第9話 ファーストキス



 セティヤがネウラと戻ってきた。

 なにを話していたのかはわからないが、ふたりとも悩みが解消した顔をしている。


「お待たせしました、空人さま」


 セティヤが軽く頭を下げる。

 上品な仕草に、育ちの良さを感じる。

 改めて、彼女は王族なんだなと空人は思った。


「空人さま、このネウラも私と一緒に空人さまの世界に連れて行っていただけないでしょうか?」

「それはどういうことだ?」


 セティヤはわかる。だが、ネウラというこの女性を連れて行く理由がわからない。


「私にも劣らないといわれる美貌の持ち主をもう一人、妻としてお迎えいただければと思いまして」


 ネウラは確かに美しい。

 セティヤに劣らない。

 男としてはルパンダイブしたい魅力的な提案だが、ネウラの意思を無視するわけにもいかない。


 ――まったく嫌そうな顔をしていないな。驚いてもいないから、事前に話はついているか。


「空人さま。ネウラは公爵家の一員です」

「公爵家というのは王族ってことか?」

「話が早くて助かります」


 自分の世界の常識が、こちらの世界でも通じるとは思わなかったが。

 爵位も同じだと理解しやすい。


「つまり、ネウラもこの世界に残るとよくないわけか」

「はい」


 セティヤは頷く。


「しかし妻か。それはちょっとな」

「ご不満で?」

「俺の国では一夫一婦でさ。重婚は禁止されているんだよ」

「それは法律ですか?」

「そうだ」

「つまり、黙っていればわからないということですね」

「あんた王族だろう?」


 仮にも王族は法律を作り、民を管理するのが仕事だ。

 特権階級なのは間違いないが、王が法律を平然と破っていては国は成り立たなくなる。


「フィウーネ王国は法治国家です。ただ、厳しいだけでは国は回りません。多少のことは大目に見ていましたよ」

「重婚は多少かどうか微妙だが」


 どれだけの罪に問われるかは忘れたが、確か懲役刑だった気がする。


「空人さま、私は王族です。夫が従者にお手つきになったとしても、何ら気に留めません」

「そういう問題ではないんだがな」

「私の父は祖父が手をつけた従者の子でしたが、王位は継承されました。フィウーネ王室は優秀であれば、誰でも気にしないのが決まりです」


 どう言えばいいのか。

 庶民と王族との間では意識に差がある。

 彼女を妻にするといったのも、この世界から連れて行く口実でしかない。元の世界に戻ったら、好きなように恋でもして生きて欲しいと思っていた。


 しかしセティヤは思った以上に本気のようだ。

 自分との間に子供持つ覚悟らしい。


 ――まあ、俺の世界に来たら気が変わるかもしれないしな。


「ネウラの父は私の父の弟です。この世界でフィウーネ王室に連なるものがどうなるかは、空人さまもわかっていらっしゃるはずでは?」

「わかったよ。ネウラも連れていこう」

「ありがとうございます」


 セティヤは丁寧に会釈してくる。


「しかし王族というのは、あんたら以外にもいるんじゃないのか? そのひとたちはどうするんだ?」

「ネウラ、他の王族達はどうなっているかわかりますか?」

「フィウーネ王国の南部を領地とするリーデレ家やイェハオ家は生き残っている可能性は高いかと」

「我々に劣らぬ美しい女性達がいると評判の家ですね」


 フィウーネ王室の関係者は美形揃いらしい。

 王族は美姫を向かい入れるから美しいことは少なくはない。

 日本の戦国大名でも、信長や武田信玄、上杉謙信、最近では徳川家康もイケメンだったという説もあるほどだ。


「よかったですね、空人さま」

「いや、そこまで妻をいっぱいいて欲しくはないぞ」

「ハーレムはお望みではないと?」

「そういう願望は持ちあわせていなくてな」


 どちらかといえば、趣味を満喫して生きたいタイプだ。

 ハーレムとかは人間関係がめんどくそうなので避けたい。


 殺される可能性が高いのだから、自分の世界に連れて行くのは賛成だ。その後で適当にお金を渡して、自由に生きてもらえばいい。


 戸籍は買える。

 もちろん一般人である自分はそんなパイプはないが、どうにかなるはずだ。


「それから空人さま」


 空人に口づけしてきた。

 尤もヘルメット越しだが。


「なっ!?」

「私は本気ですから」


 セティヤは頬を赤らめて、告げてくる。


「では、民のところに戻りましょうか」


 セティヤは早足で、避難民達のところに戻っていった。

 その背中を見ながら、空人はそっと呟く。


「まさか異世界でファーストキスをすることになるなんてな」



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