第10話 王族の苦悩
それから1日、難民達を連れて歩いた。
途中、何度もデマルカシオンのアパッチの襲撃を受け、死傷者が続出した。
「これで全部、か。何度目だよ」
空人は避難民達を見渡しながら呟いた。
何度、アパッチを撃墜し、ゴブリン部隊を返り討ちにしたか。
思い出したくもない。たった一日でこれだけの攻撃を仕掛けてくるのは、嫌がらせではないか?
――嫌がらせというか、苦しみを与えるためにやっているんだろうな。
戦力の逐次投入による波状攻撃は、戦争では愚策でしかない。
しかしデマルカシオンの目的はこの世界の人々を苦しめることだ。
自分たちを召喚したフィウーネ王国の民は、特に恨んでいてもおかしくはない。
また襲撃があるたびに、怪我人の治療のために難民たちは立ち止まらなければいけなくなる。治療をしなければ助かる命も助からない。
空人は周囲に敵がいないことを確認し、セティヤのところに向かった。
「姫さま、避難民の被害状況を確認しました。死者137人。怪我人は158人。無事なものたちも、度重なる襲撃で精神的な疲労がたまっています」
セティヤのそばで、ネウラが悲痛な声で報告していた。
「セティヤ、森林同盟六州はそろそろなんだよな?」
「もうひとつ山を越えた先にあります。森林同盟六州とは国境が近いのですが、いまの状態で山を越えるには厳しい状況ですね」
「俺やあんたを含めて、最初は532人いた。だが、いまは395人しかいない。あっているな?」
「はい、あっています」
セティヤが暗い顔でこたえた。
自分たち以外の避難民達がどれだけいるか、わからない。
デマルカシオンの執拗な追撃を考えれば、生き残っているのはこの一団のみかもしれない。
自国民のほとんどを助けられなかったという事実は、セティヤに重くのし掛かっているだろう。
「守りながら戦うというのは、難しいものですね」
「それは俺も実感した。アパッチ2機だけならば、攻撃される前にサーチ&デストロイで済むが、全方位からゴブリン部隊が攻めてくるからな」
「これだけの犠牲で済んでいるのは、奇跡といっていいでしょうね」
我ながらよくやっていると思う。
問題なのは満足に戦えるのが残り3人ということだ。
自分とセティヤ、ネウラ。
他の騎士たちも戦えるが、全員が負傷している。
魔法で障壁を張り人々を守っているのだが、全ての攻撃を防げずにダメージが蓄積されていた。
「温かくて、美味しい食事を食べられるのがせめてもの救いですね。毎回、まったく違う新鮮な食事なのも皆の気力に繋がっています」
「いつも同じ飯なのも飽きるからな。せめて飯くらいはまともなものを食わないと」
辛い逃避行を続けているのだ、楽しみがないと心が折れてしまう。
「これだけの負傷者を抱えて、山越えはキツいからな。俺のバイクでひとりずつ運ぶのはどうだ?」
「運んでいる間に、攻撃されたらどうするのです?」
「安全な場所に隠しているとか」
「どこにあるのです?」
「まあ、そうだよな」
安全に隠せる場所があれば、ここまで逃げる必要はない。
天幕に騎士がひとり入ってきて、ネウラに耳打ちする。
ネウラは頷き、騎士は下がる。
「姫さま、負傷者の数が変わりました。負傷者38人が息を引き取りました。これで残りは」
「38人も一度に?」
「空人さま。戦場ではよくあることですよ」
ネウラは冷めた声で言った。
「まさか……」
考えたくない最悪の可能性だ。
「わかりました。丁重に葬りたいのですが、時間はないので遺体はそのままにして進みましょう」
「はっ」
ネウラは部下達のところに向かった。
聞きたくはない。だが、聞かなければいけないと思った。
「セティヤ。38人ってのは」
「空人さま。負傷者は足手まといになるのですよ」
「毒を飲ませたのか?」
「騎士たちの鎧には自決用の術式を刻んでいます。助からない、あるいは足手まといと判断すればいつでも使えるように」
「そんなことっ!」
「あなたは軍人ではないからわからないのかもしれませんね。この世界の軍人にとって、死は身近なのですよ。デマルカシオンとは関係なく。危険なモンスターがいますから、その討伐も騎士の役目です」
「だけどさ、もう敵が襲ってこない可能性もあるだろう?」
「いいえ、襲ってきます!」
セティヤは声を荒げた。
彼女がこんな声を上げるなんて。
それだけ疲労がたまっているのだろう。
それは自分も同じか。
こんなこと、本来は聞いていいはずがない。
言葉にすることで、セティヤの精神に重い負担を与える。
――くそっ、なにやっているんだよ俺は。
空人は心のなかで毒づく。
言い訳をすれば、一日前は平和な日本で配達員をしていた一般人が戦争に巻き込まれたのだ。こんな状況に僅か一日で慣れるはずがない。
「失礼しました。ですが、空人さま。敵は来ます。シェイプシフターも来るはずです」
「どうしてそう思うんだ?」
「幾度もデマルカシオンの部隊を撃破していますから。シェイプシフターもひとり倒しているので、空人さまの存在に気づいてもおかしくはありません」
「そうだよな。敵も馬鹿じゃないんだ。強い奴が来てもおかしくはないか」
地竜シェイプのような強敵が現れるのか。しかも避難民達を守りながら、倒さなければいけない。難易度がグッと跳ね上がるのは間違いない。
「現状で対処できるのか?」
「そのために足手まといは自決させました」
「ひでえ話だ」
「酷いのはどちらですか? あなたは私が好きで部下を自決させるような人間に見えますか?」
セティヤは涙を浮かべながら、睨みつけてくる。
その表情を見て、空人は胸が痛んだ。
彼女は冷酷な判断が出来るが、平気なわけではない。
「悪かった」
セティヤをそっと抱きしめる。
「あんたがそんな人間には見えねえさ。耐えているんだよな、立派だ」
「そらとさま……」
セティヤは泣いた、空人の胸で。
だが、その涙は押し殺して流している。
まだ戦いは終わっていない。避難民達に見られれば、士気に関わる。そう思っているのがわかった。
まだ18歳の女の子で、たったひとりの王族だ。
気丈に振る舞っているようで、辛くないはずがない。
家族を失い、国を失い、保護を求めて歩く日々。
この戦いが終わっても、この世界に彼女の居場所はない。
こんなに頑張っても、彼女はこの世界を、自分の生まれ育った故郷を永久に捨てなければいけない。
だから俺が守ってやらなければいけない。
デマルカシオンの連中には同情する。
だが、この世界にいる人たちにこんな思いをさせるのはいけないんだ。
空人は決意を新たにする。
「悪い。配慮が足りなかったな」
「いえ、こちらこそ感情的になって申し訳ありません」
「王族も大変だな」
「祖先が犯した過ちですから」
「あんたは気負いすぎなんだよ」
空人はセティヤの頭をポンッと撫でた。
セティヤは一瞬、訳がわからなくて唖然として――ほんのりと頬を赤らめて、「ありがとうございます」と微笑んだ。
生まれてこの方女性の頭を撫でたことなんて一度もない。
なぜこうも自然にやれたのか、わからない。
将来の妻になるとしても、あくまで契約だ。
「ちょっと見回りに行ってくるぜ」
自分の顔が耳まで赤くなっているのを自覚する。
ヘルメットで隠されているとわかっていても、近くにいるとバレそうなので離れたかった。
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