第3話 チャコ散歩

「おはよう、父さん、母さん、ミーコ」


 ワン!


「おはよう、航平、チャコ」


 ワン!


 僕とチャコがダイニングに入ると、両親は食卓に座って食後のコーヒーを飲んでおり、チャコの母親ミーコはドックフードが入っていた空っぽの器を舐めている。


 食卓には僕の朝食のバターロールと目玉焼き、それにハムとサラダが置かれ、その横にはチャコのドックフードが準備されていた。

 僕が足元に空の器を置きドックフードを入れると、チャコはお腹が空いていたのか、器に顔を突っ込み勢い良く食べ始める。


 ガツガツガツ!


 チャコは食べる姿も可愛いなあ〜!


 僕はチャコが食べる姿を見ながら、ほのぼのと朝食を取っていると、コーヒーを飲み終えた両親がお出かけの準備を始めた。


「航平、父さんと母さんはミーコとドッグランへ行くから、お昼は自分で食べなさい」


「分かった」


 両親の土曜日の恒例行事ドッグラン。特製ワッフルが売りの施設で、犬が遊んでいるのを見ながら、側のテーブルでワッフル等を食べられるオープンテラスのお洒落なドッグラン喫茶。近所の愛犬家も示し合わせた様にやってきて、ちょっとした愛犬家同好会になっている。

 やがて準備ができた両親はミーコを連れて外出した。


「じゃ、行ってくるよ!」


「いってらっしゃーい!」


 僕とチャコも朝食を食べ終えると、僕達だけの土曜の恒例行事が始まる。それは、氷見の番屋街でまったりと散歩する事だ。

 ちなみに、氷見の番屋街とは氷見市の観光名所で、あらゆる海の幸を堪能できる道の駅。また、直ぐ側の海岸線には緑の芝生で整備された長い長い遊歩道があり、海を見ながら心地よい潮風に当たれる往復1時間の散歩コース。僕とチャコの至福の時間だ。


 早速、チャコを助手席に乗せて、僕は氷見の番屋街へ向かう。

 番屋街までは車で二〇分、助手席のチャコは窓から顔を出してソワソワしている。僕は運転中なのでハンドルを握り、しっかりと前を見ている。

 すると突然、すれ違う対向車が急ハンドルをきって道路からはみ出した。

 続いて後続車も同様に急ハンドル。


 キキキキィィィ―!!


 いったい何が起こってるんだ?


 僕が不意に助手席を見ると、チャコがまた人間の姿になり、あられもない裸体を晒して窓から顔を出していた。


「チャコぉぉぉぅー!」


 僕は急いで路側帯に車を停めてチャコに言う。 


「チャコぉ〜、なんで人間の姿になったんだあ!?」


「う〜ん、分かんない!」


 また、これだ……。


「チャコ、取り敢えず服を着ようか?」


 すると、チャコがムスッとした顔で答える。


「暑いからイヤっ!」


 おお〜い、勘弁してくれよぉぉ〜!


 家にはチャコ用に水玉模様のヒラヒラがついた素敵な犬の洋服があり、それを着せて散歩すると、すれ違う人達から「美人さんねぇ〜」とよく褒められるのが嬉しくて、大概はチャコに服を着せて散歩に出かけていた。

 しかし、チャコは服を着るのをイヤがり、いつも散歩前には服着せバトルが展開されていた。要するに、チャコは服を着るのが嫌いなのだ。

 でも、今はそれどころではない。公道でおっぱいを曝け出している。好き嫌いの問題ではないのだ!

 幸い、妹の部屋から勝手に持ってきた服を一式、バッグに詰め込んである。


「チャコ、頼むから服を着ておくれよぉ〜!」


「イヤッ!」


 頑なに服を着る事を嫌がるチャコに、僕は最終手段を使う。


「服を着ないと、散歩には連れて行かないぞぅー!」


「チャコ……服を着るわん……」


 かなりイヤそうだが、納得してくれた様だ。しかし、ここからが大変。いつもの水玉フリフリ服とは違うのだ。


 まずはパンツ。


 狭い車の中、成人の女の子にバンツをはかせる事の大変さたるや想像を絶する。足をバタつかせ、片足を通すのさえ一苦労。

 ようやく両足にパンツを通し、腰まで上げようとすると、チョメチョメが見えて鼻血が出そうになる。

 だけど、ここでやめる訳にはいかない。座席を倒して一気にパンツを押し上げる。


「フンッ!」


「わあぁ〜ん!」


 はたから見ると、かなりヤバい!


 一応誰にと言わず断わっておくが、僕はパンツを脱がせているのではない。あくまでも履かせているのだ。


 ようやくパンツが履けた所で、今度はスポーツブラを頭から被せにいく。


「おりぁ〜!」


「きゃっわぁ〜ん!」


 モミ〜、プニ〜、ボヨヨ〜ン!


「はぁ、はぁ……おりぁ〜!」


「きゃっわぁ〜ん!」


 モミ〜、プニ〜、ボヨヨ〜ン!


 何度も言うが、僕はブラを脱がせているのではない。あくまでも着せているのだ。


 あとはTシャツとスカートと靴。際どい部分が隠されたのと、ブラやパンツに比べて難易度が下がったのとで、意外と早く装着が完了した。


「ぜぇ、ぜぇ、ハァー、ハァー、ふぅ〜〜」


 着せ替えが終わったチャコを見ると、う〜んイイ感じ! どこから見ても二十歳くらいの女の子。Tシャツを突き破らんばかりの胸元が気にはなるが、取り敢えずは良しとしよう。

 僕がチャコの服装を確認していると、チャコが頬を赤らめてこちらを向く。


「ご主人様、チャコは可愛いですか?」


 突然の犬語のない普通の言葉に、僕は胸を貫かれる。


 ズキューン!!!


「か、可愛い……」


 すると、チャコが抱きついてきた。


「チャコ、嬉しいわん!」


 抱きつくチャコの頭を撫でて、ようやく運転再開。


「それじゃぁ、チャコ、出発だ!」


「出発だわん!」


 車を走らせること十数分。対向車にも迷惑をかけず、ようやく番屋街に到着すると、チャコは真っ先に車から降りて駆け出した。

 僕はとっさに、いつもの手を使う。


「チャコぉぉー、お座りッ!」


 すると、チャコは僕の所へ戻って来て、お座りをした。


「ご主人さまぁ!」


「よしよし」


僕はチャコの頭を撫でて褒めてやる。チャコは目を閉じて気持ち良さそうにしている。偶々、近くで僕達のやり取りを見ていた人達は固まっていた。


 これはマズい!


 僕はチャコの手を引き、番屋街の駐車場から海岸線の遊歩道へ走った。


「チャコ、走るぞっ!」


「はいわん!」


 僕に手を引かれるチャコは、とても嬉しそうだった。


 遊歩道に出た僕達は手を繋ぎ、海を見ながら散歩する。


 ザザー、ザザー、ザザー……。


 継ぎ目のない波の音が、僕達の会話を補ってくれる。チャコは僕に手を引かれて、何も話さずニコニコしている。おそらく、リードではなく、僕の手に引かれる初めての感覚を楽しんでいる様だ。


 すると、前方から見知った顔のカップルが、こちらへ向かって歩いて来た。


「よう、航平!」


「こんにちは、航平君!」


 会社の同僚の海斗と優子だった。


「や、やぁ……」


 取り敢えず挨拶を返すと、海斗が僕の後ろにいるチャコを見てニヤッとする。


「ところで、その娘……誰?」



【第3話 チャコ散歩 完】

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