煙の夢

一枝 唯

01 別れ

 女はじっと見ていた。

 ふうっと息を吐けば、瓏草カァジの煙がくゆる。

 それから、きゅっと目を細めた。煙の向こうに垣間見える姿を胸に焼き付けておこうとでも、言うように。

 バン、と鞄の閉ざされる音は大きく、そうした若者は自分でも驚いたような顔をしていた。冷静に見せかけているけれど、つい感情が出てしまったのだろう。

 大人びて見えても、まだ若い。

 幼いと言ってもいいくらいだ。

「支度は、済んだみたいだね」

 トイは灰をぱらぱらと落としながら言った。

「まあ、楽しかったよ、それなりにね。騙されたと思うのでなけりゃ、またおいで。飲み交わしでも、しようじゃない」

 若者は何も言わず、この部屋のなかから自分の臭いを全て消そうというように、一切合切を詰め込んだ鞄を持ち上げた。

「――さようなら」

 意図的に表情を消した顔からは、感情は読めなかった。

「さよなら」

 トイも応じた。

 こちらには、押し殺す感情なんてない。

 ――少なくとも、そう思わせようとした。

 若者は怒り、それとも哀しみに身を震わせ、けれどそれを隠そうとしている。隠せていると思わせてやるのも、年上の恋人――元恋人の度量だ。

「寂しくなったら、いつでもおいで」

 若者が応と言うはずのないことは判っていた。そして、ここで応と言わなければ、いつか未来にふと若い頃を思い出しても、彼は彼女に甘えにやってきたりはしないだろう。

 これが彼との別れだ、と思いながらトイは、瓏草を強く吸った。

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