第12話 森林同盟六州
エルフ達はこちらに向かって駆け下りてくる。
エルフ達は負傷者達を次々と背負い、山を登っていく。
見た目は華奢そうに見えるが、その足取りは軽い。
「セティヤ、彼らは?」
空人はセティヤの隣に止まり、尋ねる。
「森林同盟六州の戦士達です。救援に来てもらえました」
セティヤが安堵の顔を浮かべる。
「手練れ揃いって感じだな」
「これくらいはエルフにとっては、大したことありませんよ」
エルフの男が近づいてくる。
若く整った顔立ちをしているが、エルフだから何百歳も生きているのだろう。
「私は森林同盟六州王都カリウス家のコスケンパロ・カリウスです。セティヤ・フェッテ閣下」
コスケンパロは恭しく頭を下げてくる。
「セティヤ・フェッテです。お久しぶりです、コスケンパロ殿」
セティヤも知り合いということは、それなりの地位なのだろう。
「空人さま。カリウス家は森林同盟六州の名家のひとつで、武闘派として知られている方々です」
ネウラが耳打ちしてくる。
名家のひとつが駆けつけてくれたのはありがたい。
難民は面倒な存在だ。エルフの事情は知らないが、空人がいた世界では厄介者の視線を浴びる。だから後ろ盾はそれなりの地位があるもののほうが心強い。
ひとつ文句があるとすれば、到着が遅かったことだろうか。
「救援に来ていただき、感謝します。ですが我が国はデマルカシオンの侵攻開始時に、援軍要請をしました。国境付近で敵を撃退するのは遅すぎではないでしょうか?」
セティヤはコスケンパロに厳しい目線を向ける。
援軍が来たから状況が好転したとは思わない。デマルカシオンの強さはこの世界では圧倒的だ。だが、民間人の避難する時間稼ぎにはなったはずだ。
「存じていますよ、閣下」
コスケンパロは悪びれなくいった。
「しかしこちらとしても、意見が割れていました。森林同盟六州はフィウーネ王国を救援すべきか、見捨てるべきか。派兵派と反対派に分かれていました」
「それはデマルカシオンの虚偽の情報に騙されていると?」
「ハハッ、虚偽かどうかはわかっていますよ。尤もあなたの立場上、いち家長に過ぎない私にはそういうしかないでしょうが。こう見えても2000歳を超えているので、最初に勇者が現れたときから戦っています」
やはりエルフは見た目からはわからない。
一歩も引かず、冷静に対応するその姿は手強さを感じさせる。
デマルカシオンがほんとうのことを言っているのも、長生きしているだけあり知っているのだろう。
「すぐに救援の軍を派遣してもらいたかった」
「反対派は時間稼ぎを狙っていたようです」
「デマルカシオンを迎撃する準備のための時間稼ぎですか?」
「そうです」
「派兵派が独自に派兵してもよかったのでは?」
「森林同盟六州の法としては、各家が私兵を国外に派遣することは禁止されています。私も懲罰を覚悟して、勝手に救援に来たのですよ」
セティヤは手を震わせている。
救援に来れるならば、もっと早く来て欲しい。
そうすれば、犠牲者は少なかったはずだ。
自決した騎士たちも、死なずに済んだかもしれない。
そうセティヤは考えているんだろうな、と空人は考えた。
「デマルカシオンは我々の常識を越える兵器を有しているとの情報は、あなたたちフィウーネ王室からもたらされたものです。慎重になるのは仕方ないことではありませんか?」
「そうかもしれませんね。ですが――」
「あなたにとっては不服でしょうが、我々エルフはフィウーネ王室の派遣要請に従い、幾度となく兵を派遣しました。いまの森林同盟の総人口に匹敵する犠牲者を出しています。今回のことは残念ですが、仕方ないと理解していただきたい」
「わかりました」
セティヤはグッと言葉を飲み込む。
森林同盟六州も慎重になるのは仕方ない。
デマルカシオンは強大だ。森林同盟六州もいたずらに兵士を派遣して、失うわけにもいかないだろう。
「ご挨拶が遅れたが、あのフェアリーテイマーとの戦いは見事だった。あれを倒さなければ、我々も全滅していただろう」
コスケンパロが空人のほうを向いて、感謝の言葉を告げてくる。
「あんたらの救援がなければ、あいつと一対一の状況に持ち込めなかった。こちらこそありがとう」
「期待しているよ、新たな勇者よ」
コスケンパロが手を差し伸べてきた。
空人は握り返す。
空人は自分がパワードスーツを着ているのを思い出して、大丈夫かと心配になったが。コスケンパロはまったく平気という顔をしている。手を握りつぶさなくて良かったと、ホッとした。
話し合いが終わり、空人達は山を登った。
コスケンパロが一足先に念のために山を登り、警戒してくれている。
先ほどのように襲撃される危険性は減っただろう。
念のため、空人は一足先に山頂に向かった。
そこから見下ろせる景色は、ここまで植生が変わるのかというものだった。
眼下には100メートルを超えるだろう巨大な木々が生い茂る森が並び、地平線の先まで広がっている。
「まるで森の海だな」
「ハハッ、言い得て妙だな」
コスケンパロは笑い声をあげた。
「森林同盟六州の大地は特別だ。正直、細かい理由はわからないが、森林同盟六州は植物の育ちがいい。山をひとつ越えただけでここまで植生が変わる理由は、長い間生きていてもわからない。
一説には地下に強力な魔力を込めた魔石が、豊富に眠っているとか。まあ、我々は大地を掘り返すことはしないので、本当のところはわからないがね」
「これだけの森が生い茂っていれば、防衛には役立つだろうな」
元の世界で最強だった米軍も、森が生い茂るベトナムでは勝てなかった。最終的には枯れ葉剤を使い、森を枯らせていたのを思い出し心配になる。
「なあ、森は枯れていないか?」
「枯れ葉剤だったかな。あんなものを撒くことを許すほど我々は甘くないよ」
コスケンパロはハハッと笑う。
「なぜ枯れ葉剤のことを知っている?」
「召喚された勇者は君で6人目だ。5人目の勇者から、君たちの世界の兵器については色々聞かされていてね」
「異世界なのに戦車という単語が出て、不思議だとは思っていたが」
「ある程度の対策も知っている。それ故に派兵するかしないかで揉めたわけだ」
空人は頷いた。
この世界のレベルで、簡単な準備で派兵されても返り討ちに遭うのがオチだろう。自分たちが犠牲になっても、フィウーネ王国の民間人を少しでも逃がすべきか――いままで多数の犠牲者を出したエルフ達にとって、納得しづらかったのだろう。
「戦車だったか。森に遮られて、侵入することが出来ない。戦闘ヘリも森のなかに潜んだエルフ達の攻撃で撃墜できている」
「この森を現代兵器で攻略するのは、厳しいだろうな」
「楽観視は出来ないがね。昨日から、森林同盟六州の東部に攻撃を受けている。東部諸国がほぼ陥落し、そちらに前線基地を設置された」
コスケンパロはため息を吐いた。
「山を下りながら話しましょうか」
空人は後ろを向いた。
ネウラが避難民達を連れて、こちらに向かってくる。
安全は確保されたが、いつ襲ってくるかもしれない。
気は抜けない。
空人とコスケンパロが先頭を歩く。
敵はいないと思うが、警戒は怠らない。
「森林同盟の東部戦線の戦況はどうなっていますか?」
セティヤが尋ねる。
「こちらが優勢ですね。我が国の東部方面軍だけで、耐えられると思います」
「西部はどうですか?」
「西部諸国連合が耐えていますから、暇を持て余している状態です。西部諸国の軍事同盟が上手く機能しているようです。しばらくは安泰でしょう」
西部諸国というのは軍事同盟があり、東部諸国にはなかったらしい。有事の準備が大事というのがよくわかる。
「お話はこれくらいで」
コスケンパロがなにか操作をした。
銃数メートルの巨大な光る門が現れた。
「転移ゲートです。どうぞこちらへ」
避難民達は足を止める。
ざわめきが聞こえた。
「転移ゲートを見るのははじめてのようですね。森林同盟六州にしかないので、無理もないのですが」
「勇者は召喚出来るのに、転移魔法はないんだな」
セティヤは頷いた。
「空人さま。転移魔法は普及していた時期はありました。ですが転移魔法はあまりにも危険な魔法なのです。転移したい座標からズレて、建物や地の底、水の中、空中などに移動する事故が多発しました」
「デマルカシオンの連中みたいになるわけか」
「そうですね」
セティヤは苦笑した。
「森林同盟六州は森が多く、6つの都市以外はあちこちに集落が分散している状態です。交通網も発達していないため、こうして転移ゲートで各都市間を移動するようになっているのです」
「なるほど」
合理的な理由だと思った。
「姫さま。皆は納得してくれました」
そんな話をしている間に、ネウラは避難民達を説得してくれたようだ。
「わかりました。まず私が行きましょう」
セティヤが率先して、ネウラが続く。
転移ゲートに消えたのを見て、避難民達も続々とあとを追う。
デマルカシオンが現れたのはフィウーネ王室のためという情報は知っているはずだが、避難民達のフィウーネ王室への信頼は確かにあるのだろう。
空人もあとを追う。
光の道を延々と進むのかと思ったが、すぐに別の場所に着いた。
「ようこそ、フィウーネ王国の皆様。我らが森林同盟六州の首都、レヴォントゥレットです」
100メートルを超える巨大な木々。その木々を大きく切り開いた広大な土地に、無数の煉瓦造りの民家が建ち並んでいる。エルフだから丸太で家を作っている印象があったのだが、地面も煉瓦で舗装されていて人や荷馬車が行き来している。
ヨーロッパの古代都市を、森のなかにそっくりと移したような街並みだった。
「避難民の方々はこちらへ。セティヤ様、ネウラ様、空人さまはお城においでください。我らが主がお待ちです」
コスケンパロを案内人として、街のなかを歩いて行く。
街のなかは活気に満ちていて、避難民達の疲れ切った様子との差に愕然とする。
震災の被災地から数時間離れたところで、ごく普通の日常があるとショックを受けると漫画で読んだことがある。
それと同じ感覚だと思う。
「ここはエルフの国と聞いたが、色々な種族がいるんだな」
街を行き交うのはエルフが多いが、獣の耳を付けた獣人と思われるものたちや蜥蜴人間――リザードマンだろう。さっき戦ったばかりの魔族と思われるものも当たり前のように歩いていた。
「森林同盟六州はあらゆる種族に開かれた国です。我らは来る者は拒まず、去る者は追わずをモットーとしています」
コスケンパロが自慢気にこたえた。
「そいつは良い国だな」
「森はあらゆるものを受け入れますから。それ故に多様性を確保し、維持されるのです。母国で迫害を受けたものたちも積極的に受け入れていますよ。
尤も犯罪者は厳しく処罰しますし、侵略者には死を与えます。我らの軍事力の高さは、セティヤ様もご存じかと思いますが」
セティヤを見ると、頷いた。
「避難民も多数受け入れています。東部諸国からの避難民が多いですな」
「東部諸国か」
先ほど、東部諸国はほぼ陥落していると聞いた。西部諸国と違い、軍事同盟を結んでいなかったのが原因とも。
なぜ東部諸国は軍事同盟を結んでいないのか。疑問に思った。
「空人さま。このティアーズ大陸は東西南北と中央部にわかれています。北部一帯はデマルカシオンの勢力圏で、中心部の北側にはドラーケス王国がありました。中心部の中心にはフィウーネ王国があり、中心部の南側は森林同盟六州があるのです」
「森林同盟六州は中心部なのか」
「東側には東部諸国と呼ばれる複数の小さな王国があります。西側は西部諸国と呼ばれ、小国なのは変わりませんが全てが民主主義国家です」
「この世界にも民主主義国家があるのか、驚きだな」
それほど文明が進んでいるようには見えないが。
実際に行ってみれば、違うのかもしれない。
「数百年前に召喚された勇者が持ち込んだ民主主義という考えが、西部諸国で民主主義革命が起きたきっかけです」
「勇者召喚も色々と影響があるんだな」
「良くも悪くも英雄は社会に大きな影響を与えます」
セティヤは苦笑する。
「南部は西部の植民地だったのですが、西側が革命が起きたときに独立しました。いまの南部はマンライン帝国という巨大なひとつの帝国領になっていますね」
「つまり、北部と南部には帝国があるということか」
セティヤは頷く。
「しかし政治情勢が変われば、迫害されるものたちは少なからず出てきましてな。森林同盟六州は迫害されるものたちを積極的に受け入れてきたという歴史があるのです」
「それでこの人種の豊富さがあるのか」
「受け入れたものたちは、有事の際には恩を返すためによく戦います。ここを新たな故郷にして、残された逃げ場所と考えるからでしょうな」
「うへぇ、戦力として見返りを求めているのかよ」
「慈善事業で迫害されたものを受け入れはしませんよ」
コスケンパロは飄々とこたえた。
「さて、城に到着しますぞ」
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