05 ご協力には感謝します

 通常、犯罪を取り締まるのは町憲兵レドキアだ。しかし魔術が絡めば、町憲兵は役立たずとなる。魔術を振るわれれば、非魔術師で構成されいている町憲兵隊では太刀打ちできないからだ。

 そこで、魔術師協会が出張ってくる。

 ただ、これは町憲兵の代わりをして街の平和を守るのではなく、魔術師の理で協会の平穏を守るためだと言われていた。

 だが何であれ、「協会」が動けば、普通の人間にそれをとどめることなどはできない。

「この男は末端の売人にすぎない。彼に護符を与えた人間がいるな」

「――サリウェかもしれない」

 知らず、トイの口を突いて出た名前があった。魔術師はふたりとも、彼女に視線を向ける。

「聞いたことがある。チャ・レール……そこの男に何かを卸してるって」

「サリウェ」

 男は繰り返した。

「情報に礼を言う、ご婦人セリ

 セリなどと呼ばれてトイは少し居心地が悪かった。それに――こんなことを言ってよかったのだろうか、という不安にも駆られた。

「……本当に」

 もうひとりが声を出した。トイはまた、どきりとする。

「魔術師を忌まわしく思わないんですね。人はたいてい、協力を嫌がりますのに」

「……黒すけ」

 トイは驚いて声の主を見た。フードを外した魔術師は、確かにあの日の黒猫だった。乾いた髪は彼女の覚えていたよりも少しだけ明るい。

「こんばんは、トイ。もしかしたら、会えるんじゃないかと思ったんです。この店はあなたの家に近いし、もし夜のお仕事をされているのだったら」

「ちょっと」

 思わず、トイは遮った。

「言い方」

「え?」

 少年は目をぱちぱちとさせた。

「女に対して『夜の仕事』ってのは、何を意味する?」

「あ……ああ」

 気まずそうに、黒猫は謝罪の仕草をした。

「済みません。そういうつもりではなかったんですが」

「いいよ。昼に働いてるか夜に働いてるかという程度の意味なんだろう。判るけど」

「知り合いか」

 少年よりずっと年上――トイより少し上くらいの魔術師が問えば、少年はうなずいた。

「先日、雨神クーザのお導きで」

 若い魔術師はまるで神官のような口を利いた。

「サリウェというのは、何者ですか」

「うん、ええと」

 トイはちらっとガリーアンを見た。好きにしろとばかりに、店主は手を振る。

「以前まで、ここの常連だった」

「以前というと、いつ頃」

「半月くらいかな」

「何故こなくなったのか、判りますか」

「まあね」

 トイは肩をすくめた。

「たぶん、私がこっぴどく振ったから」

「……それは、また」

 黒猫はまた瞬きをした。

 年嵩の魔術師が、すっと少年に身を寄せて、何か耳打ちをした。少年はうなずき、すっと彼女の方に足を進める。女は三度みたび、どきりとした。

「トイ。ご協力には感謝しますが、あなたがサリウェを売ったと思われるといけない」

「売ったも何も」

「逆恨みというのは、怖いですよ」

 少年は、十以上年上の女に、諭すように言った。

「あなたが振ったのならば、既に男はあなたを恨んでいるかもしれない。それに加えて、闇事業をばらされたとなれば」

「何てことないよ、この辺じゃ珍しくない」

「そうであればよいですが」

 黒すけは嘆息した。ほぼ間違いなく十代に見える彼がそんなふうに大人びた態度を取るのをトイはおかしく思った。

「笑いごとでは済まないやも」

「脅かすのか」

「そんなつもりは、ないんですが」

 少年はまた言った。

「僕はしばらく、あなたの身辺を見させてもらいます」

「何だって?」

 今度はトイが、瞬きをする番だった。

「私生活の侵害はいたしません。けれど、何かあってからでは遅い」

「それは、協会の法?」

 慎重にトイは尋ねた。そうであれば、彼女が否と言ったところで通用しない。

「それもあります」

 黒すけはうなずいた。

「でも、もっと単純に、僕があなたを心配しているというのがあります」

 あの日に喉は鳴らさなかったけれど、黒猫はもう彼女に懐いていたのだな、とトイは何となく思った。

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