02 どんな理由があるって?

 あの日は、雨だった。

 トイはずぶ濡れの、痩せこけた黒猫を拾った。

 いや、正確に言えば、そのときは空は晴れ渡っていた。トイは彼を見て、この若い男は服のまま泳いででもきたのだろうか、と思ったものだ。確かにほんの何ティムも行かないで海にたどり着けるが――。

 それとも、と少し思った。

 酔っ払った性悪どもに、海に投げ込まれでもしたか。

 ぽたぽたと水滴の落ちる前髪の奥から覗く瞳は、髪と同じ、暗い色。二十歳くらいだろうか。細い身体は、女の身でも投げ飛ばすことができそうだと思ったくらいだだ。

 だが、その辺のちんぴらは、そんなことをやらないだろう。

 いくら気に入らないと思っても、黒ローブにそんな真似をして、無事でいられるとは思わないものだ。

 そう、ずぶ濡れの黒猫は、黒ローブ姿の若い魔術師だった。

 トイがとっさに怖ろしいとか忌まわしいとか思わなかったのは、黒ローブを見て魔術師だと思うよりも先に、腹を空かせた野良猫のようだと感じてしまったため。

「何だか知らないけど」

 思わず、彼女は声をかけていた。

「水泳するときは、ローブくらい脱ぎなよ」

 呆れた口調になっていた。若者は不意に笑う。そうすると、二十歳ほどかと思っていた顔は更に幼くなり、十代の少年の様相を呈した。

「雨です」

 それが、黒猫の第一声だった。

「何だって?」

「僕はいま、街の東にいたんです。急の大雨に慌てて協会ディルへ戻ろうとしたのですが、まだ慣れなくて、少し間違いました」

 黒猫はわずかに息を吐き、悔しそうに首を振った。

「けれど、事象全てが定めの鎖に繋がれているという原則を前提とした場合、僕の失敗には理由があるということになる」

「へえ」

 トイは魔術のことなど知らなかったが、少年と言えるほどのこの黒すけが生意気な口調を使うのが面白くて、つい返していた。

「どんな理由があるって?」

「例えば、なんですけれど」

 黒猫は濡れた髪をかき上げた。

「僕はあなたに、雷雨の襲来を告げる役割があるとか言うような」

 そんな例え話です、という台詞に合わせたかのように、最初の遠雷 ガラサーンが鳴った。

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