第10話 2人目



 空人達は山の獣道を登る。

 結局、全員で登ることに決まった。


 女子供が大半で、護衛の騎士たちは全て怪我をしている。

 女子供のなかにも怪我人は少なくはない。

 無傷なのはわずか三人。

 合計で三百五十七人の一団が標高八百メートルの山を登るのは大変だ。

 しかも敵の襲撃に常に警戒しなければいけない。

 とても危険な道筋だ。

 それでも行くしかない。


「敵襲! 三時の方向!」


 騎士のひとりが、敵に気づく。

  

「敵さんのお出ましか!」


 敵はアパッチ二機。

 近くにゴブリン部隊がいるかもしれない。

 

「セティヤ」

「民は私が守ります」

「頼んだぜっ」


 空人はヘルメットのしたで深く息を吐いた。

 慌ててはいけない。

 自分の双肩に多くの人たちの未来が掛かっている。

 これ以上の犠牲者を出すわけにはいかない。そのためには落ち着かなければいけない。


 フォーラレに空人は跨がる。

 アクセルを回し、フォーラレを加速させる。

 アパッチが三十ミリチェーンガンと両翼のミサイルを発射してくる。

 三十ミリ弾が空人の装甲を叩き、ミサイルの爆風が空人とフォーラレを煽る。


 ――その程度で倒せると思うなよ!


 空人は心のなかで叫び、爆風を利用してフォーラレをジャンプさせる。

 アパッチへの体当たり。

 何度やったかわからない戦い方で、アパッチを一機撃墜した。


 空人は立ち上がり、フォーラレを足場にもう一機のアパッチに向かって跳ぶ。

 地面に着地し、もう一度ジャンプするのは効率が悪い。

 時間を掛ければ、増援が来るかもしれない。


 クレセントムーンを握った右手を天に伸ばし、左手を添える。

 薬丸自顕流の一の太刀の構え。

 

「キエエエエェェイ!」


 猿叫びと呼ばれる奇声をあげながら、アパッチに向かって振り下ろす。

 アパッチの機体がローターごと真っ二つに割れ、空中で分かれる。


 着地。

 両断されたアパッチが地面に落下して、爆発を起こす。

 フォーラレはすぐ横に来た。

 感覚的にハンドルを使うが、脳波で操作できるのはこういうときに役に立つ。

 空人はフォーラレに跨がった。

 敵がまだ残っているかもしれない。

 油断は出来ない。

 それは正しくて、敵の方が一枚上手だった。


「敵だ! 頭上を取られた!」


 ゴブリンの部隊が山頂からAK47の銃弾の雨を降らせてくる。

 こちらの動きを読んで、先回りしていた。

 不幸中の幸いなのは、AKの銃弾では木々を貫通出来ないことか。

 木の陰に隠れれば、とりあえずは攻撃を受けない。


 だが頭上を取られている以上、こちらは圧倒的に不利だ。

 山を降ったとしても、背を狙われる可能性は十二分に高い。

 

 空人はゴブリン部隊を凝視しながら、ゴブリン部隊に向かった。

 シェイプシフターがいる可能性が高い。

 ひとりだけゴブリンと違うものがいた。


 頭には山羊のような角を生やしている。黒い甲冑を纏っていた。

 肌は黒く、金色の眼をしている。

 明らかに人間ではない。


 その男がゴブリン達に命令を下している。

 

「あれは魔族!」


 セティヤが叫び、デマルカシオンが魔族の国だと思い出す。

 人間に近いが、明らかに異なる部位を保つのが魔族なのだろう。

 魔族が指揮を執っていても不思議ではない。


「クソッタレ!」


 空人は叫んだ。

 頭上を取られ、攻撃を受けている。

 明らかな失態だ。

 

 しかも今回はいつもより敵が多い。

 確実にこちらを狩るつもりだ。

 

「やらせるかよっ!」


 空人はゴブリン部隊に向かう。

 心臓が高鳴る。

 汗が噴き出すが、高性能なスーツは即座に汗を吸収した。


 フォーラレに飛び道具がないのが悔やまれる。いまの自分のレベルでは、まだ飛び道具は持てないらしい。これだけ戦っているのだから装備してもいいはずだが、ハナによると経験値が足りないらしい。


 マイクロミサイルを発射すれば、山頂のゴブリン部隊は一掃できる。

 だが、マイクロミサイルは射程距離が短い。

 もっと距離を詰めなければいけない。

 

 木の茂みに隠れていた赤いゴブリンが、ロケットランチャー――RGBを発射してくる。

 

 戦争ではテロリストご用達の兵器としておなじもの対戦車ロケット兵器、それがRGBだ。ソ連が開発し、コストの安さから世界中のテロリストに使われている。


 戦争映画では「アールジービー」と主人公側が叫ぶシーンがよく描かれる。

  

「アールジービーって、叫びたくなるな」


 空人は赤いゴブリンにマイクロミサイル数発を発射する。

 同時に、RGBが空人のすぐ近くに着弾。

 その爆風を生かして、フォーラレを加速。


 マイクロミサイルの射程に入る。

 マイクロミサイルを山頂にいるゴブリン達に放った。

 大爆発が起きて、攻撃が止む。

 一時的だった。


 別のゴブリンの部隊が現れて、山頂からの攻撃を再開する。

 指揮していた魔族の男は生きていた。


「嵌められたぜ!」


 あの魔族がシェイプシフターならば、ゴブリンを召喚できる石を持っているはずだ。あの石があれば、いくらでも簡単にゴブリン部隊を展開できる。


 この危機を脱するためには、シェイプシフターを倒すしかない。


「ハナ。聞こえるか?」

『お呼びでしょうか?』

「他の武器を使いたい。どうすればいい?」

『残念ながら、経験値が足りないため使えません』

「結構戦ったんだけどな」

『シェイプシフターを倒すなど、大きく経験値が上がらなければ駄目ですね』

「そこをなんとか頼む!」

『無理です。それでは』

「おい、ハナ――!」


 駄目だ。

 切れた。


 フォーラレで駆けるしかない。

 間に合うか? 間に合わせてみせる!


「イケェェェェェ!」


 空人は全開にしたスロットルに力を込める。

 誰かいないか? 誰でもいい。

 誰か助けてくれ!


 ゴブリン部隊を耳の長い美形な男達が、背後からナイフで心臓をひと突きしたのはそのときだった。典型的なエルフのような容姿だが、森林同盟六州の近くということもあり間違ってはいないだろう。


 ただ魔族の男は生きている。

 魔族の男の心臓にナイフを突き刺そうとしたエルフが、頭から血を流して後ろに倒れ込む。


 魔族の男が横に跳んだ。

 男の周りに小型の羽を生やした小人――否、精霊が多数現れた。精霊達は口からビームのようなものを放つ。

 

 エルフ達は跳躍してかわすが、地面に転がって動かなくなるものが続出した。


「我はデマルカシオン最強の戦士、フェアリーテイマーのアジェストだ! 我が精霊達の攻撃の前に、貴様らは消え去るのみだ!」


 アジェストは黒い箱を複数取り出し、投げた。

 武装したゴブリンが現れ、エルフ達に攻撃を開始する。

 アジェストはさらに黒い箱を取り出し、セティヤ達に投げつけた。

 

 赤いゴブリンの部隊が、AKで銃弾を放ちながら山の斜面を駆け下りていく。

 駆け下りながらの銃撃は、そう簡単に当たらない。

 だが、数はいる。

 赤いゴブリン部隊は、緑のゴブリンよりも動きもいい。

 木々が生い茂る山の斜面を難なく駆け下り、射線を確保する。

 避難民達が悲鳴を上げ、血飛沫をまき散らしながら倒れていく。


「やらせません!」


 セティヤとネウラ、配下の騎士たちが、木々の間を縫うように動きながら赤いゴブリン部隊に接近。

 次々と倒していく。

 その動きは慣れていて、合流する前に追っ手から逃げられた理由がわかる。


「貴様のことは知っているぞ。我らシェイプシフターの邪魔をする忌々しい奴め! ケンタロウスシェイプを始末し、我が軍に多くの損害を与えた! その罪、万死に値する!」

「俺は復讐なんてつまらないことに賛同しないし、金でこの世界を救う契約をしているんでさ。契約を実行しているだけだ」

「金のためか! 薄汚い奴め!」


 アジェストが吠える。

 

「我らの障害となる貴様はいまここで朽ち果てる!」


 精霊達が口から無数のビームを放つ。


「マジかよっ!」


 空人はスロットルを回す。

 無数のビームがフォーラレを空人の体を掠る。

 直撃を避けていられるのは、高速に動いているからだ。

 だが、一条のビームがタイヤに命中。

 フォーラレがバランスを崩し、空人の体が投げ出された。


「いててっ、といっている余裕はないな」


 空人はヘルメットのしたで冷や汗をかきながら、山の斜面をジグザグに駆け上がる。

 木々で射線を確保されないようにもした。

 しかし精霊達の攻撃は段々と正確になってくる。

 こちらの位置を予想してくる。

 帝国最強を気取るだけあり、その攻撃の精度は高いようだ。

 少しずつ攻撃が当たり始めている。

 多少のビームは貫通しないようだが、連続して攻撃されれば危険だろう。


 網膜に危険信号が発せられ、装甲がどれだけ保つか表示される。

 同じ箇所に五分以内に命中して、五発。

 意外と脆い――いや、即死しないだけマシか。


 バイザーにビームが直撃。

 そう直感し、右肩に左手を伸ばす。

 瞬間、右肩からナイフを抜き――ビームを弾いた。


 ――ビームを、弾けるのか。

 

『セルロースEのナイフは、ビームを弾くことがことが可能です』


 ハナが解説をしてくれる。

 空人はヘルメットのしたで笑った。

 頭のなかで策が固まった。





「空人殿!」


 ネウラが加勢しようとこちらに向かってくる。

 空人は手で制した。

 

「待ちなさい、ネウラ。空人は考えがあるのです」

「ですが!」


 ネウラをセティヤが止めている。


「さすがはセティヤだ。俺の嫁だけはある」

 

 はっきり言って、ネウラに来られると邪魔だ。

 策はある。

 考え無しに動いているわけではない。

 

「終わりだ!」


 無数のビームが空人の動きを捉え、放たれる。

 そのビームを空人は跳躍することでかわす。

 着地しながら、左手にもナイフを握る。

 両手のナイフをくるりと回し、逆手に握りなおす

 精霊達の口からビームが一斉に放たれた。


「お前がな!」


 空人は放たれたビームを二本のナイフで弾いた。

 弾かれたビームは精霊達に反射され、全ての精霊が自分が放ったビームに貫かれて消滅していく。


「ばかなっ!」


 アジェストが驚愕の声をあげた。

 そのアジェストに向かって、空人は大きく跳んだ。

 その首目掛けて、ナイフを振るう。

 アジェストはそのナイフを腰から抜いたサーベルで弾いた。


「舐めるな! 剣の覚えはある!」

「そうこなくちゃな!」


 空人は左右のナイフを順手に持ち替える。


 アジェストが上段からサーベルを振り下ろして、空人はかわす。

 猿叫びとともに、両手をナイフで斬りつける。


 アジャストの顔が苦悶で歪み、サーベルを落とす。

 胸にも一撃、当てる。


 アジェストが後ろに下がった。

 空人は猿叫びをしながら、連続して斬りかかる。

 そしてアジェストの胸に、ナイフを突きつけた。


「飛太刀二刀流、三乃太刀だ。示現流の小太刀術、三乃太刀を参考にしている技さ」


 目から光りが消えていくアジェストに、空人は告げた。


 空人は後ろに跳ぶ。

 爆発が起きた。

 道連れにしようとするその姿勢はやはり好きにはなれない。

 地獄に墜ちるならば、ひとりで落ちてくれ。


 ただ同情はする。

 だから両手のナイフを十字に切り、冥福を祈った。


「空人! 無事ですか!」

「ああ、大丈夫さ」


 セティヤとネウラが駆けつけてくる。


「空人殿。どういうことでしょうか? あのビームを弾いたように見えましたが」

「文字通り弾いた」

「あのビームを見切ったというのですか?」


 ネウラが驚愕の声をあげた。


「あいつの攻撃は正確だった。急所を正確に狙ってくる。だがそれぞれの精霊達が放つビームが、コンマ数秒ズレている。どの精霊が最初に攻撃するかもパターンがあったんだ。

 狙いが正確で、どこから狙ってくるかがわかれば、弾くことも出来る」

「凄いっ!」

「逃げながらあいつの癖を読んだんだが、我ながら無茶をしたぜ」


 空人は肩をすくめる。

 昔、ファンネルをどうやって撃ち落とすかを考えたことがあった。

 まさか異世界の実戦で役に立つとは思わなかった。



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