第5話 地竜シェイプの最後
「1から3分隊はナイフで包囲しろ。4分隊は後退、距離を取れ」
地竜シェイプが指示を出す。
ゴブリン達はその指示に従い、AKを捨てて、ナイフを取り出す。
「大した忠誠心だ。よく教育されている」
空人の力を見て混乱するわけでもなく、上官の指揮に従う。ただの雑魚モンスターと侮れば、痛い目を見るだろう。
空人は両手をだらりと下げる。
ゴブリン達が殺到。
その表情は油断し、舐めきっていた。
――そうだろうさ。軍事訓練を受けた奴からすれば、阿呆にしか見えないよな。
空人はヘルメットのしたでほくそ笑んだ。
ゴブリン達のナイフが迫る。
空人は倒れ込むように体を前に出す。
予備動作もなく、ごく自然に動く足は淀みなく、ゴブリン達との距離を瞬く間に潰した。
その動きに驚愕するゴブリン達に、空人はクレセントムーンを振う。ゴブリン達の体が宙を舞い、返す刀が残りのゴブリンを血飛沫に沈めた。
「4分隊、手榴弾を投げろ!」
距離を取ったゴブリン達が一斉に手榴弾を投げてくる。
空人はクレセントムーンでゴブリンを斬り伏せながら、左手で投げつけられた手榴弾を手に取る。
「返すぜ」
空人は距離を取ったゴブリンたちに向かって投げた。
ゴブリンたちの眼前で手榴弾が爆発し、一斉に吹き飛んだ。
「あなた、実戦ははじめてではありませんね?」
「平和な日本で生まれ育ったんでね。残念ながら初陣だぜ」
「召喚されるものは何かしらの才を持っている者ですが、あなたは剣術の達人ですか?」
「飛太刀二刀流。薬丸自顕流と柳生新陰流を習った剣士が編み出した剣術さ。ついでにいえば、警視流みたく色々な流派の技も取り入れているぜ」
「油断出来ない相手です」
地竜が左手に黒い箱を取り出し、投げた。
地面から複数のAKで武装したゴブリンが現れた。
「邪魔だぁ!」
腕、脚、それらの装甲の裏面に隠されたマイクロミサイルが、空人の叫びとともに発射される。
白と黒が混ざった反重力の特殊粒子――セキレイ粒子の尾を引きながら飛翔するミサイルが、ゴブリン達に命中して爆発していく。
召還されたゴブリン達はあっさりと殲滅された。
「チッ」
地竜シェイプは舌打ちをして、左手に再び箱を握った。
その箱は光の矢に弾かれる。
空人はちらりと光の矢を放ったセティヤのほうを見た。
「援護くらいは出来ます」
「頼もしいね」
セティヤは魔法に長けているのは聞いていたが、こういうとっさの援護も出来るならば頼りになりそうだ。
「問題はこいつの首をどうやって落とすかだな」
飛太刀二刀流は人間相手の剣術だ。
ドラゴンを相手にすることは想定していない。
腕を切り飛ばせたのは相手が攻撃のために伸ばしてきたからで、こちらから首を切り落とすには接近するしかない。
マイクロミサイルはゴブリンを一掃して品切れだ。
「やってみるかっ!」
空人は助走をつけて跳躍。
地竜シェイプの首へと擦れ違いざまに愛刀を振るう。
ガキンッ、という金属がぶつかると音ともに腹部に衝撃が走った。
空人は地面に叩き落とされて、転げる。
「その刀で我の首を切れると思うな! 我の首は特別な装甲で覆われているわ!」
「そうかよっ! わざわざ教えてくれてありがとな!」
空人はイテテッ、と軽く舌打ちをしながら立ち上がる。
装着しているスーツの耐衝撃性能は素晴らしい性能だ。
あの地竜シェイプの払いのける一撃をまともに食らって、多少痛い程度で済ませているのだから。
地竜シェイプの首を見れば、愛刀を当てた部分が白銀に煌めく。金属みたいな物が覆っていた。
『あれはルナメタルです。月の鉱石でつくった特殊な金属です。ちなみに空人さまの武器やアーマーに使われているのはセルロースEです』
「そのルナメタルはセルロースEとかいうので破壊できないのか?」
『残念ながら、ルナメタルはセルロースEの武器で破壊することは出来ません。希少鉱物なので肉体のごく一部しか使えないのがせめてもの救いですが』
「つまり、俺の武器では奴の首を切り落とせないってことか」
――自分の弱点を保護するのは当たり前か。
「さて、どうするか」
四肢を切断すれば、死ななかったとしても戦闘能力は奪える。
水にでも沈めれば窒息死するかもしれない。
ドラゴンが窒息死するかは定かではないが。
「セティヤ。地竜は空は飛べないんだよな?」
「飛べません。ですが穴を掘って逃げることは出来ます」
「逃がさないほうがいいよな?」
「デマルカシオン帝国を倒すには、こちらの情報は少しでも知られていないほうがいいですね。対策を取られる危険性があります」
「だよな」
デマルカシオン帝国はAKを揃え、機甲師団から爆撃機まで保有しているという。
そんな相手に対策を取られるのは出来るだけ遅らせたい。
空人は地面を蹴る。
地竜シェイプも地面を蹴り、大きな土埃が舞い上がった。
視界を封じられた。
――逃げるつもりか!
その考えは全身の衝撃が否定する。
地竜シェイプは逃げない。ここで勝負を決めるつもりだ!
地竜シェイプの全体重を乗せて振り落とされた脚を、空人は転がることでかわす。
空人は起き上がったが、地竜シェイプの尻尾が横から迫る。
空人は地竜シェイプの尻尾を屈んでかわしながら切り落とそうとしたが、背中にロケット弾の直撃を受けて機会を逸っする。
土埃に紛れて、ゴブリンが召還されていた。
いつの間にか四方に展開したゴブリン達が、ロケットランチャーを両手に構えてロケット弾を発射してくる。
空人のスーツは爆発の衝撃に耐えられる。
だが一体のゴブリンがセティヤにロケットを放つ。
セティヤは生身だ。
「危ない!」
空人は叫び、セティヤの元へ向かおうとした。
そのときだった。セティヤが向かってきたロケット弾を鷲づかみし、ゴブリンに投げつけたのは。
「「はっ?」」
空人と地竜シェイプの声が重なった。
ロケット弾を投げ返されたゴブリンは吹き飛ぶ。
セティヤの危機はこれで終わらない。
ナイフを持ったゴブリンが気配を消して、セティヤの背後に迫っていた。
セティヤは後ろを向き、迫るゴブリンの頭を鷲づかみする。
まるで豆腐を握り潰すかのように容易くゴブリンの頭を握り潰した。
「あんた、その見た目で凄い筋力だな」
「フィウーネ王室のものは竜人族の持つ白筋、赤筋の両方の特性を持つ第三の筋肉、黄金筋を持っています。しかも生まれつき、オーガに匹敵する力を発揮します」
「さっきはやられそうになっていただろう?」
「あれは膨大な魔力を使い、疲弊していました。回復すれば、オーガ相手でも遅れは取りません」
「なるほどな」
逃げながら召喚の儀式をするのは、体力的にキツイというのはわかる。
「つまり私のことは気にしなくていいです」
「了解だ!」
セティヤを気にせずに戦えるならば、気が楽だ。
空人は地竜シェイプとの間にいるゴブリンの頭を踏み台に、高く跳ぶ。
地竜シェイプの尻尾が肉迫し、クレセントムーンで尻尾を切り裂きながら地面に着地。
「ルナメタルも全身を覆ってはいないようだな!」
「しかし我の首は落とせない!」
地竜シェイプの尻尾は既に再生している。
首を落とされなければ何度でも再生する、しかも首を落としたくても首は刃を通さない。
つまり不死身の怪物というわけだ。
どうすべきか?
「空人さま、これをっ」
セティヤがセキレイ粒子の塊を投げてきた。
空人はクレセントムーンで受け止めた。
クレセントムーンにセキレイ粒子が纏われる。
『ルナメタルを切り裂くことが可能です』
「理屈はわからんが、ありがたいっ」
空人は地竜シェイプに向かって跳び、首に向かってクレセントムーンを振るう。
クレセントムーンはルナメタルに弾かれた。
「おいおい、効かないじゃないか!」
『強力な圧力が必要です』
「先に言ってくれ! しかし強力な圧力ね……」
要するに思いっきり、剣を叩きつければいいだけだ。
それならばいい手がある。
空人は右手を天に向かって伸ばし、左手を右手の柄に添える。地竜シェイプの尻尾や手足の攻撃をかわしながら、高く跳んだ。
示現流の流れを組む薬丸自顕流の必殺の一撃。
一の太刀。
『蜻蛉の構え』と呼ばれるその構えから放たれる一撃は、まさしく一撃必殺だ。
地竜シェイプの首を捉えたセキレイ粒子を纏ったその刀身が、猿叫と呼ばれる絶叫とともに振り下ろされた。
一の太刀は強固なルナメタルごと地竜シェイプの首を切り落とす。
「終わったか?」
空人は大きく息を吐きながら呟く。
思ったよりも嫌悪感は感じない。
感覚が麻痺しているだけかもしれない。
「離れてください!」
セティヤの忠告に従い、空人は大きく跳んだ。
地竜シェイプが大爆発を起こす。
「特撮の怪人かよ」
「怨念に支配された彼らは、自分を仕留めた相手を道連れにしようとします」
「迷惑な話だが、デマルカシオン帝国の目的を考えれば納得はいくな」
一歩間違えれば、自分も同じようなことをしていたのかもしれない。
そう考えると、彼らに同情を禁じ得ない。
空人はクレセントムーンを十字に切った。
「妻と子供のところに帰れるといいな」
この祈りは届くかどうかはわからない。
だが、祈らずにはいられない。
「助かった」
「あなたの妻になりますから。未来の夫に死なれたら困ります」
「それは俺も同じだな。俺が死んだらあんたもここで殺されていただろうさ」
二人ともどちらからともなく笑い合った。
「それでこれからどうするんだ? 勝つ戦略くらいはあるんだろう?」
地竜シェイプ一体だけでも、苦戦した。
報酬目当てにセティヤ側につくと決めたが、このレベルを何体も同時に相手をして勝てる気はしない。
「デマルカシオンを倒すには、シェイプシフターを全て倒さなければいけません。残ったシェイプシフターは107体です」
つまり地竜シェイプを入れれば、108体。
煩悩の数は何を意味するのか? ただの偶然か、いや、なにか悪意を感じるんだよな。この世界はどこか歪んでいる。知識があっても、元の世界の最新兵の兵器を揃えられるだろうか?
「空人さま?」
「情報通だな、と思ってさ」
空人はとっさに誤魔化した。
「フィウーネ王室はかつてこの大陸――ティアーズ大陸を手中に収めていたフィウーネ帝国でした。幾多の世界的な危機でフィウーネ帝国は瓦解しましたが、大陸全土に敷かれた情報網は健在です」
「怖いな、フィウーネ王室」
「フィウーネ王国は大陸の中心部で、交通の要所なのも大きいですね。人が行き来し、自然と情報が集まる。フィウーネ王国は国家の規模は小さいですが、情報網と権威が残っているのですよ」
残念ながらデマルカシオンには通じませんでしたけどね、と付け加えてため息を吐いた。
「デマルカシオンを統率する皇帝の名前はヘルソング。シェイプシフターたちを束ねるカリスマ性と指導力を持つ難敵です」
「そいつを始末すれば戦いは終わり、というわけではないんだよな?」
「残念ながら」
セティヤは肩をすくめる。
「ヘルソングを倒し、側近を全て始末したとします。切り落とされた竜の頭は別の頭に替わるだけです」
「全ての頭を潰さなければいけないってことだな」
「この大陸で最強の戦士がいれば出来ます」
「その最強の戦士ってのは、俺とあんたか?」
「はい、もちろん私も含めますよ」
空人はセティヤの顔をしげしげと見た。
彼女が最強の戦士という言葉に少し違和感があったが、ゴブリンの頭を容易く握りつぶせるセティヤは強いだろう。
「私はフィウーネ王室の一員というのも大きいです。先ほどもいいましたが、フィウーネ王室の権威は未だ健在です。シェイプシフターを倒すときには、各国の指導者や軍の将軍クラスとも協力しなければいけなくなります。そのときに、私は役に立ちますよ」
「頼りになる情報網もあるしな。期待しているぜ」
「はい」
セティヤは嬉しそうに頷いた。
美少女の笑顔は反則だな、と空人は思った。
――胸がドキッとしちまったぜ。
「すいません。ちょっと通信が入りました」
セティヤが顔を曇らせて、右に手を当てる。
なにやらやりとりをしている。
通信機らしきものは見当たらないが、魔法で通信でもしているのだろうか?
「お待たせしました。いま、部下から通信が入りまして。生き残った国民が南部に隣接する森林同盟六州という国に向かっています。何度か、襲撃に遭っているとのことです」
「では、そこに向かわないといけないな」
「いいのですか?」
「さっきも言っただろう? 俺はデリバリーヒーローだからさ。困っている人がいれば助けに行くんだよっ」
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