第13話 部族長会議
エルフたちの国の城と言われて、どんなものか考えていたが、外からは見えなかった。高さ数メートルの城壁に囲まれ、中は見えない。
つまり城はあまり高くないのだろう。
城門のうえには衛兵が常駐し、異常があれば城の内部に伝わる仕組みになっているのだろう。
堀は見えないが、必要ないのかもしれない。
100メートルを超えた巨木という城壁に囲まれた森林同盟六州で、ここまで辿り着けるものはどれだけいるのか?
城門が開き、数百メートル先に建物が見えた。
二階建て程度の高さだ。だが、ヨーロッパの宮殿のような豪華な作りをした外見は、王の暮らす建物といった趣がある。小ぶりな宮殿といえばいいのか。
その小ぶりな宮殿に向かい、空人達は歩いて行く。
門番がいる門を通り、建物のなかに入った。
空人は息を飲む。
奥にある謁見の間まで伸びた廊下は、お城の廊下そのものだった。
床から天井までの長さは10メートルを超えているだろう。天井を支える柱には豪奢な装飾が施され、廊下の長さは100メートルを超えている。
空人が驚いているのに、セティヤは気にもしていない。
さすがは王族だ。この程度は慣れているのだろう。
謁見の間に到着し、衛兵が扉を開ける。
小さな体育館ほどの空間が広がり、奥には男がひとり腰掛けている。
「よく来たな。セティヤ姫」
コスケンパロよりは年齢を重ねて見える、中年の壮健そうな男が口を開く。
セティヤのようなオーラを纏っている。
この男が森林同盟六州の長だろう。
「お久しぶりにございます、キビセルカ陛下。セティヤ・フェッテでございます」
セティヤは綺麗な所作で頭を下げる。
一国の姫らしい姫の仕草に、空人は心のなかで感嘆の声をあげた。
「ご家族についてはお悔やみ申し上げる。すぐに援軍を出せればよかったのだが」
「お心遣いいただき感謝します。コスケンパロ殿から、意見が割れていたと聞きました」
「申し訳ない。セティヤ姫」
キビセルカ王は頭を下げた。
一国の長が素直に認めたということだ。
「ただフィウーネ王国の民を十数万人は保護している。フィウーネ王国の南部の住人が多いが、都市部からの避難民もそれなりに保護できた」
「それはなんとお礼を申していいのか。感謝してもしきれません」
セティヤの顔に涙が浮かぶ。
数百人しか連れてこられなかったと思っていたのに、十数万人も助けてもらった。それがどれだけ大変か。身をもってわかっている。
「コスケンパロ殿のように、自発的に救援に来てくださったのですか?」
「そうだ。いくつもの部族長が、独断で動いた。我が国の法律では私兵の派遣は禁止されているが、この際目をつぶるとしよう」
「それがよろしいかと。信賞必罰は必要ですが、森林同盟六州の戦力が削がれるのは先のことを考えれば避けたほうがよろしいですから」
「そうだな。戦力は保持していた方がいいだろう」
キビセルカは鷹揚に頷く。
「森林同盟六州は万全の迎撃態勢を整えている」
「コスケンパロ殿から、昨日から攻撃を受けていると聞きました」
「戦車や戦闘ヘリだったか。戦車は森林同盟六州の森のまえに機動力を奪われ、鉄の棺桶と化している。
戦闘ヘリも森に潜む魔法使いの攻撃で容易く戦闘ヘリを容易く落としている」
キビセルカは淡々という。
決して楽観視はしていないだろうが、十二分に対処できる相手と思っている。
それは正しい。
ベトナム戦争では、ベトナムの広大な森を前に精強な米軍は苦戦を強いられた。森に戦車の移動は制限され、航空機も森に隠れた兵士たちの攻撃を受けたという。
デマルカシオンの機甲師団でも苦戦するのは当然だ。
「戦況は悪くない。偉大な森は敵の侵攻を抑える天然の要塞として機能している。避難民を受け入れ、軍人は戦力として、その他は足りないところへの労働力として手配は済んでいる」
「さすがは手慣れていますね」
「勇者を召喚しなければいけない事態になったのは、今回で6度目だ。我々は長寿ゆえに何度も危機に遭遇し、乗り越えてきた経験がある。この程度のことは可能だ」
キビセルカはふっと笑う。
「シェイプシフターの最長の寿命は知っているか? 僅か150年だ。デマルカシオンが建国されて、15年。残り135年膠着状態を維持できれば、我らの勝ちだ」
「そう上手くことが運ぶでしょうか」
「デマルカシオンの政治体制は極めて悪い。あの国は魔族の国だったが男の多くは劣悪な環境で働かされ、女はゴブリンの孕み袋にされている。ドワーフたちも過酷な環境で日々、働かされていると聞く。
この体制で反乱が起きないといえるかね?」
反乱は起きるだろう。
15年間もよく耐えているが、チャンスを待っている可能性は高い。
そのチャンスはいつか?
デマルカシオンが侵攻を開始し、国内の戦力が出払ったときか。思わぬ反撃を受けて、戦力を補充しなければいけないときか。いずれにしても、戦時中に反乱を起こしやすい状態ではあるだろう。
「マンライン帝国はかつて西側諸国の植民地だった小さな国の集まりで、西側諸国に反乱して結成された帝国という歴史がありますね。同じことが起きると?」
「なぜフィウーネ帝国は瓦解し、フィウーネ王国になったのか。習ったとは思うが」
「そこを突かれると痛いですね」
セティヤは苦笑する。
「森の恵みは偉大だ。想定される難民を全て受け入れたうえで、森林同盟六州は養うだけのキャパシティーはある。持久戦になれば、我らの勝ちだ」
「見立てがあまいな」
空人は思わず呟いた。
このエルフの長は油断している。
森林同盟六州は陥落すると直感が告げていた。
「君は――」
「陛下。彼が今回、召喚された勇者です。名は仙石空人というとのこと」
「君か」
キビセルカは複雑な表情を浮かべていた。
「仙石くん。君の言い分を聞こう」
「そうだな。デマルカシオンの全貌は俺もわからない。ただ俺の世界から来たというならば、戦車やヘリだけで終わるはずがないんだよ」
「あれ以外にも手札があると?」
キビセルカは眉をひそめる。
「爆撃機、気化爆弾、監視衛星、潜水艦、戦闘機。どこまで再現できているかはわからないが、シェイプシフターの自信満々な様子から、戦車やヘリだけでは終わらないだろうさ」
「聞いたことはある。5人目の勇者はよく語っていたな」
「その恐ろしさをあんたは理解していない」
「彼から聞いた範囲では理解しているつもりだ。強力ゆえに複雑で作るのも面倒だと」
「5人目というのは、詳しいんだな」
ミリオタだったのだろうか? あるいは現役の軍人か、その関係者だったのかもしれない。
「宇宙から監視されていたり、ものを落とされたら対処できるのか?」
空人は指を空に向けた。
「宇宙だと? 隕石が落ちてくることはごく稀にあるが。どうしようもない天命だと思い、対処しようはないな。宇宙から監視というのは、何千年も生きているが想定したこともない」
「そうか。だったら、あんたらの想定は崩れるぜ。デマルカシオンと持久戦をすれば勝てるなんて思わないことだ」
「ふむ……」
キビセルカは顎に手をやる。
「至急、部族長達を集めろ。会議を開く」
空人達は会議室に集められた。
会議室の中心には楕円形の大きなテーブルが置かれ、そのテーブルを取り囲むように12個の椅子が置かれている。
「皆、集まってもらったのには理由がある」
キビセルカは各部族の長達を見渡す。
部族長達は戦時中という割にはどこか楽観視した顔をしている。
持久戦で勝てると思っているのだろう。
「はっきり言おう。我らの想定は甘かった」
「それはどういうことですかな?」
「持久戦で勝てるはずですぞ」
「左様、デマルカシオンが長期間、国を維持できるはずがない」
「我らエルフにとって最大の武器は寿命。短命種との戦いはこちらを破る戦力がない限りは、持久戦が鉄則ですぞ」
「その破る戦力がある可能性が出てきたのだ」
部族長達がざわつく。
「このものは今回、召喚された勇者だ。セティヤ姫が召喚されたという」
「王の言葉がなくても、わかります。この気配は勇者のものです」
「ですな。歴代の勇者達と同じ気配を感じる」
「やはりフィウーネ王室は召喚したか」
部族長達はあっさりと納得してくれた。
話が早くて助かる。
長寿だけあり、6度も勇者召喚を経験していれば慣れるか。
「仙石くんだったかな。悪いが、先ほどの説明を頼む」
空人は監視衛星の話をした。
ただそれだけで部族長達は顔を曇らせる。
「デマルカシオンを見誤っていたとしか言い様がない」
「左様。遙か彼方の空から攻撃されては、我らもひとたまりもない」
部族長達は頑固者の集まりかと思っていた。
少なくとも自分の世界では、年寄りは豊富な人生経験はあるが新しい技術については疎く、頑固になりがちだ。
長命種であるエルフは年齢を重ねても頭が柔らかいようだ。
これは頼もしい。
「我々の想定が甘いのは理解できた。戦闘ヘリや戦車を撃破出来ているので、油断していた。勇者殿はどうやってデマルカシオンが森林同盟六州を落とすとお考えか?」
部族長のひとりが訪ねてくる。
「俺ならば、爆撃機を使った爆弾の投下で都市を爆撃するか。ミサイルを使い、軍事拠点を攻撃するのもありだな」
「その爆撃機やミサイルというのは、魔法で撃ち落とすことは出来ますかな?」
「航空機は強度はさほどないから、多分落とすことが出来るはず。ミサイルは音速で飛んでくるから、撃ち落とすのは難しいと思うぜ」
「ご心配なく。この世界には音速で飛んでくるモンスターもいます。そのモンスターを撃墜出来る軍人は24時間体制で待機しているので、そのもの達に伝えればなんとかなるでしょう」
「戦闘機はどうする? 戦闘機は空中戦に特化した機体だぜ」
「ドラゴン相手に戦い抜いてきた竜騎士というのがいます。ドラーケス王国の竜騎士が倒されたことを考えれば油断は出来ませんが、ドラーケス王国は情報が少ないため撃墜されたと考えていいでしょう」
「はじめてみれば、どう対処すればいいかわからないからな。初動が遅れてもしかたないか」
「その爆撃機や戦闘機、ミサイルについてあとで詳しく教えて欲しいですな」
「わかった。正直、そんなに詳しくはないが、弱点は知っているんだ」
「十分です」
部族長は部下を呼び、指示を出す。
王ではない部族長がそんなことをしていいのか? と思ったが
「申し遅れました。私は森林同盟六州軍の総司令官を務める、カティラヴァオマと申します。以後お見知りおきを」
カティラヴァオマは立ち上がり、手を差し出してくる。
空人はその手を握り返す。
「武に優れていますな」
「手を握っただけでわかるか」
「無駄なことはしない主義なのですよ。フィウーネ王国への援軍を反対したのも私を筆頭にしたものたちです」
カティラヴァオマは告げてくる。
空人はセティヤの顔を見た。
平静を装っているが、静かな怒りのオーラを感じる。
「では準備に取りかかりましょう。敵は悠長に待ってくれませんからな」
「そうですな」
部族長達が席を立つ。
そんななか、カティラヴァオマは残っていた。
「空人くんでしたか。君とセティヤ姫に大事な話があります」
「大事な話?」
「この戦いを終わらせるための鍵になるある兵器について話したい」
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