第2章 逃亡編
第5話 新装備、その名もフォーラレ
空人とセティヤはフィウーネ王国の南部の森を走っていた。
バイクは残念ながら捨ててきた。
街中を走るためのオンロードのバイクだったので、森のなかを走るのには適していない。
――成功報酬でバイクの一台は余裕で買えるからな。勿体ないが、諦めるしかない。
そう割り切った。
いま大事なのは、セティヤと通信があった避難民達だ。
数分前に、デマルカシオンの追撃部隊に捕捉されたという連絡があった。
それから数分、セティヤは何度も通信魔法で話しかけているが、応答がないとのことだ。
数キロ離れたところから、ドオオオオンと爆発音が聞こえてくる。
大量の悲鳴と怒号、鳴り響く爆音。
空人の心臓が高鳴る。
間に合ってくれと祈らずにはいられない。
走る。
全力で走る。
しかし距離がある。
もどかしさが消えない!
避難民達が見えた。
襲われている避難民達がいた。
「あれは――アパッチだと!」
米軍が運用する対戦車ヘリ、アパッチ。
1984年に運用が開始され、いまだ現役の攻撃力と機動力の高いヘリだ。
武装は30ミリチェーンガンと両翼につけられた対戦車ミサイルのヘルファイヤー。
その重武装から『空飛ぶ戦車』の異名を持つ。
そのアパッチが避難民達を一方的に狩っている。
装甲車の装甲を貫く三十ミリ口径のチェーンガンの弾が木々を貫通し、避難民達をミンチにしていく。
「フィウーネ王国の首都を落とした対戦車ヘリ! あれと戦車でフィウーネ王国は為す術もなく陥落しました」
「ケンタロウスシェイプが言っていたな、戦闘ヘリや戦車も持っていると」
避難民達を護衛している兵士たちの半数が、手を翳して光る魔法障壁を展開している。アパッチから放たれた三十ミリ弾は魔法障壁を容易く貫き、兵士たちを肉塊に変えていく。
手にした剣で突撃していくもの。
手から火の玉を発するもの。
いずれも意味を成さなかった。
無謀な突撃は敵に辿り着く前に屍という結果に終わり、火の玉は軽々と回避される。
空人は左手を天に掴むように突き出し、願う。
誰よりも早く、あの場所に向かいたい!
襲われている人々を助けたい!
そう強く願う。
『お困りのようですね』
ハナの声が聞こえる。
「ハナ。単刀直入に聞く。打開策はあるか?」
『答えはイエスです。あなたの乗り捨てたバイクをナノマシンで強化します』
「なら、速くしろっ」
『わかりました。あなたの思考で制御することが出来るようになります。スロットルはありますが、感覚的にあったほうが慣れるためについているだけです。エンジン音もしますが、擬似的なものです。バイクの名前はフォーラレです』
その言葉が終わると、乗り捨てたバイクが猛烈な速度でこちらに向かってくる。
森のなかでは使えないと捨ててきたバイクが、追いついてきた。
まるで捨てられたペットが飼い主を追ってきたようで、ほんの少し罪悪感を抱く。
空人は余計な思考を振り払う。
バイクは空人と並走し、その姿を確認する。
近未来的なデザインに変わっていた。
直線で構成され、フルカウルのボディーはカッコいい。
――っと、感心している場合じゃねえな。
空人はバイク――フォーラレに飛び乗った。
エンジン音はしないが、稼働できる状態になったのはわかった。
スロットルを回す。
試運転をする暇はない。
一か八かの賭けのようなものだが、進むしかない。
驚かされるのは道路を走るオンロードタイプに見えるのに、森のなかをグイグイと進む踏破性能だろう。
マイクロミサイルを放てば、簡単に撃墜出来るだろう。
だが、すぐ近くには避難民の一団がいる。
爆発に巻き込む可能性がある以上、使えない。
「ハナ。ひとつ聞きたい、こいつはヘリにぶつけても壊れないか?」
『傷ひとつつきません』
「上等だ!」
スロットをさらに回し、フォーラレを加速させる。
ブォォォォン! とエンジン音が鳴り響く。
アパッチを凝視する。
アパッチは距離を取って飛んでいた。
衝突を避けるため、間隔は開けている。
こちらには気づいてもいない。
地上での狩りを楽しんでいる。
自分たちを撃墜できるものはいない、そんな慢心が感じ取られる。
――その認識が甘いことを思い知らせてやる!
空人はハンドルを思いっきり持ち上げて、三十ミリ弾で斜めに倒れた木の上を走る。
車体を加速。
ブォォォォン! とエンジン音を鳴らしながら、車体が空中に踊り出す。
飛び出した先には、アパッチの側面があった。
フォーラレの前タイヤがアパッチの装甲を削り取り、露出した機体のフレームを引き裂いていく。
突然のことに驚愕する白いゴブリンが見えたが、既に時遅し。
操縦している白いゴブリンも容赦なく引き裂いた。
フォーラレは地面に着地。
もう一機のアパッチが空人に気づき、チェーンガンを発射してくる。
だが魔法障壁を貫く30ミリ弾は、空人の装甲に傷ひとつつけられない。
アパッチが対戦車ミサイルのヘルファイアミサイルを発射するが、空人は紙一重で回避した。
フォーラレの背後で爆発が発生。
その爆風を利用して、フォーラレは飛ぶ。
アパッチを操縦するゴブリンの驚愕と恐怖の顔を、フォーラレのタイヤが挽き潰した。
フォーラレに操縦席を潰されたアパッチが地面に墜落。
燃料に引火して爆発する。
爆発する前に、フォーラレは地面に着地した。
「あっ、ありがとうございます!」
子供を抱いた母親が、涙ながらに礼を言ってくる。
「ありがとうございます!」
「助かった!」
「あんたは英雄だよ!」
避難民達が次々と空人に感謝の言葉を送ってくる。
「いや、俺は……」
こんなに一度に大勢の人間に感謝されたことがないので、戸惑ってしまう。
「ひょっとして勇者様かい?」
「そうだ、勇者様だよ! デマルカシオン帝国が悪さをするんで、勇者様が成敗するために現れたんだねっ」
「ありがたや、ありがたや」
避難民達は感謝の言葉を述べてくる。
この人達は知らないだろう。
いまどうしてデマルカシオン帝国が侵攻を開始したのか。
「まあ、いいか」
無理に知る必要はないだろう。
いずれ知るかもしれないが、それはそのときだ。
「お腹すいたぁ……」
避難民のひとりの少女がぽつりと呟く。
「我慢しなさい。もう少しだからね」
母親が子供に注意する。
その姿を見て、心が痛んだ。
改めて、避難民達を見渡す。
手提げ袋をひとつ手に持ち、あるいは両手で子供の手を掴んでいた。
最低限の荷物だけ持って、命からがら逃げてきたのだろう。
こんなことは間違っている、と改めて空人は思う。
――奴らに同情はする。だが、こんなこと許されるかよっ!
空人は内心で激怒し、バイクにつけたデリバリーバックに手を伸ばした。
デリバリーバックには、お届けするための商品が入っている。
本来はお客様に渡すものだが、この状態ではお届けするなんて不可能だ。
非常事態として、お腹を空かせている子供達に渡しても罰は当たらないだろう。
この世界に来て何時間も経っているし、料理はとっくに冷めている。
運んでいたのはラザニアで、冷めたら味は落ちる。
それでも美味しいのは変わりないと思い、デリバリーバックのファスナーを引いた。
蒸気がぶわっとあふれ出てきた。
「こいつは一体」
デリバリー用の容器に包まれていたはずのラザニアが、お皿に載っている状態で出てきた。香ばしいチーズの匂いが鼻腔をくすぐり、トロリと溶けたチーズが食欲をそそる。
『これはフォーラレの機能の一つです。空気中に漂う魔素から空人さまが配達したことがある料理を作り出します』
突如、ハナが解説してきた。
「なんだそりゃっ」
空人は素っ頓狂な声をあげた。
『この機能があれば、補給の心配はいりません』
「そりゃそうだろうけどさ。なんというか、凄いというか……食べて大丈夫なんだよな?」
『安全面は保証します。ISO 22000に合格出来るレベルです』
「たしか食の安全基準だったか」
なんでそんなのを知っているんだ? という突っ込みは野暮だから辞めておこう。
「とにかくだ。そこのお嬢ちゃん、おいで」
空人はお腹が空いたといっていた少女を手招きする。
少女は恐る恐る来たが、熱々のラザニアを手渡されてその目が一気に輝いた。
バッグのなかにはフォークとナイフもあって、それも一緒に手渡してあげる。
「ありがとう勇者様!」
少女はありったけの感謝の言葉をくれて、満面の笑みで母親の元に戻っていく。
その様子を他の避難民達が物欲しそうに見つめていた。
皆、お腹を空かせているのだろう。
「大丈夫。皆さんの分もあります! さあ、並んで並んで!」
空人は避難民達全員に聞こえるように叫んだ。
避難民達は並び始める。
その数は三百を超えた。
これだけの人々にデリバリーバックから取り出して、手渡すだけでも一苦労だ。
「手伝います」
セティヤがデリバリーバックからラザニアを取りだし、避難民達に渡し始める。
助かる、と礼を言いながら、空人も避難民達にラザニアを渡した。
十数分かかり、無事に避難民達にラザニアを渡し終える。
「空人さま。ありがとうございます」
「どういたしまして。高い成功報酬をいただくからな。これくらいのサービスはしないとさ」
それに、と付け加える。
「どんなに挫けそうになっても、温かい食事はそれだけで気力をくれるんだ」
空人は避難民達の顔を見渡した。
避難民達の顔から涙が零れている。
デマルカシオンの侵攻を受けて、国を逃れて三日だったか。
まだたったの三日だ。
だが、その三日は彼ら彼女らにとって経験したことがない苦難だっただろう。
そのひとときに、ほんの僅かだが安らぎを与えられて、空人はよかったなと思った。
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