第4話 まずは1人目



「一から三分隊はナイフで包囲しろ。四分隊は後退、距離を取れ」


 ケンタロウスシェイプが指示を出す。

 ゴブリン達はその指示に従い、AKを捨てて、ナイフを取り出す。

 

「大した忠誠心だ。よく教育されている」


 空人の力を見て混乱するわけでもなく、上官の指揮に従う。

 ただの雑魚モンスターと侮れば、痛い目を見るだろう。


 空人は両手をだらりと下げる。

 ゴブリン達が殺到。

 その表情は油断し、舐めきっていた。


 ――そうだろうさ。軍事訓練を受けた奴からすれば、阿呆にしか見えないよな。


 空人はヘルメットのしたでほくそ笑んだ。

 ゴブリン達のナイフが迫る。

 空人は倒れ込むように体を前に出す。

 予備動作もなく、ごく自然に動く足は淀みなく、ゴブリン達との距離を瞬く間に潰した。


 その動きに驚愕するゴブリン達に、空人はクレセントムーンを振う。

 ゴブリン達の体が宙を舞い、返す刀が残りのゴブリンを血飛沫に沈めた。

 

「四分隊、手榴弾を投げろ!」


 距離を取ったゴブリン達が一斉に手榴弾を投げてくる。

 空人はクレセントムーンでゴブリンを斬り伏せながら、左手で投げつけられた手榴弾を手に取る。

 

「返すぜ」


 空人は距離を取ったゴブリンたちに向かって投げた。

 ゴブリンたちの眼前で手榴弾が爆発し、一斉に吹き飛んだ。


「あなた、実戦ははじめてではありませんね?」

「平和な日本で生まれ育ったんでね。残念ながら初陣だぜ」

「召喚されるものは何かしらの才を持っている者ですが、あなたは剣術の達人ですか?」

「飛太刀二刀流。薬丸自顕流と柳生新陰流を習った剣士が編み出した剣術さ。ついでにいえば、警視流みたく色々な流派の技も取り入れているぜ」

「油断出来ない相手です」


 ケンタロウスシェイプが左手に黒い箱を取り出し、投げた。

 地面から複数のAKで武装したゴブリンが現れた。


「他に武器はないのか?」

『マイクロミサイルがあります』

 

 先ほどの右手の刀をクレセントムーンと教えてくれた音声が答えてくれた。


「さっきから聞きたいんだが、あんたはなんなんだ?」

『私はこのパワードスーツに内蔵されたAIのハナと申します。召喚された勇者様のサポートをするのが役目です』

「そんな機能がついているとは、知らなかったぜ」


 勇者のサポートということは、歴代の勇者にもAIのサポートがついていたのだろう。

 デマルカシオンの兵器についてもそうだが、どうも異世界にあわないものが多い。

 

 ――この違和感はなんだ? 考えている暇はないか。


 自分の全身像が網膜に映され、どこにマイクロミサイルがあるかが表示される。


 マイクロミサイルが収納されているのは、両肩の裏側。そして両足の側面と前面の裏側だった。装甲の裏面に隠されたマイクロミサイルが、ハッチが開くことで露出。


「吹きとべぇ!」


 空人の叫びとともに発射される。

 

 マイクロミサイルはモノクロなセキレイ粒子の尾を引きながら、飛翔する。

 ゴブリン達に命中して、大爆発を起した。


 空人はとっさにクレセントムーンを地面に突き刺し、腰を落とす。

 召還されたゴブリン達は爆風で燃え尽きた。

 マイクロミサイルはその量から信じられない破壊力がある。


 セティヤが無事か確認すれば、平然としていた。

 無事でよかったと空人はホッとした。

 

「チッ」


 ケンタロウスシェイプは舌打ちをして、左手に再び箱を握った。

 その箱は光の矢に弾かれる。

 空人は光の矢を放ったセティヤのほうを見た。

 

「援護くらいは出来ます」

「頼もしいね」


 セティヤは魔法に長けているのは聞いていたが、こういうとっさの援護も出来るならば頼りになりそうだ。


「問題はこいつをどうやって落とすかだな」


 飛太刀二刀流は人間相手の剣術だ。

 モンスターを相手にすることは想定していない。

 相手は手練れの槍使いで、急所を攻撃するのは難しい。


「空人さま。ケンタロウスシェイプを逃がさないでください」

「なぜだ?」

「デマルカシオンを倒すには、こちらの情報は少しでも知られていないほうがいいです。対策を取られる危険性があります」

「だよな」


 デマルカシオンはAKを揃え、機甲師団から爆撃機まで保有しているという。

 そんな相手に対策を取られるのは出来るだけ遅らせたい。

 

 空人は地面を蹴る。

 ケンタロウスシェイプも地面を蹴り、大きな土埃が舞い上がった。

 視界を封じられた。


 ――逃げるつもりか!


 その考えは全身の衝撃が否定する。

 ケンタロウスシェイプは逃げない。ここで勝負を決めるつもりだ!

 ケンタロウスシェイプの全体重を乗せた体当たりを、空人は転がることでかわす。


 空人は起き上がり、ケンタロウスシェイプの槍が迫る。

 空人は距離を取ろうとしたが、背中にロケット弾の直撃を受けて機会を逸っする。


 土埃に紛れて、ゴブリンが召還されていた。

 いつの間にか四方に展開したゴブリン達が、ロケットランチャーを両手に構えてロケット弾を発射してくる。


 四発のロケット弾が空人に命中。

 爆発の衝撃は強烈だが、装着されたスーツは耐えられた。

 空人はたたらを踏み、周囲を見渡した。


 一体のゴブリンがセティヤにロケットを放つ。

 セティヤは生身だ。

 

「危ない!」


 空人は叫び、セティヤの元へ向かおうとした。

 そのときだった。

 セティヤが向かってきたロケット弾を鷲づかみし、ゴブリンに投げつけたのは。


「「はっ?」」


 空人とケンタロウスシェイプの声が重なった。

 ロケット弾を投げ返されたゴブリンは吹き飛ぶ。

 

 セティヤの危機はこれで終わらない。

 ナイフを持ったゴブリンが気配を消して、セティヤの背後に迫っていた。

 セティヤは後ろを向き、迫るゴブリンの頭を鷲づかみする。

 まるで豆腐を握り潰すかのように容易くゴブリンの頭を握り潰した。


「あんた、その見た目で凄い筋力だな」

「フィウーネ王室のものは竜人族の持つ白筋、赤筋の両方の特性を併せ持つ第三の筋肉、黄金筋を持っています。しかも生まれつき、オーガに匹敵する力を発揮します」


 黄金筋というのは聞き慣れない言葉だが、要するに凄い筋肉ということだろう。


「さっきはやられそうになっていただろう?」

「あれは膨大な魔力を使い、疲弊していました。回復すれば、オーガ相手でも遅れは取りません」

「なるほどな」


 逃げながら召喚の儀式をするのは、体力的にキツイというのはなんとなくわかる。


「つまり私のことは気にしなくていいです」

「了解だ!」


 セティヤを気にせずに戦えるならば、気が楽だ。

 空人はケンタロウスシェイプとの間にいるゴブリンの頭を踏み台に、高く跳ぶ。

 ケンタロウスシェイプの槍が肉迫し、空人は空中で体を捻り、槍を握った腕を切り落としながら地面に着地。

 

 ケンタロウスシェイプの腕は既に再生している。

 驚異的な再生力だ。

 やはり急所を狙わなければ勝てない。


「槍使いに剣士が勝てると思うのか!」


 ケンタロウスシェイプが槍を突き出してくる。

 先ほどの速さの比ではない。

 この槍の速度は隠していた奥の手なのだろう。

 空人は槍を捌くだけで精一杯だ。

 次第に手に、腕に、脇腹に、傷跡が刻まれていく。

 このままではいずれ槍の切っ先が、空人の命を貫くのは明白。


「初めての実戦でよくやりました。褒めてあげましょう! ですが蓄積された疲労は防御を甘くしている! 私の勝ちです!」


 慎重な奴だ。

 全てはこの奥の手で止めを刺すための布石だった。

 ケンタロウスシェイプの言い分は正しい。

 初めての実戦で消耗し、不利ではある。

 

 空人はクレセントムーンを握った手を放した。

 ケンタロウスシェイプの姿勢がほんの少し前のめりになる。


「あんたは強い、間違いないぜ」


 空人はもう一振りの刀――レフトセンテンスを逆手に抜き、ケンタロウスシェイプの心臓に突き刺した。


 ケンタロウスシェイプの口から大量の血が吹き出し、その場にくずおれる。

 命が消えゆく感触が手に伝わった。


「飛太刀二刀流、『虚ろ突き』だ。わざと剣を落として、もう一振りの剣で急所を刺す。落とした剣に意識が向くのは人間の心理だからな」

「な……わ……おしえ……る……」

「自分がどんな技で死んだのか、知らないのは嫌かなと思っただけさ」


 ケンタロウスシェイプはふっと笑った気がした。

 そこでがくりと頭を垂れる。

 

 空人はレフトセンテンスを抜き、血振りをして鞘に戻した。 


「終わったか?」

 

 空人は大きく息を吐きながら呟く。

 思ったよりも嫌悪感は感じない。

 感覚が麻痺しているだけかもしれない。


「離れてください!」


 セティヤの忠告に従い、空人は大きく跳んだ。

 ケンタロウスシェイプが大爆発を起こす。


「特撮の怪人かよ」

「怨念に支配された彼らは、自分を仕留めた相手を道連れにしようとします」

「迷惑な話だが、デマルカシオン帝国の目的を考えれば納得はいくな」


 一歩間違えれば、自分も同じようなことをしていたのかもしれない。

 そう考えると、彼らに同情を禁じ得ない。

 

 空人はクレセントムーンを十字に切った。

 

「妻と子供のところに帰れるといいな」


 この祈りは届くかどうかはわからない。

 だが、祈らずにはいられない。


「助かった」

「あなたの妻になりますから。未来の夫に死なれたら困ります」

「それは俺も同じだな。俺が死んだらあんたもここで殺されていただろうさ」


 二人ともどちらからともなく笑い合った。






「それでこれからどうするんだ? 勝つ戦略くらいはあるんだろう?」


 ケンタロウスシェイプ一体だけでも、苦戦した。

 報酬目当てにセティヤ側につくと決めたが、このレベルを何体も同時に相手をして勝てる気はしない。


「デマルカシオンを倒すには、シェイプシフターを全て倒さなければいけません。残ったシェイプシフターは107体です」


 つまりケンタロウスシェイプを含めれば、シェイプシフターは全部で108体。

 煩悩の数と同じだ。


 これは何を意味するのか? ただの偶然か、いや、なにか悪意を感じるんだよな。この世界はどこか歪んでいる。知識があっても、元の世界の最新兵の兵器を揃えられるだろうか?


「空人さま?」

「情報通だな、と思ってさ」


 空人はとっさに誤魔化した。 


「フィウーネ王室はかつてこの大陸――ティアーズ大陸を手中に収めていたフィウーネ帝国でした。幾多の世界的な危機でフィウーネ帝国は瓦解しましたが、大陸全土に敷かれた情報網は健在です」


 フィウーネ王国が情報に強いという理由に納得がいった。


「怖いな、フィウーネ王室」

「フィウーネ王国は大陸の中心部で、交通の要所なのも大きいですね。人が行き来し、自然と情報が集まる。フィウーネ王国は国の規模は小さいですが、情報網と権威が残っているのですよ」


 残念ながらデマルカシオンには通じませんでしたけどね、と付け加えてため息を吐いた。


「デマルカシオンを統率する皇帝の名前はヘルソング。シェイプシフターたちを束ねるカリスマ性と指導力を持つ難敵です」

「そいつを始末すれば戦いは終わり、というわけではないんだよな?」

「残念ながら」


 セティヤは肩をすくめる。


「ヘルソングを倒し、側近を全て始末したとします。切り落とされた竜の頭は別の頭に替わるだけです」

「全ての頭を潰さなければいけないってことだな」

「この大陸で最強の戦士がいれば出来ます」

「その最強の戦士ってのは、俺のことか?」

「私も含めますよ」


 空人はセティヤの顔をしげしげと見た。

 可憐で美しい少女だ。

 最強という言葉は似つかわしくない気もした。

 だが、ゴブリンの頭を容易く握りつぶせるセティヤは強いのは確かだ。


「私はフィウーネ王室の一員というのも大きいです。先ほどもいいましたが、フィウーネ王室の権威は未だ健在です。シェイプシフターを倒すときには、各国の指導者や軍の将軍クラスとも協力しなければいけなくなります。そのときに、私は役に立ちますよ」

「頼りになる情報網もあるしな。期待しているぜ」

「はい」


 セティヤは嬉しそうに頷いた。

 美少女の笑顔は反則だな、と空人は思った。

 

 ――胸がドキッとしちまったぜ。


「すいません。ちょっと通信が入りました」


 セティヤが顔を曇らせて、右に手を当てる。

 なにやらやりとりをしている。

 通信機らしきものは見当たらないが、魔法で通信でもしているのだろうか?


「お待たせしました。いま、部下から通信が入りまして。生き残った民の一団が隣接する森林同盟六州という国に向かっています」

「では、そこに向かわないといけないな」

「いいのですか?」

「さっきも言っただろう? 俺はデリバリーヒーローだからさ。困っている人がいれば助けに行くんだよっ」


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