足元に消しゴム落ちてるよ」


「ホントだ。ありがとう禿かむろさん」


「どういたしまして」


 彼女の名前は、禿日向ひなた。ほんの少しだけ勉強が出来る普通の中学生。


「ちょっと待って、それ重そうだし少し持つよ」


「あ、ありがとう日向さん」


「別に当たり前のことだって、コレくらい」


 困ってる人を見かけたら助けたりしちゃう性格で、校内での人気は凄まじく高い。言わば学校のアイドル的存在とでも言っておくべきか。


「おっ、日向じゃん」


 人助けをしている日向の前に、仲良さげな男子の境入さかいりりょうが歩いてくる。その人を前にして、日向は少し嬉しそうな笑みで駆け寄る。


「今日もヒーローやってるなぁ。さっすが学校のアイドルってところだ」


「まぁね、それが私の性分だから」


 ほんのりと良い感じな二人に、口笛で呼び止める少女が現れた。彼女は涼と日向の関係を陰ながら見守ってるつもりなんだが、隠れる気がないのか堂々と現れる事がほとんどだ。


「ずいぶんとお熱いねぇ。それでまだ付き合ってないとか本当なんですかぁ?」


「もう本当だってばー、涼とは友達だってぇ」


「はいはい、分かってます。でもこれだけは言わせてもらうけど、友達止まりってのも結構ツラいんだからね。今の関係に胡座あぐらなんかかいてたら、別の人に取られるんだから」


「分かってるって、もう……」


 その時、遠くから生徒の悲鳴が響き渡る。その叫び方からして本物の恐怖に出くわした時に上げる声で、さっきまで雑談していた三人に緊張が走る。


「何だ、今の悲鳴?」


「ちょっとタダごとじゃなさそうだねぇ、代わりに見てくるから待ってて」


 そう言って曲がり角を曲がった途端、少女の身体から血が吹き出す。そしてその場に倒れて動かなくなる。


「えっ……?」


 日向も涼も突然すぎる出来事を前に、逃げる事を忘れて死体を見つめる。するとそこへ曲がり角からナニカが現れ、目の前で倒れた死体の頭に取り付こうとする。


「……ッ‼︎」


 ソイツの姿はまるで化け物そのものだった。学校の生徒だった人がゾンビみたいに動き、しかもその生徒の頭はズタズタに破壊され、そのせいで脳みそが剥き出しになって露出し、その脳から何本もの触手が生えたまさにグロテスクな化け物が、倒れた彼女にくっついて何かをしようとする。


「こっ、コイツ……‼︎」


 ふと我に返った涼が、すかさず化け物相手に突撃するもソレを予測してたかの如く反撃に遭う。


「涼ッ‼︎」


 化け物の触手が涼の首に巻き付かれていき、耳から触手を侵入させていく。


「……ッ‼︎」


 このあまりの非日常さに、日向はその場に倒れ込む。既に逃げる気力もなく、目の前で起こる異常な光景をただ見つめる事しか出来ない。

 そのうち今度は自分が狙われる事も、頭の中ではきちんと理解している。しかし身体はもう指一本動かす事すらも出来ない。

 日向は完全に、化け物に見入ってしまった。


「あっ……」


 そして気が付いた時には、すでに目の前にまで化け物が迫っていた。今にも自分に同じ事をしようと触手を伸ばしていく。


「仰向けになってッ‼︎」


 背後からの突然の声に驚きながらも仰向けになると、真上を飛ぶ派手な格好をした少女がスカートを揺らしながら化け物に拳を突き付ける。


「ハァッ‼︎」


 視線を下に落とすと、そこには一人の女の子が化け物の頭に拳を突き出していた。あまりの非日常の連続に戸惑っていると、後ろからさらにもう一人女の子が日向の肩を持つ。


「もう大丈夫。怪物は死んだから」


「……………………」


 怪物を倒した女の子は、明らかに派手すぎる格好で学校では浮いてしまうのが一目瞭然。そして拳はピンク色の血を被っており、肘までツウッと滴る。


「……男は無事だけど、女の子はとっくに死亡してる。助けが遅れて申し訳ない」


 両手で合掌し終えた女の子が、日向の方へ振り向く。


「キミ、名前は?」


「あっ、えっと……」


「ワタシは宇島うじまこよみ


佐伯さえきミカ」


 派手な格好をした女の子、宇島暦。

 自分と同じ制服を着た女の子、佐伯ミカ。


「かっ、禿日向です……」


 この瞬間から日向は、非日常の一員となった。


「ん、んん……」


 ここでようやく涼が目を覚ます。暦によって助けられて命の危機が去った事に感謝し終えたあたりで、日向が疑問を投げかける。


「そういえば、二人って一体何者ですか。ただのコスプレじゃないんですよね?」


「コスプレじゃない、魔法少女さ」


「はぁ?」


 いきなり魔法少女という言葉の登場に、日向も涼も頭の理解が追いつかなかった。


「本物の魔法少女だ。そしてさっきの怪物も本物。ミカとは言わばパートナーと呼ぶ」


「何でそんな事に……?」


「さぁね、気が付いたら“選ばれてた”から」


 ミカが静かに日向の方を指差す。


「あなたのカバン、“入ってる”はず」


「入ってるって一体何が────」


 カバンを開くと、そこに見た事のないブレスレットが入っていた。もちろんこれは日向の所有物でも、道中で拾ったりした物でもない。


「暦も魔法少女になったキッカケがこうだった。選ばれた以上、戦うしかない」


「戦うって、そんな急に言われても……」


「大丈夫。変身したら戦いの基礎が叩き込まれる」


 恐る恐るブレスレットを腕に巻くと、全身を何かが駆け巡る感覚が襲う。そして同時に頭へ魔法少女に関する情報が刷り込まれる感覚もあった。


「これが、魔法少女……」


 日向はチラリと涼を見る。

 ブレスレットによって、涼は日向の主人になったようだが、それっぽい感情は湧いてこなかった。


「あぁそうだ。主従関係と言っても漫画みたいなものじゃなくて、王と騎士みたいな関係だと思ってよ。騎士の頑張りに応じて王が“ごほうび”を施す、それが魔法少女に課せられたルールの一つだから」


「えっと、つまり……」


「日向が怪物退治をしたら、涼からごほうびを貰う。あなた達はそういう関係になった」


 涼からのごほうびに、色んな妄想を張り巡らせていく日向。手を繋いだりキスしたり、王道だが魅力的な展開を期待してしまう。


「おっとそういえば、まだミカから貰ってなかったね。いつものかな?」


「うん。これからも暦のそばにいさせてほしい」


「了解」


 すると暦の身体に光が集まり、返り血がキレイさっぱり無くなっていく。日向の目にはソレがごほうびを受ける恩恵なんだと受け取る。


「ソレが無いと、傷が治らないんですね……」


「そうだね。それに主人の持つエネルギーにも魔法少女は依存してるから、男の子がパートナーの日向はラッキーだと思うよ」


「ソレって、どういう……?」


「男ってさ、いつもヤラしい事考えてんじゃん。そういう感情は人としてとても強いからさ」


 日向は「一体何を言っているんだ」と心の中で呟く。しかし強い感情が魔法少女を強くしていくという理屈としては、女でありながら何となく理解出来てしまうのは少し複雑な気分だった。


「とにかく、ワタシ達が相談に乗るから遠慮なく話してよ。まぁミカの方が良い相談役だけどね」


「これ、連絡先」


 ミカから連絡先を貰い、その場で別れる。登録したばかりの番号を眺めていると、ちょうど涼が目を覚まして激しく咳き込む。


「涼、大丈夫⁉︎」


「あぁまぁ、何とか……」


「ねぇ涼、私魔法少女になっちゃった……」


「え、どういう事?」


 しかし涼は何か心当たりがあるのか、カバンをあさりだす。すると日向と同じブレスレットが出てくる。


「いつの間に……」


「とにかく、早く帰ろう。こんな所にずっといたくないしさ」


 涼と日向はその場を逃げるように立ち去り、今日の出来事は周りにバラさない事を誓い合った。

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