第6話 新装備、その名もフォーラレ
空人とセティヤはフィウーネ王国の南部の森を走っていた。
通信魔法で避難民達から敵が接近してきていると連絡があったからだ。
ドオオオオンと爆発音が聞こえてくる。
音は数キロ離れたところから聞こえてくる。
大量の悲鳴と怒号、鳴り響く爆音。
空人の心臓が高鳴る。
間に合ってくれと祈らずにはいられない。
走る。
全力で走る。
しかし距離がある。
もどかしさが消えない!
避難民達が見えた。
襲われている避難民達が。
「あれは――アパッチだと!」
米軍が運用する対戦車ヘリ、アパッチ。
1984年に運用が開始され、いまだ現役の攻撃力と機動力の高いヘリだ。
武装は30ミリチェーンガンと両翼につけられた対戦車ミサイルのヘルファイヤー。その重武装から『空飛ぶ戦車』の異名を持つ。
そのアパッチが避難民達を一方的に狩っている。
装甲車の装甲を貫く30mm口径のチェーンガンが、避難民達をミンチにしていく。
「フィウーネ王国の首都を落とした対戦車ヘリ! あれと戦車でフィウーネ王国は為す術もなく陥落しました」
「地竜シェイプが言っていたな、戦闘ヘリや戦車も持っていると」
避難民達を護衛している兵士たちの半数が、手を翳して光る魔法障壁を展開する。アパッチから放たれた30ミリ弾はその魔法障壁を容易く貫き、兵士たちを肉塊に変えていく。
手にした剣で突撃していくもの。
手から火の玉を発するもの。
いずれも意味を成さなかった。
無謀な突撃は敵に辿り着く前に屍という結果に終わり、火の玉は軽々と回避される。
空人は左手を天に掴むように突き出し、願う。
誰よりも早く、あの場所に向かいたい! 襲われている人々を助けたい! そう強く願う。
視界が変わる。
『お困りのようですね』
地竜シェイプのときと同じ機械的な音声が脳内に響く。
「急いでいるんだが、あんたは何者だ?」
『これは失礼。私のことは……そうですね、ハナとでもお呼びください』
「ハナ。単刀直入に聞く。打開策はあるか?」
『答えはイエスです。あなたの乗っているバイクをナノマシンで強化します』
「なら、速くしろっ」
『わかりました。あなたの思考で制御することが出来るようになります。スロットルはありますが、感覚的にあったほうが慣れるためについているだけです。エンジン音もしますが、擬似的なものです。ちなみにこのバイクは通常時でも使用することが出来ます。名前はフォーラレです』
その言葉が終わると空中から粒子が集まり、空人のバイクを包みながら並走する。
近未来的なデザインのバイクだった。
直線で構成され、フルカウルのボディーはカッコいい。
――っと、感心している場合じゃねえな。
空人はバイク――フォーラレに跨がる。
エンジン音はしないが、稼働できる状態になったのはわかった。
スロットルを回す。
試運転をする暇はない。
一か八かの賭けのようなものだが、進むしかない。
驚かされるのは道路を走るオンロードタイプに見えるのに、森のなかをグイグイと進む踏破性能だろう。
「ハナ。ひとつ聞きたい、こいつはヘリにぶつけても壊れないか?」
『傷ひとつつきません』
「上等だ!」
スロットをさらに回し、フォーラレを加速させる。
ブォォォォン! とエンジン音が鳴り響く。
ハンドルを思いっきり持ち上げて、車体が空中に踊り出す。
まるで特撮ヒーローみたいだなと思いながら、アパッチを凝視する。
アパッチは距離を取って飛んでいた。
衝突を避けるため、間隔は開けている。
こちらには気づいてもいない。
地上での狩りを楽しんでいる。
自分たちを撃墜できるものなどいないという慢心が感じ取られる。
――その認識が甘いことを思い知らせてやる!
フォーラレの前タイヤがアパッチの装甲を削り取り、露出した機体のフレームを引き裂いていく。
突然のことに驚愕する白いゴブリンが見えたが、既に時遅し。
操縦している白いゴブリンも容赦なく引き裂いた。
フォーラレは地面に着地。
もう一機のアパッチが空人に気づき、チェーンガンを発射してくる。
だが魔法障壁をも貫く30ミリ弾は、空人の装甲に傷ひとつつけられない。
アパッチが対戦車ミサイルのヘルファイアミサイルを発射するが、空人はクレセントムーンで弾頭を切り落とす。
フォーラレの背後でヘルファイアミサイルが爆発し、その爆風を利用してフォーラレは飛ぶ。
アパッチを操縦するゴブリンの驚愕と恐怖の顔を、フォーラレのタイヤが挽き潰した。
フォーラレに操縦席を潰されたアパッチが地面に墜落。
燃料に引火して爆発する。
その爆発を背景に、フォーラレは地面に着地した。
「あっ、ありがとうございます!」
子供を抱いた母親が、涙ながらに礼を言ってくる。
「ありがとうございます!」
「助かった!」
「あんたは英雄だよ!」
避難民達が次々と空人に感謝の言葉を送ってくる。
「いや、俺は……」
こんなに一度に大勢の人間に感謝されたことがないので、戸惑ってしまう。
「ひょっとして勇者様かい?」
「そうだ、勇者様だよ! デマルカシオン帝国が悪さをするんで、勇者様が成敗するために現れたんだねっ」
「ありがたや、ありがたや」
避難民達は感謝の言葉を述べてくる。
この人達は知らないだろう。いまどうしてデマルカシオン帝国が侵攻を開始したのか。
「まあ、いいか」
無理に知る必要はないだろう。
いずれ知るかもしれないが、それはそのときだ。
「お腹すいたぁ……」
避難民のひとりの少女がぽつりと呟く。
「我慢しなさい。もう少しだからね」
母親が子供に注意する。
その姿を見て、心が痛んだ。
改めて、避難民達を見渡す。
手提げ袋をひとつ手に持ち、あるいは両手で子供の手を掴んでいた。
最低限の荷物だけ持って、命からがら逃げてきたのだろう。
こんなことは間違っている、と改めて空人は思う。
――奴らに同情はする。だが、こんなこと許されるかよっ!
空人は内心で激怒し、バイクにつけたデリバリーバックのファスナーに手を伸ばした。デリバリーバックのなかには、お届けするための商品が入っている。
本来はお客様に渡すものだが、この状態ではお届けするなんて不可能だ。
非常事態として、お腹を空かせている子供達に渡しても罰は当たらないだろう。
そう思い、空人はデリバリーバックのファスナーを引く。
料理が入っていない状態でも3キロもあるデリバリーバックのなかには、仕切りが敷かれている。デリバリーバックは頑丈で、ある程度の保冷機能もある。
空人は100円ショップで保温袋を使い、商品を受け取った作りたての暖かさを維持した状態でお届けすることに強いこだわりを持つ。
100円ショップの保温袋は優秀だ。数十分経っても温かいままだ。
しかし驚いたことに、ファスナーを開けると蒸気がぶわっとあふれ出てきた。
「こいつは一体」
デリバリー用の容器に包まれていたはずのラザニアが、お皿に載っている状態で出てきたのだ。香ばしいチーズの匂いが鼻腔をくすぐり、トロリと溶けたチーズが食欲をそそる。
『これはフォーラレの機能の一つです。空気中に漂う魔素から空人さまが配達したことがある料理を作り出します』
突如、ハナが解説してきた。
「なんだそりゃっ」
空人は素っ頓狂な声をあげた。
『この機能があれば、補給の心配はいりません』
「そりゃそうだろうけどさ。なんというか、凄いというか……食べて大丈夫なんだよな?」
『安全面は保証します。ISO 22000に豪華記出来るレベルです』
「たしか食の安全基準だったか」
なんでそんなのを知っているんだ? という突っ込みは野暮だから辞めておこう。
「とにかくだ。そこのお嬢ちゃん、おいで」
空人はお腹が空いたといっていた少女を手招きする。
少女は恐る恐る来たが、熱々のラザニアを手渡されてその目が一気に輝いた。
バッグのなかにはフォークとナイフもあって、それも一緒に手渡してあげる。
「ありがとう勇者様!」
少女はありったけの感謝の言葉をくれて、満面の笑みで母親の元に戻っていく。
その様子を他の避難民達が物欲しそうに見つめていた。
皆、お腹を空かせているのだろう。
「大丈夫。皆さんの分もあります! さあ、並んで並んで!」
空人は避難民達全員に聞こえるように叫んだ。
避難民達は並び始める。
その数は300を超えた。
護衛の騎士たちは並ばない。ほんとうは彼らにも食事を取って欲しいのだが、セティヤが来たときに交代で食べさせるように言えばいいか
どんなに挫けそうになっても、温かい食事はそれだけで気力をくれる。
空人から手渡された食事を、避難民達は口に運ぶ。
避難民達の顔から涙が零れた。
デマルカシオンの侵攻を受けて、国を逃れて三日だったか。
まだたったの三日だ。だが、その三日は彼ら彼女らにとって経験したことがない苦難だっただろう。
そのひとときに、ほんの僅かだが安らぎを与えられて、空人はよかったなと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます