第2話 敵はデマルカシオン帝国
空人は怒りを吐き出すようにため息を吐いた。
こちらは仕事の途中だ。
色々いわれる仕事だが、自分は誇りを持って人様の役に立つ仕事だと思ってやっている。
フードデリバリーの仕事は食事をお届けすることだ。注文したお客様は食事が来ることを楽しみに待っているだろう。しかし異世界に召喚されたのだから、当然ながらお届けすることは出来ない。
契約しているウォルバーイーツに連絡が行くだろうし、ウォルバーイーツ側は自分のGPSの記録を洗い状況を確認するだろう。
アカウント停止という憂き目に遭うかもしれない。はっきり言って、こちらの都合を考えない召喚は迷惑以外の何物でもない。少しはこちらの都合を考えろ。
「疑問なのは、どうしてこんなところにいるのか」
異世界召喚は城からスタートがデフォルトだった気がしたが。
「まず簡単に説明させてください。この世界はティアーズ大陸という大陸がひとつだけあります。過去には六つの大陸がありましたが、魔王との戦闘で五つの大陸が消滅しました」
「大陸が消滅したってのは凄いな」
「はい……激戦だったと記録されています。歴代の魔王達は強力な魔力を保有し、配下の魔族やモンスター達も強力でした。ただし、全ての魔族が好戦的だったわけではありません。
ティアーズ大陸の北部一帯を治めるシュライバー王国は魔族の国でしたが、我々に味方をしてくれた過去がありました。尤も、いまはシュライバー王国はデマルカシオン帝国と国名を変更しました。
フィウーネ王国はデマルカシオンの侵攻を受け……首都を含めた多くの民と領土を失ったわけですが」
セティヤの顔が暗澹な表情になる。
その心中は察せられる。
自分は自国を攻められて陥落させられた経験はもちろんないが、そうなれば辛いだろう。
「私は逃げ延びながら勇者の召喚の儀を行いました」
セティヤはひとしずくの涙を流す。
彼女の家族も離ればなれになっているのかもしれない。
あるいは殺されたか。いずれにしても状況はよくないはずだ。
「逃げながら召喚したため、空人さまは離れたところに召喚されたのです」
「なるほどね」
離れた場所に召喚された理由はわかった。
「さっきあんたの近くにいたのは護衛か?」
「はい……皆、懸命に戦いましたが、武装したゴブリンには勝てませんでした。
デマルカシオンは強力な機甲師団や航空機を保有し、各国を次々と陥落させています。このままではこのティアーズ大陸の全ての国家がデマルカシオンに陥落されてしまいます」
セティヤが涙ぐむ。
「どうか、勇者様。この大陸をお救いください!」
「やっぱ、そういう流れなのね」
空人は苦笑した。
「そのデマルカシオンとかいう国は、AK……といってもわからねえかな? 他にはどんな武器を持っているんだ?」
「戦車と対戦車ヘリで大地を蹂躙しています。戦闘機はワイバーンを主力とするドラーケス王国とフィウーネ王国の空中騎士団を壊滅に追いやりました。爆撃機は爆弾を落として、人々を虐殺しています」
「ちょっと待った! そのなんというか」
異世界だと思うが、戦車や対戦車ヘリ、戦闘機、爆撃機といった単語を使うことに驚いた。
先ほど倒れていた騎士たちの装備から、よくある中世ヨーロッパ程度の文明技術だと思っていたのだが、この世界は思ったよりも進化しているのだろうか?
「戦闘機とか爆撃機という言葉を普通に使っているが、この世界では普及しているのか?」
「デマルカシオンのみが保有しています。フィウーネ王室は小国ですが、情報収集には長けています。デマルカシオンが未知の兵器群を保有している情報は得ていました」
「情報があるならば、対策は出来なかったのか?」
「残念ながら……情報は得ていたのですが、我が国を含めて軽視していました。よくわかっていなかったというのが正しいでしょう。その結果、僅か三日で我が国を含めた多くの国が陥落してしまいました」
セティヤは苦渋の表情を浮かべる。
ここで間抜けだとあざ笑うのは愚者でも出来るが、自分が同じ立場だったら同じかもしれない。魔法がある世界で、現代兵器という異次元の兵器が現れても理解出来ないだろう。
理解したときには多くの代償を払ったあとかもしれない。
いつだって問題の対処は後手に回ってしまうものだ。
「魔法はないのか?」
「魔力防壁はデマルカシオンの攻撃の前に耐えきれません。攻撃魔法は一定の効果は出ていますが、デマルカシオンの物量の前には押し潰されているのが現状です。
残念ながら、魔法を使えるものばかりではないのです。対してデマルカシオンはゴブリン程度でも魔法防壁を突破できる武装を保っています」
AKが少年兵を生んだという言い方があるように、AKは容易く使いやすく殺傷力の高い武器だ。
子供でも短時間の訓練で使えるようになる武器であり、子供のような体型をしたゴブリンに大量にもたせれば脅威だろう。
誰がゴブリンにAKを使わせることを考えたのかは知らないが、嫌らしいことをする。
「難易度はかなり高そうだな」
空人は思わず天を見上げた。
AKを装備したゴブリンだけでも厄介なのに、戦車や戦闘ヘリもあるらしい。問題はそれ以外の兵器、戦闘機や空母、気化爆弾、最悪なのは核兵器があるかもしれない。
――ハハッ、洒落にならないな。
空人は心のなかで笑った。
まさしく崖っぷちだ。
「疑問なんだが、どうしてデマルカシオンはそこまで優れた兵器群を保有している?」
「わかりません」
セティヤは首を振るう。
「そうか」
彼女は嘘をついているかもしれない。
疑心が空人のなかにはあった。
大事な情報を隠している気もする。
だが、困っていることだけは確かな気がする。
状況を好転させるためにも、とりあえず彼女に協力した方がいい気がする。
「勇者様、お願いします」
美少女に懇願されると悪い気はしない。
絶世の美少女となれば、尚更だ。
しかしそうは問屋が卸さない。
「前々から思っていたんだよな。体よく勇者として召喚したとかいうけど、拉致だよね。しかも危険なことさせて、タダ働きさせるつもりなんだろう?」
空人はセティヤを睨み付ける。
尤も顔をヘルメットで覆われているので、表情はわからないだろうが。
こっちは仕事中にいきなり呼び出されて、勇者をしろと言われているんだ。
文句のひとつも言いたくなる。
「それは勇者という方は無償で困っている人々を助けてくださる人格者であり、奉仕をなによりも大切にする――」
「あんたがどう言おうが、タダ働きしようとしているのは変わりないだろう?」
「それは――」
セティヤはたじろぐ。
こちらの予想外の言葉にどう返していいかわからないらしい。
「いままで召還された勇者ってのはお人好しばかりってことだな。こっちは仕事があるのに、いきなり呼び出されてんだぞ」
「……申し訳ありません」
「どう責任を取るつもりだ?」
「それは、その……」
セティヤは困惑している。
年下の少女を責める趣味はないが、放置していい問題でもない。
「いやぁ、同意ですね」
男が現れた。
眼鏡をつけて、スーツを着ている。
サラリーマンのような風貌が、異世界に紛れ込んだ異物感を醸し出していた。
「あなたの言うとおり、この人達は異世界の人間を無料で使える労働力としか考えていません。所謂サイコパスなんですよ、権力者というのはそういうものらしいですが」
男は淡々と語り出した。
「異世界召喚、それは異次元に穴を空ける行為です。別の次元に人間を強制的に連れてきて、戦うことを強要している。まったく非道もいいところです」
ゆったりとした歩みでこちらに向かってくる。
「あんた、誰だ?」
「これは失礼。一言でいえば、あなたと同じ召喚されたものですよ。ただし失敗しましたが」
「失敗?」
「異世界召喚は次元に穴を空ける行為です。こんな大がかりな技術、簡単に上手くいくと思いますか?」
「どういうことだ」
「それは――」
セティヤが割り込もうとする。
なにか都合が悪いことがあるのだろう。
だから空人は敢えて、男に続きを促す。
「教えてくれよ」
「異なる次元を無理やり移動するのです。最初は移動するだけで、肉体が崩壊しました。やがて特殊な魔法障壁で覆うことで肉体を維持しながら、こちらの世界に召喚することは可能になりました。ですが召喚する場所の指定が難しいという問題が発生しました。
受験中に高度数百メートルに召喚され、落下死したもの。モンスターの巣穴に召喚されて食い殺されたもの。水中で窒息死したもの。魔物達の巣窟に召喚されて、無惨に惨殺されたもの。
犠牲者は夥しい数です。何百万人、何千万人かもしれません」
「想像するだけで吐き気がするぜ」
失敗は成功の母だ。
異世界召喚も数多の失敗の果てに生み出された技術ということか。
「私もそのひとりです。連れてこられる時代や国はランダムらしいですが、どうやらあなたと近い時代で同じ国らしいですね。日本ですか?」
「ああ」
「そんな気がしましたよ」
男はふっと笑う。
「私は子供が生まれたという連絡を受けて、妻が入院している病院に車で向かっていました。子供が生まれるのを楽しみに待っていた。父として生きる覚悟を決めていたし、仕事も順調だった」
男の顔に怒りが滲む。
「その幸せは奪われました。見知らぬ洞窟に召喚され、魔素に体を冒されて苦しみもだえながら死にしました。なぜ私がこんな目に遭わなければいけない! 母子家庭で育ち、一流企業に入社して頑張って、這い上がり!子供になに不自由なく暮らせる環境を用意したかったのに! 息子は生涯、父の顔を知らずに育つことになる。私と同じように経済的に苦労することになる。私は行方不明として扱われます。この世界の人間が勇者として召喚するシステムを構築しなければ、私は幸せを奪われなかった!」
「同情するぜ」
「この身体は憑依しているんですよ。シェイプシフターというどんな相手でもモンスターでも能力から姿形まで、コピーできるモンスターにね。
勇者として召喚される人間の共通点は強い魂を持っていること、世界を救える逸材ですからね。
肉体を失っても、魂は失われないものがごく稀にいるのですよ」
男は拳を握る。
「我々は誓いました、この世界の人間を地獄に突き落とそうとね!」
「どうやるんだ?」
「戦争を永久に続けるのです。そのために北部にあるシュライバー王国を乗っ取り、北部の国々を占領してデマルカシオン帝国を作り上げました。
デマルカシオンが攻撃を行い、降伏は受け入れず、交渉も出来ない。人々は生き残るために戦わざるを得ない。まさしくいつ終わるともわからない戦時下。
国民は徴兵され、終わりのない戦争が続く世界。人々は疲弊し、しかし戦争は終わらない。戦況が好転したと思ったら、また暗転する。
絶望を味あわせるため、わざと負けることもしますよ。勝利という美酒のあとに絶望はたまらない味ですからね。
これが我らの計画、『無尽の戦乱』です!」
ひでえ話だ。
空人がいた世界もあちこちで戦争は起きているが、世界中の人間がずっと戦い続けているわけではない。戦争するにも限度があるからだ。もし戦争が終わらない世界があったら、地獄だ。
空人はセティヤのほうをちらりと見た。
沈黙は肯定と受け取っていいだろう。
セティヤもこの異世界召喚技術を形成するために数多の犠牲者が出たことを知っていた。
「嫌になっちまうぜ」
とんでもない話だ。
勇者召喚、その創作ではありふれた技術の影には数多の犠牲者がいた。
犠牲者達がこの世界に復讐を誓うのも、間違っているとは思えない。
「セティヤ、ほんとうのことなんだな?」
召喚されるときに生身の肉体が耐えられないと彼女は言っていた。勇者を召喚する技術の成り立ちも教えられたのだろう。だが、念のために確認はしておく。
「はい」
セティヤは静かに頷いた。
「俺を召喚したのは、自業自得で世界がヤバくなったからか?」
「返す言葉もありません。私たちの先祖がした過ちなのは間違いありませんし、恨まれても仕方ないと思います」
「デマルカシオンが犠牲者達で作られた帝国というのも知っていたのか?」
「はい」
セティヤは首肯した。
最悪だ。
そのことを告げなかったのは、話せば勇者として引き受けてくれないと思ったからだろう。嘘は言っていないが、真実を隠して戦わせる相手は信用ならない。
「でも――それでも、私たちは黙って地獄に墜ちるわけにはいきません! 私たちは生きたい! 幸せになりたい!」
「ふざけるな! 我らの幸せを奪って、貴様達に永久に幸せになる権利はない! 死後も終わりない苦しみが続く苦痛を味あわせてやる!」
男が吠えた。
気持ちはわかる。
いきなり異世界に拉致されたのは、空人も同じだからだ。
「もう一度いいます。あなたも協力しませんか? あなたにも大切なひとがいるでしょう? 仕事中に召喚されたと怒っていましたが、いくら怒っても帰れないのです。仲良くこの世界の人間に復讐しましょう!」
「悪くない話だな」
セティヤの顔が青ざめる。
「我々は目障りなドラーケス王国とフィウーネ王国を陥落。西部諸国、東部諸国も着々と侵攻しています!
中世ヨーロッパ程度の技術力しかないこの世界において、デマルカシオンは近代国家並みの装備を持つ大帝国なんですよ! 戦車と戦闘ヘリ、爆撃機まで揃えた強力な帝国です!
はっきり言いましょう。そこのセティヤ姫についても、デマルカシオンの技術力と物量の前には勝てませんよ」
男は高らかにいう。
「どうしてそんな技術力を手に入れた?」
「知識と腕のいい職人、資源があれば、近代的な技術は再現することは出来るんですよ。原始的な道具でもステップアップしていけば、立派な近代兵器の出来あがりです。軍需産業の社長がテロリストに捕まっても、自力でパワードスーツを作って脱出したようなものです」
「某鉄の社長か」
男は頷いた。
「幸いなことに北部には、優れた職人集団といえるドワーフの国がありました。シュライバーを乗っ取ったあと、即座に吸収しました」
「ドワーフは便利な存在だね」
「器用な手先の彼らの存在はありがたかったですよ。召喚の犠牲者のなかには、軍事技術に明るいものが沢山いました。デマルカシオンの領土内には大量のレアメタルやレアアースがあったのも僥倖でした」
デマルカシオンがどうやって強くなったのかはわかった。
はっきり言えば、勝ち目が見えない。
「しかし問題がある。復讐なんて後ろ向きなんだよな」
「あなたに未来はありませんよ」
「と言っているが、セティヤさん。あんたに聞きたい、俺は戻ることが出来るのか?」
「戻れます!」
セティヤは即答した。
先ほど、この世界から空人がいた世界に渡ったものの話を聞いた。一方通行ではなく、元の世界への帰還も叶うみたいだ。
「はっきり言って、勇者様は戦後に邪魔になることがあるのです。3代目の勇者様は西部諸国に民主主義という考えを広めた結果、西部諸国の王政は崩壊しました。5代目勇者様は奴隷解放運動を行い、植民地だった南部が解放されるきっかけになりました。
どちらの勇者様も世界を救っていただいたため無下に扱うことは出来ず、世界を救った力もあります。穏便に元の世界に帰っていただきました」
「なるほど。そいつは納得だな」
この世界に民主主義や奴隷解放運動が起きたのは驚きだが、異世界の勇者を召喚するのはメリットばかりではないということか。
しかしセティヤの言葉は本当だろうか? 嘘を言っている可能性もある。
空人はセティヤの顔を見る。
その瞳は嘘をついていないように思えた。
「悪いな、復讐しても帰還できる可能性はゼロだが、あんたらをぶっ潰せば帰還できるかもしれないんだ。
俺はそっちの方に賭けることに決めたぜ」
「愚かな……騙されていますよ!」
「かもな。だが、あんたらに付き合うつもりもないんでさ」
空人はセティヤのほうを向いた。
「さて、交渉を始めようか」
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