第9話 王族の苦悩





「これで終わりか。周囲に敵は見えないな」


 空人はフォーラレから降りながら呟いた。

 すぐそばには空人が破壊したアパッチが、燃えている。

 パワードスーツに身を包まれていなければ、炎の熱で火傷していたかもしれない。

 火は森の木々に引火し、広がっていく。


「ブリザード!」


 氷が火を包み、消火する。

 騎士たちの冷凍魔法が火を消すので大きな火事になることはない。

 魔法で三十ミリ弾は防げないが、早急な消火活動に役立つのは大きい。


 役に立つと言えば、怪我人の治療もそうだろう。

 十分ほど前に、アパッチの襲撃を受け、大勢の怪我人が出た。

 魔法という便利なものがあるからこそ、治療が出来る。

 もし魔法がなければ怪我人達はここに置いていくしかないだろう。


「魔法様々だな」

 

 便利なものだと感心してしまう。


 空人は周りを見渡した。


 恐怖から泣き叫ぶ子供。

 腕を失い、泣き叫ぶ男。

 大切なひとを失い、喪失感から涙を流す男女。


 森のなかに地獄絵図が広がっている。


 森に匂い茂る木々は、三十ミリ弾から人々を守ってくれると思っていた。

 だが、実際には三十ミリ弾は木々を粉砕し、人体に当たれば判別不能な肉片に変える。

 肉眼では邪魔になるが、アパッチに搭載された赤外線センサーでどこに逃げているか丸わかりだ。


 木の根っこが地面から隆起していることもあり、躓いて転ぶひともいる。

 AKから逃げるのに役立つが、アパッチは逃がしてはくれない。


 こんな嫌なことを、知りたくはなかった。


「まだ昼時、か」


 空人は天を仰いだ。


 避難民達と合流して僅か一日。

 太陽は真上にいる時間帯だ。

 何度目の襲撃か、覚えていない。


 たった一日でこれだけの攻撃を仕掛けてくるのは、嫌がらせではないか? そう思えてくる。


 普通ならば、嫌がらせのために貴重な航空戦力を投入してこない。

 戦力の逐次投入による波状攻撃は、戦争では愚策でしかない。

 しかしデマルカシオンの目的はこの世界の人々を苦しめることだ。

 

 嫌がらせの可能性は高い。


 空人は周囲に敵がいないことを確認し、セティヤのところに向かった。


「姫さま、避難民の被害状況を確認しました。死者百三十七人。怪我人は百五十八人。無事なものたちも、度重なる襲撃で精神的な疲労がたまっています」


 セティヤのそばで、ネウラが悲痛な声で報告していた。


「セティヤ、森林同盟六州はそろそろなんだよな?」

「もうひとつ山を越えた先にあります」


 セティヤが右手にある山を指差した。

 標高はさほど高くないが、いまの状況で山を登るのは厳しい。


「避難民と俺とセティヤを含めて、三百九十五人。多数の怪我人も出ている状況で、登山は自殺行為だぜ」

「しかし怪我人を置いていけません」

「森林同盟六州とは国境が近いんだよな。迎えに来てもらえないのか?」

「通信魔法を使うと居場所を察知されるため、使者を送っています。森林同盟六州も状況を把握しているはずなので、救助を期待したいですね」


 セティヤは暗い顔でいった。


「守りながら戦うというのは、難しいものですね」

「そうだな。想像以上に大変だ」


 アパッチを発見して攻撃に向かえば、別のアパッチが避難民達を攻撃してくる。

 現状、アパッチと戦えるのは空人しかいない。

 セティヤやネウラは避難民達に逃げる場所を指示し、逃げ遅れたものを背負って森のなかを走った。

 

 時間稼ぎをしているあいだに、空人がアパッチを撃墜していた。


「これだけの犠牲で済んでいるのは、奇跡といっていいでしょうね」


 我ながらよくやっていると思う。

 厳しい状況下で最善は尽くしているはずだ。


「温かくて、美味しい食事を食べられるのがせめてもの救いですね。毎回、まったく違う新鮮な食事なのも皆の気力に繋がっています」

「いつも同じ飯なのも飽きるからな。せめて飯くらいはまともなものを食わないと」


 デリバリーバックから料理を取り出せる機能は、ほんとうに役立っている。

 

 辛い逃避行を続けているのだ。

 楽しみがないと心が折れてしまう。


「しかしいつ救助が来るかどうか、わからないんだ。いつ襲撃があるかわからないし、ここで立ち往生するわけにもいかないよな」

「なにか考えが?」

「俺のバイクでひとりずつ運ぶのはどうだ?」

「運んでいる間に、攻撃されたらどうするのです?」

「安全な隠れる場所を用意する」

「どこにあるのです?」

「まあ、そうだよな」


 そんな場所を即席で作れれば、苦労はしない。

 

 

 ひとりの騎士がネウラに近づき、耳打ちする。

 ネウラは頷き、騎士は下がる。

 

「姫さま、負傷者の数が変わりました。負傷者三十八人が息を引き取りました。これで残りは」

「三十八人も一度に?」

「空人殿。戦場ではよくあることですよ」


 ネウラは冷めた声で言った。


「まさか……」


 考えたくない最悪の可能性だ。

 

「わかりました。丁重に葬りたいのですが、時間はないので遺体はそのままにして進みましょう」

「はっ」


 ネウラは部下達のところに向かった。

 聞きたくはない。だが、聞かなければいけないと思った。

 

「セティヤ。三十八人ってのは」

「空人。負傷者は足手まといになるのですよ」

「毒を飲ませたのか?」

「騎士たちの鎧には自決用の術式を刻んでいます。助からない、あるいは足手まといと判断すればいつでも使えるように」

「そんなことっ!」

「あなたは軍人ではないからわからないのかもしれませんね。この世界の軍人にとって、死は身近なのですよ。デマルカシオンとは関係なく。危険なモンスターがいますから、その討伐も騎士の役目です」

「だけどさ、もう敵が襲ってこない可能性もあるだろう?」

「いいえ、襲ってきます!」


 セティヤは声を荒げた。

 彼女がこんな声を上げるなんて。

 それだけ疲労がたまっているのだろう。


 それは自分も同じか。

 こんなこと、本来は聞いていいはずがない。

 言葉にすることで、セティヤの精神に重い負担を与える。

 

 ――くそっ、なにやっているんだよ俺は。


 空人は心のなかで毒づく。


「失礼しました」


 セティヤは一礼する。


「ですがシェイプシフターはこの近くにいます」

「どうしてわかるんだ?」

「空人がアパッチと戦っているときに、ゴブリンの一個分隊を葬りました」

「気づかなかったぜ」

「気配を消して、獲物を仕留める術は心得ています」

「なるほど」

 

 一個分隊は十人ほどだ。

 少人数で始末するのは簡単だろう。  


「しかしシェイプシフターが来たと決まってはいないだろう?」

「撃破したゴブリンの部隊は、アパッチと連携していませんでした。動きから見て間違いありません」

「俺たちが撃破していたアパッチは、国境付近で避難民を狩るための部隊。セティヤが撃破したのは、俺たちを追撃してきたというわけか?」

「その可能性が高いと思います。私たちを追跡していたケンタロウスシェイプが返り討ちに遭ったのは、把握されているはずです。勇者召喚を、空人を召喚出来たのは知られていると考えるべきでしょう」

「俺は離れるべきか?」


 自分が狙われているならば、離れれば警戒は薄くなるかもしれない。


「仮に私たちが離れても、国境付近にいるデマルカシオンの部隊に避難民達が襲われる可能性は高いです。一刻も早く森林同盟六州に入り、保護してもらうのが最善の手ですね」

「現状で対処できるのか?」

「そのために足手まといは自決させました」

「ひでえ話だ」

「酷いのはどちらですか? あなたは私が好きで部下を自決させるような人間に見えますか?」


 セティヤは涙を浮かべながら、睨みつけてくる。

 その表情を見て、空人は胸が痛んだ。

 彼女は冷酷な判断が出来るが、平気なわけではない。


「悪かった」


 セティヤをそっと抱きしめる。


「あんたがそんな人間には見えねえさ。耐えているんだよな、立派だ」

「そらと……」


 セティヤは泣いた、空人の胸で。

 だが、その涙は押し殺して流している。

 まだ戦いは終わっていない。

 避難民達に見られれば、士気に関わる。

 そう思っているのがわかった。


 まだ十八歳の女の子で、唯一人生き残った王族だ。

 気丈に振る舞っているようで、辛くないはずがない。

 家族を失い、国を失い、保護を求めて歩く日々。

 この戦いが終わっても、この世界に彼女の居場所はない。

 こんなに頑張っても、彼女はこの世界を、自分の生まれ育った故郷を永久に捨てなければいけない。


 だから俺が守ってやらなければいけない。

 デマルカシオンの連中には同情する。

 だが、この世界にいる人たちにこんな思いをさせるのはいけないんだ。

 

 空人は決意を新たにする。


「悪い。配慮が足りなかったな」

「いえ、こちらこそ感情的になって申し訳ありません」

「王族も大変だな」

「祖先が犯した過ちですから」

「あんたは気負いすぎなんだよ」


 空人はセティヤの頭をポンッと撫でた。

 セティヤは一瞬、訳がわからなくて唖然として――ほんのりと頬を赤らめて、「ありがとうございます」と微笑んだ。


 生まれてこの方女性の頭を撫でたことなんて一度もない。

 なぜこうも自然にやれたのか、わからない。


 ――気持ちを切り替えないとな。


 避難民を森林同盟六州に避難させるという目的を達成させられるのに、いまの状態は士気が低い。


「俺の世界では富士山という山があるんだ。ひょっとして、昔の勇者から聞いたことあるか?」

「霊峰として崇拝されているとか」

「伝わっているんだな」


 勇者のなかには日本人もいるとなんとなく思っていたが、正解だったようだ。


「俺の住んでいた国では、富士山を登るのが流行っていてさ。これから楽しくない登山をするが、嫌な記憶を書き換えるためにも登ってみないか」

「美味しいご飯とかあるんですか?」


 セティヤは目を輝かせた。


「たしか山小屋であった気もするが、飯の話題かよ」

「人間、食事は大事ですよ。美味しいご飯があるから、過酷な状況でも生きていけるんです」

「そうだな。実感しているさ」


 日本のいたときも、嫌なことは山ほどあった。

 だが戦争に巻き込まれて、大勢の命が死ぬ状況に置かれたことはない。

 そんなときにも、温かくて美味しい食事がこんなにありがたいとは思いもしなかった。


「富士山は飯よりも、頂上を登ったときに見える景色が絶景というんだ。最高らしいぜ」

「空人は登ったことがないんですか?」

「ちょっと遠くてさ。興味はあったが、登ったことはないんだ。だから俺と一緒に登ってくれないか?」

「はい、喜んで」

 

 セティヤは朗らかに微笑んだ。







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