第4話 ただ、君に生きてほしいから
「我々が失敗した召喚者ということも大陸中に喧伝しています。デマルカシオンが誕生したのはフィウーネ王室の所為だと人々は考えている。あなた方は味方にも見限られる」
「各国の王室は勇者召喚については知っています。勇者召喚の試行錯誤があったからこそ、この大陸が幾多の危機を乗り越えられたことも承知しています」
「各国の王室は理解するかもしれませんね。いや、各国の王室が協力していたのを我々は掴んでいる! しかし人々はどう思うか、考えたことはありませんか? フィウーネ王室の所為でデマルカシオンが誕生し、自分たちの生活を脅かされている。そう思うものは少なくはないはずです」
「それは……」
「仮に我々が倒されたとしても、フィウーネ王室は人々から厳しい目で見られるのは明白。フィウーネ王室が余計なことをしたから、自分たちは追い詰められた。そう考えるのが人情ですよ」
セティヤは口ごもる。
この男の言い分も尤もだ。
人は現在の生活が脅かされたとき、責任を追及できる相手を責める。
「王室の生き残りはあなたひとりだけです。王を支えていた閣僚達も死んだのは確認済みです。国を再興したとき、あなたがよほど優れた王ならば人々は許すでしょうが、あなたにその力はおありですか?」
「……」
セティヤはこたえない。
「無能な王の末路は決まっています。民衆につるし上げられ、さらし首にされる。我々が負けても、あなたたちに待つのは死だ! この侵攻が始まった時点で、あなた方は惨めな末路を迎えるのだ! フーハハハハッ」
男は高らかに笑った。
セティヤは俯き、なにもこたえない。
反論する言葉が見つからないのだろう。
「どれくらいの時間が掛かる?」
空人はセティヤに尋ねた。
「膨大な魔力が必要ですから、私ひとりでは無理です。複数の国家から魔法使いを集めて、魔力を溜めて半年は掛かります」
「つまりデマルカシオンを倒して、さらに半年も元の世界に戻るのが遅れるわけか。その間、元の世界で手に入る収入を得られないわけだ」
「申し訳ありません」
セティヤが頭を下げる。
「謝罪より金が欲しいんだ」
「お金ですか……おいくらでしょうか?」
「200億円かな」
「そっ、そんな大金はありません!」
日本の場合は、200億は地方都市の年間予算の10分の一程度だった気がした。払えない額とは思えないが、この世界の経済状況では高いのかもしれない。
――まあ国家の大部分を落とされている状況で、200億円を集めるのもキツイか。
「交渉決裂だな。俺はあちら側につくことにするぜ」
「あなたはデリバリーヒーローでしょう?」
「デリバリーヒーローは有料でね」
「そんな勇者聞いたことありませんよ!」
「その態度が現状を招いたという自覚を持つんだな。異世界人だからと気軽に実験して、犠牲にしたツケが回ってきたんだ。金をもらえないんだったら、奴らに協力するぜ」
「そんな……」
「異世界にいきなり拉致されて、タダではいそうですか、なんてやれるかよっ。こちとら成果報酬で働いているフリーランスなんでさ、タダ働きをするつもりはない」
空人は男の方に向かって、歩き出した。
たった半年で200億円も稼げはしない。
ブラフであり、無償で働かせようという魂胆が気に入らないから高額を出しただけだ。
「世界を救うんだ、200億円は安いと思うけどな」
「それは……」
「魔王を代表する敵勢力と交戦することで発生する軍事費、人的損失、経済的損失。それらを勇者ひとりを召喚することで抑えるんだ。200億は安いと思うが?」
「まっ、待ってください!」
「その気になったか?」
セティヤはほんの一瞬、目を閉じた。
そして目を開き、こう告げてくる。
「我が国は復興にお金が掛かります。軍も再建しなければいけません。そこまでの大金を出すことは出来ません! ですが100億までならば出せるはずです!」
「この期に及んで半分にまけるつもりか」
「はいっ」
セティヤは覚悟を決めた顔でいった。
この期に及んで、そんなことをいうとは。
それだけ国のことを考えているのだろう。
素晴らしい、素敵だ。
惹かれる。
「あんたは民衆に殺されるかもしれないんだぜ? それでも金を残したいのか?」
「王族の使命だと覚悟を決めています。西側諸国には民主主義国家がありますが、フィウーネ王国も民主主義国家になればいいと思っています。そのために私の命が必要ならば、差し出すつもりです」
「怖くはないのか?」
「怖くないといえば、嘘になりますが……家族は皆、私に希望を託して死んでいきました。勇者召喚を成功させられるのは、フィウーネ王室で私しかいないからです。その私が命を惜しむわけにはいきません」
「そうか」
こんな子を死なせるのは勿体ない。
生きていて欲しい、と強く思った。
だからこういう。
「100億にまけてもいいぜ」
「ほんとうですか? でも条件がありますよね」
「察しがよくて助かる」
空人はひと息吸う。
これは一世一代の大イベントだ。
異世界で、まさかこんな状況でやることになるとは思わなかった。
――まったく人生はなにが起きるか、わからねえな。
「あんたが俺に付いてきてくれれば、だ」
「それはあなたの嫁になれと?」
セティヤは目を大きく開いた。
「あんぱん、美味かったんだろう? あれを毎日食わせてやるぜっ」
「それは――凄く魅力的な提案ですねっ」
セティヤが心なしか前のめりになっている気がした。
空人はヘルメットのしたでふふっ、と笑った。
ヘルメットを被っていて良かったと心底思う。
こんな些細な仕草で、彼女に惹かれつつある自分の顔を見られたくはない。
「あんたにはそれだけの価値がある。俺が知っているどの女優よりも綺麗だ。だから言った。それだけだ」
「はい……ありがとうございます」
セティヤは曖昧にこたえて、次の瞬間には頬をぶわっと赤らめた。
空人はセティヤの顔を見ないように顔を背けて、男に振り向いた。
「というわけで、俺は世界を救うことになった。悪いな」
「馬鹿な! この世界に復讐しないのですか!」
「拉致されたのは業腹だが、帰れるならば復讐なんてする必要ないだろう?」
「あなたは騙されている! 最後は不要になって始末されます!」
男は食い下がる。
しつこいと思ったが、
「まあそうかもな」
「でしたら――」
「それでも帰れる可能性があるならば、そっちの方に賭けるぜ」
脳裏に浮かぶのは家族の顔だ。
特に可愛い甥っ子と二度と会えないと考えるだけでゾッとする。
「あなたはわかっているのですか? その願いは、我々を皆殺しにしなければ届かない。両手を血に染めて、彼女を抱くつもりですか?」
「陳腐な台詞だが、突きつけられると考えてしまうな」
大勢殺すことになるだろう。
真っ当な人生を送っていたつもりだから、人なんて殺したことはない。だが、これからは殺さなければいけない。元の世界に帰るために、俺はいったい何人殺すことになる?
「そう言われると躊躇っちまうな」
正直な気持ちを吐露する。
殺したくはない。
空人はセティヤの顔を見た。
不安を押し隠している彼女が無惨に殺される光景を思い浮かべる。
それは凄く嫌だった。
「悪いな。俺はセティヤの顔が曇るのが嫌らしい」
「そんな理由で――」
「命を賭けて戦う理由なんて、未来の妻の笑顔を守るためで十分さ!」
空人は自身に言い聞かせるように言った。
「ゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさない! ゆるさなぃ! 私は全てを失ったのに、貴様らはしあわせになるなんてゆるせるかぁ!」
男の肉体が変わる。
空人は腕で光りを遮りながら、僅かな隙間から見た。男の身体が異形のものに変化するのを。
全長は20メートルを超えている。
姿形はイグアナに土色の生体装甲を取り付けたような外観だ。
竜を連想させるが、翼はない。
――たしか翼がない竜がいたよな。地竜だったか。
「あれは地竜!」
「地竜の姿をコピーしているだけですよ」
セティヤの驚きに、地竜に変化した男は答えた。
「より正確に言えば、地竜シェイプシフター。いえ、地竜シェイプと呼んでもらえばいいでしょうか。シェイプシフターは便利ですね、DNAを一度取り込めばそのモンスターの姿にいつでもなれますからね!」
地竜シェイプは右手を振り下ろす。
セティヤを抱きかかえながら、地竜シェイプの爪をかわす。
自分の装着しているパワードスーツは、想像以上に性能が高いみたいだ。
空人はセティヤを降ろし、左腰の刀を抜いた。
翡翠色の刀身は見たことがない美しさだった。長さは三尺、つまり90センチはあるだろう長刀だ。反りがなく、峰厚く、幅が広い。
「胴太貫みたいだな」
子連れ狼が使ったことで知られる、剛刀だ。
「冥府魔道を生きるつもりはないんだが、あんたらを相手にするんだから十二分に冥府魔道か」
空人はヘルメットのしたで笑う。
「なにをさっきからブツブツと!」
地竜シェイプの爪が迫っていた。
『クレセントムーンです』
機械的な音声が流れた。
自分が抜いた日本刀の名前らしい。
空人はクレセントムーンで地竜シェイプの爪を弾く。
返す刀で地竜シェイプの右手首を切り落とした。
空人は左手で右肩に手を伸ばす。
右肩の真ん中が浮き上がり、ナイフの柄が出てくる。
同じ機構は左肩にもあった。
ぱっと見て、ナイフが隠されているとはわからないようにデザインされている。
敵の意表を突くにはいいだろう。
「気のせいか、奴の右手が戻っていないか?」
「我は首を落とされなければ何度でも再生するのです!」
地竜シェイプが左手で空間から黒い箱を取り出し、投げた。
地面から複数のゴブリンが現れた。
さっき目にしたAKを持つゴブリン達だ。
空人は地面を蹴る。
土埃が舞い上がり、ゴブリン達に肉迫する。
空人はクレセントムーンを一振り――両断されたゴブリン達の胴が宙に舞う。
――正直、あまり気分の良いものではないな。
生き物を殺す感覚。
次第に慣れていくのだろうか?
慣れたくはないな、という理性が働き、一瞬動きがにぶる。
ゴブリンの放ったライフル弾が空人に命中。パワードスーツには傷ひとつつかない。ありがたい防御力だ。おかげで考える時間が得られる。
セティヤを見た。
この世の地獄が生まれる。
嫌だった。
彼女がその地獄に放り込まれるのを想像するだけでゾッとする。
「復讐の連鎖は、俺がぶった斬る!」
空人は自分に言い聞かせるように言った。
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