第11話 フェアリーテイマー



 空人達は山の獣道を登る。

 森林同盟六州とは隣国で交流があるので舗装された道があるが、敵に発見される危険性を考慮して獣道を使っている。


 女子供が大半で、護衛の騎士たちは全て怪我をしている。

 女子供のなかにも怪我人は少なくはない。

 無傷なのはわずか3人。

 合計で357人の一団が標高800メートルの山を登るのは大変だ。

 しかも敵の襲撃に常に警戒しなければいけない。

 とても危険な道筋だ。

 それでも行くしかない。


「敵襲! 3時の方向!」


 警戒しながら山を登っていた騎士のひとりが、敵に気づく。

  

「敵さんのお出ましか!」


 敵はアパッチ2機。

 近くにゴブリン部隊がいるかもしれない。

 

「セティヤ」

「民は私が守ります」

「頼んだぜっ」


 空人はヘルメットのしたで深く息を吐いた。

 慌ててはいけない。

 自分の双肩に多くの人たちの未来が掛かっている。これ以上の犠牲者を出すわけにはいかない。そのためには落ち着かなければいけない。


 フォーラレに空人は跨がる。

 アクセルを回し、フォーラレを加速させる。

 アパッチが30ミリチェーンガンと両翼のミサイルを発射してくる。

 30ミリ弾が空人の装甲を叩き、ミサイルの爆風が空人とフォーラレを煽る。


 ――その程度で倒せると思うなよ!


 空人は心のなかで叫び、爆風を利用してフォーラレをジャンプさせる。アパッチへの体当たり。何度やったかわからない戦い方で、アパッチを一機撃墜した。


 空人は立ち上がり、フォーラレを足場にもう一機のアパッチに向かって跳ぶ。地面に着地し、もう一度ジャンプするのは効率が悪い。時間を掛ければ、増援が来るかもしれない。


 クレセントムーンを握った右手を天に伸ばし、左手を添える。

 薬丸自顕流の一の太刀の構え。

 

「キエエエエェェイ!」


 猿叫びと呼ばれる奇声をあげながら、アパッチに向かって振り下ろす。

 アパッチの機体がローターごと真っ二つに割れ、空中で分かれる。


 着地。

 両断されたアパッチが地面に落下して、爆発を起こす。

 フォーラレはすぐ横に来る。

 感覚的にハンドルを使うが、脳波で操作できるのはこういうときに役に立つ。

 空人はフォーラレに跨がった。

 敵がまだ残っているかもしれない。

 油断は出来ない。

 それは正しくて、敵の方が一枚上手だった。


「敵だ! 頭上を取られた!」


 ゴブリンの部隊が山頂からAK47の銃弾の雨を降らせてくる。

 こちらの動きを読んで、先回りしていた。

 ヤギのような角を生やした騎士の格好をした男が「ファイヤー」と叫び、ゴブリン部隊を指揮している。


「あれは魔族!」


 セティヤが叫び、デマルカシオンが魔族の国だと思い出す。

 人間に近いが、明らかに異なる部位を保つのが魔族なのだろう。

 魔族が指揮を執っていても不思議ではない。


「クソッタレ!」


 空人は叫んだ。

 アパッチは陽動だった。狙いは避難民達を殺すことだ。

 

 騎士たちが女子供を守るように配置されているのが見える。

 セティヤやネウラが攻撃している。

 だが、今回はいつもより敵が多い。

 確実にこちらを狩るつもりだ。

 

「やらせるかよっ!」


 空人は皆の元に向かう。心臓が高鳴る。汗が噴き出すが、高性能な空人のスーツは即座に汗を吸収した。


 フォーラレに飛び道具がないのが悔やまれる。いまの自分のレベルでは、まだ飛び道具は持てないらしい。これだけ戦っているのだから装備してもいいはずだが、ハナによると経験値が足りないらしい。


 マイクロミサイルを発射すれば、ゴブリン達は一掃できる。だが、マイクロミサイルは射程距離が短い。もっと距離を詰めなければいけない。

 

 木の茂みに隠れていた複数のゴブリンが、ロケットランチャーを発射してくる。

 

「アールジービーって、叫びたくなるな」


 戦争ではテロリストご用達の兵器としておなじもの対戦車ロケット兵器、それがRGBだ。ソ連が開発し、コストの安さから世界中のテロリストで使われている。


 戦争映画では「アールジービー」と叫んで、ロケットをかわそうとするシーンが結構描かれる。尤も、最近の空人は忙しくてあまり映画は見ていないから変わってきているかもしれないが。


 空人はゴブリンにマイクロミサイル数発を発射する。

 同時に、RGBが空人のすぐ近くに着弾。

 その爆風を生かして、フォーラレを加速。

 マイクロミサイルの射程に入る。


 空人の網膜にゴブリンたちがロックオンされた。


「復讐の連鎖は、俺がぶった斬る!」


 空人は叫び、残ったマイクロミサイルを山頂にいるゴブリン達に放った。

 大爆発が起きて、攻撃が止む。

 一時的だった。


 別のゴブリンの部隊が現れて、山頂からの攻撃を再開する。

 指揮していた魔族の男は生きていた。


「嵌められたぜ!」


 あの魔族がシェイプシフターならば、ゴブリンを召喚できる石を持っているはずだ。あの石があれば、いくらでも簡単にゴブリン部隊を展開できる。


 この危機を脱するためにはシェイプシフターを倒すしかない。

 

 魔力障壁を貼っていた騎士たちが、銃弾に耐えられずに死んでいく。

 セティヤやネウラが戦っているが、数が多すぎる。


「ハナ。聞こえるか?」

『お呼びでしょうか?』

「他の武器を使いたい。どうすればいい?」

『残念ながら、経験値が足りないため使えません』

「結構戦ったんだけどな」

『シェイプシフターを倒すなど、大きく経験値が上がらなければ駄目ですね』

「そこをなんとか頼む!」

『無理です。それでは』

「おい、ハナ――!」


 駄目だ。

 切れた。


 フォーラレで駆けるしかない。

 間に合うか? 間に合わせてみせる!


「イケェェェェェ!」


 空人は全開にしたスロットルに力を込める。

 誰かいないか? 誰でもいい。

 誰か助けてくれ!


 ゴブリン部隊を耳の長い美形な男達が、背後からナイフで心臓をひと突きしたのはそのときだった。


 ただ魔族の男は生きている。

 魔族の男の心臓にナイフを突き刺そうとしたエルフが、頭から血を流して後ろに倒れ込むのが見えた。


 魔族の肌の男が跳んだ。

 男の周りに小型の羽を生やした小人――否、精霊が多数現れた。精霊達は口からビームのようなものを放つ。

 

 エルフ達は跳躍してかわしていくが、地面に転がって動かなくなるものが続出した。


「我はデマルカシオン最強の戦士、フェアリーテイマーのアジェストだ! 我が精霊達の攻撃の前に、貴様らは消え去るのみだ!」


 アジェストは黒い箱を複数取り出し、投げた。

 武装したゴブリンが現れ、エルフ達に攻撃を開始する。

 アジェストはさらに黒い箱を取り出し、セティヤ達に投げつけた。


「さて、これで邪魔はいなくなった」


 アジェストは空人のほうを向いた。


「貴様のことは知っているぞ。我らシェイプシフターの邪魔をする忌々しい奴め! 地竜シェイプを始末し、我が軍に多くの損害を与えた! その罪、万死に値する!」

「俺は復讐なんてつまらないことに賛同しないし、金でこの世界を救う契約をしているんでさ。契約を実行しているだけだ」

「金のためか! 薄汚い奴め!」


 アジェストが吠える。

 

「我らの障害となる貴様はいまここで朽ち果てる!」


 精霊達が口から無数のビームを放つ。


「マジかよっ!」


 空人はスロットルを回す。

 無数のビームがフォーラレを空人の体を掠る。

 直撃を避けていられるのは、高速に動いているからだ。

 だが、一条のビームがタイヤに命中。

 フォーラレがバランス崩し、空人の体が投げ出された。


「いててっ、といっている余裕はないな」


 空人はヘルメットのしたで冷や汗をかきながら、山をジグザグに駆け下りた。

 精霊達の攻撃は段々と正確になってくる。

 直線的な動きではこちらの位置を予想してくる。

 帝国最強を気取るだけあり、その攻撃の精度は高いようだ。

 ジグザグに動いているのに、少しずつ攻撃が当たり始めている。

 空人の装甲は多少のビームは貫通しないようだが、連続して攻撃されれば危険だろう。


 網膜に危険信号が発せられ、装甲がどれだけ保つか表示される。

 同じ箇所に命中して、5発。

 意外と脆い――いや、即死しないだけマシか。


 バイザーにビームが直撃。

 そう直感し、右肩に左手を伸ばす。瞬間、右肩の真ん中にナイフの柄が現れ、空人はナイフを抜き――ビームを弾いた。


 ――ビームを、弾けるのか。

 

『セルロースEのナイフは、ビームを弾くことがことが可能です』


 ハナが解説をしてくれる。

 空人はヘルメットのしたで笑った。

 頭のなかで策が固まった。





「空人さま!」


 ネウラが加勢しようとこちらに向かってくる。

 空人は手で制した。

 

「待ちなさい、ネウラ。空人さまは考えがあるのです」

「ですが!」


 ネウラをセティヤが止めている。


「さすがはセティヤだ。俺の嫁だけはある」

 

 はっきり言って、ネウラに来られると邪魔だ。

 策はある。

 考え無しに動いているわけではない。

 

「終わりだ!」


 無数のビームが空人の動きを捉え、放たれる。

 そのビームを空人は跳躍することでかわす。

 着地しながら、左手にもナイフを握る。

 両手のナイフをくるりと回し、逆手に握りなおす

 精霊達の口からビームが一斉に放たれた。


「お前がな!」


 空人は放たれたビームを二本のナイフで弾いた。

 弾かれたビームは精霊達に反射され、全ての精霊が自分が放ったビームに貫かれて消滅していく。


「ばかなっ!」


 アジェストが驚愕の声をあげた。

 そのアジェストに向かって、空人は大きく跳んだ。

 その首目掛けて、ナイフを振るう。

 アジェストはそのナイフを腰から抜いたサーベルで弾いた。


「舐めるな! 剣の覚えはある!」

「そうこなくちゃな!」


 空人は右手のナイフを順手に持ち替え、左手のナイフをしまう。


 アジェストが上段からサーベルを振り下ろしてくるのを空人はかわし、猿叫びとともに、右手にナイフを斬りつける。


 アジャストの顔が苦悶で歪み、サーベルを持っている両手を持ち上げる。その両手に向かい、猿叫びをしながらナイフで斬りつけた。さらに胸にも一撃、当てる。


 アジェストが後ろに下がった。

 空人は猿叫びをしながら、連続して斬りかかる。

 そしてアジェストの胸に、ナイフを突きつけた。


「示現流の小太刀術、三太刀だ」


 目から光りが消えていくアジェストに、空人は告げた。

 自分がどんな技で倒されたかくらいは知っていてもいいだろう、そう空人は思った。


 空人は後ろに跳んだ。

 大爆発が起きた。

 道連れにしようとするその姿勢はやはり好きにはなれない。

 地獄に墜ちるならば、ひとりで落ちてくれ。


 ただ同情はする。

 だからクレセントムーンを十字に切り、冥福を祈った。


「空人さま! ご無事ですか!」

「ああ、大丈夫さ」


 セティヤとネウラが駆けつけてくる。


「空人様。どういうことでしょうか? あのビームを弾いたように見えましたが」

「文字通り弾いた」

「あのビームを見切ったというのですか?」


 ネウラが驚愕の声をあげた。


「あいつの攻撃は正確だった。急所を正確に狙ってくる。だがそれぞれの精霊達が放つビームが、コンマ数秒ズレている。どの精霊が最初に攻撃するかもパターンがあったんだ。

 狙いが正確で、どこから狙ってくるかがわかれば、弾くことも出来る」

「凄いっ!」

「逃げながらあいつの癖を読んだんだが、我ながら無茶をしたぜ」


 空人は肩をすくめる。

 昔、ファンネルをどうやって撃ち落とすか考えたことがあったが、異世界の実戦で役に立つとは思わなかった。



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