第3話 異世界人召喚という技術



「いやぁ、同意ですね」


 男が現れた。

 真面目を絵に描いたような男だった。

 眼鏡をつけて、スーツを着ている。

 中年のサラリーマン風の男だ。


「あなたの言うとおり、この人達は異世界の人間をタダの労働力としか考えていません。所謂サイコパスなんですよ、権力者というのはそういうものらしいですが」


 男は淡々と語り出した。


「異世界召喚、それは異次元に穴を空ける行為です。別の次元に人間を強制的に連れてきて、戦うことを強要している。まったく非道もいいところです」


 ゆったりとした歩みでこちらに向かってくる。


「あんた、誰だ?」

「これは失礼。一言でいえば、あなたと同じ召喚されたものですよ。ただし失敗しましたが」

「失敗?」

「異世界召喚は次元に穴を空ける行為です。こんな大がかりな技術、簡単に上手く行くと思いますか?」

「どういうことだ」

「それは――」


 セティヤが割り込もうとする。

 なにか都合が悪いことがあるのだろう。

 だから空人は敢えて、男に続きを促す。


「教えてくれよ」

「成功の影には失敗が付きものだということですよ。多くの犠牲がありました。その数、五百万人」

「凄い数だな」


 ノルウェーがたしか500万人だったか。

 小国並みの人口が犠牲になったということだ。


「次元の穴を空けるのです。それくらいの実験が必要だったのでしょう。異次元を通すと、肉体が維持できずに崩壊するという現象が起きました」

「体が崩壊とか最悪だな」


 パラレルワールドに干渉することで、世界が崩壊しそうになっているサイエンスドラマもあったことを思い出す。

 

 次元間の移動というのは、空間にかなりの負担を掛けるのだろう。


「あなたが装着しているようなパワードスーツを装着することで、肉体は維持できるようになりました。ですが召喚する場所の指定が難しいという問題が発生しました。受験中に高度数百メートルに召喚され、落下死したもの。モンスターの巣穴に召喚されて食い殺されたもの。水中で窒息死したもの。魔物達の巣窟に召喚されて、無惨に惨殺されたもの」

「想像するだけで吐き気がするぜ」


 失敗は成功の母だ。

 異世界召喚も数多の失敗の果てに生み出された技術ということか。


「私もそのひとりです。連れてこられる時代や国はランダムらしいですが、どうやらあなたと近い時代で同じ国らしいですね。日本ですか?」

「ああ」

「そんな気がしましたよ」


 男はふっと笑う。


「私は子供が生まれたという連絡を受けて、妻が入院している病院に車で向かっていました。子供が生まれるのを楽しみに待っていた。父として生きる覚悟を決めていたし、仕事も順調だった」


 男の顔に怒りが滲む。


「その幸せは奪われました。見知らぬ洞窟に召喚され、右も左もわからないまま餓死しました。なぜ私がこんな目に遭わなければいけない! 母子家庭で育ち、一流企業に入社して頑張って、這い上がり! 子供になに不自由なく暮らせる環境を用意したかったのに! 息子は生涯、父の顔を知らずに育つことになる。私と同じように経済的に苦労することになる。私は行方不明として扱われます。この世界の人間が勇者として召喚するシステムを構築しなければ、私は幸せを奪われなかった!」

「同情するぜ」

「この身体は憑依しているんですよ。シェイプシフターというどんな相手でもモンスターでも能力から姿形まで、コピーできるモンスターにね。勇者として召喚される人間の共通点は強い魂を持っていること、世界を救える逸材ですからね。

 肉体を失っても、魂は失われないものがごく稀にいるのですよ」


 男は拳を握る。


「我々は誓いました、この世界の人間を闇の底に落とそうとね!」

「どうやるんだ?」

「戦争を永久に続けるのです。デマルカシオンが攻撃し続けます。降伏は受け入れず、交渉も出来ない。人々は生き残るために戦わざるを得ない。まさしくいつ終わるともわからない戦時下。


 国民は徴兵され、終わりのない戦争が続く世界。人々は疲弊し、しかし戦争は終わらない。戦況が好転したと思ったら、また暗転する。

 

 絶望を味あわせるため、わざと負けることもしますよ。勝利という美酒のあとに絶望はたまらない味ですからね」


 ひでえ話だ。

 空人がいた世界もあちこちで戦争は起きているが、世界中の人間がずっと戦い続けているわけではない。戦争するにも限度があるからだ。もし戦争が終わらない世界があったら、地獄だ。

 

 空人はセティヤのほうをちらりと見た。

 沈黙は肯定と受け取っていいだろう。

 セティヤもこのシステムの犠牲者のことを知っていた。


「嫌になっちまうぜ」


 とんでもない話だ。

 勝手に勇者として召喚して、そのシステムの成立のためには犠牲者がいた。


 その犠牲者達がこの世界に復讐を誓うのも、そう間違っているとは思えない。

  

「セティヤ、ほんとうのことなんだな?」


 召喚されるときに生身の肉体が耐えられないと彼女は言っていた。勇者を召喚する技術の成り立ちも教えられたのだろう。だが、念のために確認はしておく。


「はい」


 セティヤは静かに頷いた。


「俺を召喚したのは、自業自得で世界がヤバくなったからか?」

「返す言葉もありません。私たちの先祖がした過ちなのは間違いありませんし、恨まれても仕方ないと思います」

「だよな」

「でも――それでも、私たちは黙って地獄に墜ちるわけにはいきません! 私たちは生きたい! 幸せになりたい!」

「ふざけるな! 我らの幸せを奪って、貴様達に永久に幸せになる権利はない! 死後も終わりない苦しみがくるほどの苦痛を味あわせてやる!」


 男が吠えた。

 気持ちはわかる。

 いきなり異世界に拉致されたのは、空人も同じだからだ。


「もう一度いいます。あなたも協力しませんか? 同じ犠牲者同士、仲良くこの世界の人間に復讐しましょう!」

「悪くない話だな」


 セティヤの顔が青ざめる。


「我々、デマルカシオン帝国は召喚システムのために犠牲になったものたちが築き上げた大帝国です! 北部にあるシュライバー王国を乗っ取り、周辺の国を侵略して作り上げました。大陸の北部を完全に手中に収め、目障りなドラーケス王国とフィウーネ王国を陥落。西部諸国、東部諸国も着々と侵攻しています!


 中世ヨーロッパ程度の技術力しかないこの世界において、デマルカシオン帝国は近代国家並みの装備を持つ大帝国なんですよ! 戦車と戦闘ヘリ、爆撃機まで揃えた強力な帝国です!


 はっきり言いましょう。そこのセティヤ姫についても、デマルカシオンの技術力と物量の前には勝てませんよ」


 男は高らかにいう。


「どうしてそんな技術力を手に入れた?」

「知識と腕のいい職人、資源があれば、近代的な技術は再現することは出来るんですよ。原始的な道具でもステップアップしていけば、立派な近代兵器の出来あがりです。軍需産業の社長がテロリストに捕まっても、自力でパワードスーツを作って脱出したようなものです」

「某鉄の社長か」


 男は頷いた。


「幸いなことにデマルカシオンの隣国には、優れた職人集団といえるドワーフの国がありました。デマルカシオンの前身であるシュライバーを乗っ取ったときに、すぐに取り込みました」

「ドワーフは便利な存在だね」

「器用な手先の彼らの存在はありがたかったですよ。召喚の犠牲者のなかには、軍事技術に明るいものが沢山いました。デマルカシオンの領土内には大量のレアメタルやレアアースがあったのも僥倖でした」


 デマルカシオンがどうやって強くなったのかはわかった。

 はっきり言えば、勝ち目が見えない。


「しかし問題がある。復讐なんて後ろ向きなんだよな」

「あなたに未来はありませんよ」

「と言っているが、セティヤさん。あんたに聞きたい、俺は戻ることが出来るのか?」

「戻れます!」


 セティヤは即答した。

 先ほど、この世界から空人がいた世界に渡ったものの話を聞いた。一方通行ではなく、元の世界への帰還も叶うみたいだ。

 

 セティヤの言葉に嘘はないように思えた。

 そう思ったのは32年という人生経験によるものだから、間違えかもしれない。

 だが、


 ――復讐よりも希望はありそうだよな。


 人生は博打とはよく言ったものだ。

 最近は親ガチャという言い方もあるくらい、人生は運で左右される。

 

「悪いな、復讐しても帰還できる可能性はゼロだが、あんたらをぶっ潰せば帰還できるかもしれないんだ。

 俺はそっちの方に賭けることに決めたぜ」

「愚かな……騙されていますよ!」

「かもな。だが、ゼロではない方に掛けるのが俺の主義でさ」


 セティヤをちらりと見た。

 嘘をついて騙そうとしている人間には見えない。

 もし騙されていたとしても、人々に地獄を味あわせるよりはマシだ。

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