第8話 嫁にもらってくれませんか?
「十五分くらいか」
空人はセティヤとネウラのほうを見ながら呟いた。
セティヤがネウラを連れて、それくらいの時間が経った。
ふたりの姿は木々で少し隠れているが、言い争ったり、笑いあったりしているのは見えた。
ふたりは仲が良いようだし、積もる話もあるのだろう。
セティヤが状況を読めないひとでないのはわかっているから、この話し合いは必要なのだろう。だが、あまり離れている時間が長いと、避難民達が心配する。
セティヤは避難民達の精神的な柱だし、ネウラは護衛の騎士たちを束ねている責任者だ。敵がいつ襲いかかってくるとも限らない。
——そろそろ呼びに行ったほうが良いか。
そう思ったときだ。
「勇者様。姫さまはいなくならないよね?」
いつの間にか近くに来ていた少女が、不安そうな声色で尋ねてきた。
さっきも思ったが、子供は正直だ。
「すみません。うちの子が」
近くにいた母親が謝罪するが、「気にしないで欲しい。うちの甥っ子も似たようなものだから慣れているさ」と返す。
空人は屈んで少女と視線を合わせて、こう言った。
「大丈夫さ。もしデマルカシオンが来ても、俺が全部返り討ちにしてやる」
「ほんとう?」
「もちろんだとも。ユウシャ、ウソツカナイ」
「ヘンないいかた」
少女はきゃっきゃっ、と笑った。
それから少女の母親が少女の手を繋いで、離れていく。
「子供に優しいんですね」
いつの間にか近くに来ていたセティヤが、微笑んでいる。
「昔は嫌いだったんだけどな。甥っ子が生まれてから変わった」
「そういうものなんですか」
「仮に子供が嫌いだったとしても、素っ気ない態度を取るようなことはしないぜ。俺は勇者であり、社会人だからな。それなりの態度は取らせてもらうさ」
それくらいの分別は持ちあわせている。
「勇者としての分別があるならば、金銭の請求はしないと思いますけど」
「いきなり召喚されて、戦争に巻き込まれたんだ。これくらいの要求は飲んでくれないとな」
「妻を求めるのは好色の気がありますね。しかもこんな美人です」
セティヤは誇らしげに胸を張る。
普通ならば一笑するが、セティヤは文句なしに美しい。
これだけの美貌を持つならば、むしろ誇らないほうが嫌味なくらいだ。
「ついでにもうひとり、もらっていただけませんか?」
「もうひとり? 誰なんだ、それは」
「ネウラです」
空人はネウラを探した。
護衛の騎士たちと話をしていた。
責任者として忙しそうだ。
「ネウラ、か」
「私に劣らぬ美しさがありますよ」
「俺は女性の美醜についてあまり触れるのは好きではないが、美人だな」
ネウラは美しい。
セティヤに劣らない。
男としてはルパンダイブしたい魅力的な提案だが、ネウラの意思を無視するわけにもいかない。
「忙しいと思うが、ちょっと呼んでくれないか?」
「わかりました」
セティヤはネウラを呼んだ。
ネウラは急ぎ足で来た。
「お呼びでしょうか、姫さま?」
「あなたを空人の嫁にして欲しいと頼みました。そうしたら、空人はネウラの意思を聞きたいとのことです」
「そのことでしたら、私は賛成です」
ネウラはあっさりと答えた。
そんなに簡単に答えるものなのだろうか?
今後の人生を決める大事な決断だ。
「姫さまと話し合っての結論ですので、空人殿はお気になさらないでください」
「いや、あんたはいいのか? 恋人とかいないのか?」
「その点はご心配なく。私は姫さまの護衛であり、公爵家の娘です。自分の恋愛感情よりも、姫さまに仕えることがなにより大事です」
「そいつはなんというか」
――まったく嫌そうな顔をしていないな。
セティヤもそうだが、根本的な考え方が違う。
王族や貴族の考え方は庶民である自分には、些か理解しづらいところがある。
——それも魅力的なのかもしれないけどさ。
セティヤやネウラの高潔な部分は好感が持てる。
「公爵家というのはセティヤの親戚か?」
「話が早くて助かります」
自分の世界の常識が、こちらの世界でも通じるとは思わなかったが。
爵位も同じだと理解しやすい。
「つまり、ネウラもこの世界に残るとよくないわけか」
「はい」
セティヤは頷く。
「しかし妻か。それはちょっとな」
「ご不満で?」
「俺の国では一夫一婦でさ。重婚は禁止されているんだよ」
「それは法律ですか?」
「そうだ」
「つまり、黙っていればわからないということですね」
「あんた王族だろう?」
仮にも王族は法律を作り、民を管理するのが仕事だ。
特権階級なのは間違いないが、王が法律を平然と破っていては国は成り立たなくなる。
「フィウーネ王国は法治国家です。ただ、厳しいだけでは国は回りません。多少のことは大目に見ていましたよ」
「重婚は多少かどうか微妙だが」
どれだけの罪に問われるかは忘れたが、日本では懲役刑だった気がする。
――いや、しかしなんかの漫画で事実婚であれば、一夫多妻も事実上大丈夫だった気がするな。
はたして漫画が正しいとは限らないが、ほんとうに嫁にするつもりはないからいいだろう。
「空人、私は王族です。夫が従者にお手つきになったとしても、何ら気に留めません」
「そういう問題ではないんだがな」
「私の父は祖父が手をつけた従者の子でしたが、王位は継承されました。フィウーネ王室は優秀であれば、誰でも気にしないのが決まりです」
どう言えばいいのか。
庶民と王族との間では意識に差がある。
彼女を妻にするといったのも、この世界から連れて行く口実でしかない。
元の世界に戻ったら、好きなように恋でもして生きて欲しいと思っていた。
しかしセティヤは思った以上に本気のようだ。
自分との間に子供持つ覚悟らしい。
ううん、この心境の変化は何故だろうか?
吊り橋効果かもしれないし、なにか意図でもあるのか。
恋愛経験がない空人にはわからなかった。
――まあ、俺の世界に来たら気が変わるかもしれないしな。
「ネウラの父は私の父の弟です。この世界でフィウーネ王室に連なるものがどうなるかは、空人さまもわかっていらっしゃるはずでは?」
「わかったよ。ネウラも連れていこう」
空人は肩をすくめる。
「ありがとうございます」
セティヤは丁寧に会釈してくる。
「しかし王族というのは、あんたら以外にもいるんじゃないのか? そのひとたちはどうするんだ?」
「ネウラ、他の王族達はどうなっているかわかりますか?」
「フィウーネ王国の南部を領地とするリーデレ家やイェハオ家は、生き残っている可能性は高いかと」
「我々に劣らぬ美しい女性達がいると評判の家ですね」
フィウーネ王室の関係者は美形揃いらしい。
王族は美姫を迎えるから、その子供も美貌が受け継がれることは多い。
日本の戦国大名では、信長や武田信玄、上杉謙信。
最近では徳川家康もイケメンだったという説もあるほどだ。
「よかったですね、空人」
「いや、そこまで妻をいっぱいいて欲しくはないぞ」
「ハーレムはお望みではないと?」
「そういう願望は持ちあわせていなくてな」
どちらかといえば、趣味を満喫して生きたいタイプだ。
ハーレムとかは人間関係がめんどくそうなので避けたい。
殺される可能性が高いのだから、自分の世界に連れて行くのは賛成だ。
その後で適当にお金を渡して、自由に生きてもらえばいい。
百億もあるのだから、どうにかなるだろう。
「私も妹たちが生きていれば、連れて行って欲しいですね」
「その妹さんは何人だ?」
「十二人です」
「………………」
空人はヘルメットをつけていることを感謝した。
自分の困惑した顔を見られたくはない。
「妹さん達はどちらに?」
「全員が騎士です。生きていれば、他の避難民達を護衛しています」
「了解した」
ネウラの顔が曇ったので、これ以上聞くのはやめたほうがいいだろう。
対戦車ヘリのアパッチに、一方的に蹂躙されていた。
ネウラの妹たちが運良くアパッチに追撃されていなければ、助かったかもしれない。
だが、アパッチに追撃されたら死んでいる可能性は高い。
「そろそろ出発しましょうか」
セティヤは南のほうを向いた。
目的地の森林同盟六州があるのだろう。
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